モラル








FRISKP アイドルマスター 「moralist」 11年04月30日 01時00分



この動画について。











ただの倉庫 FRISKPの「moralist」を深読んでみた

「moralist」についてはすでに、cha73氏の記事があって。この記事がすごいのは、私は春香ファンだから春香動画のことを語りますとか、FRISKPの動画をよく見てるからFRISKPの動画を語ります、とかいうのであればごく普通のことだし、周りのことは知らないけれどとにかく今この動画に感銘を受けたので夢中で語ります、という文章もままある。けれども、そのどちらでもなくて、これは自分のフィールドではない話で、そこにはいろんな蓄積、文脈があるんだと分かった上で、あえて相手の懐に飛び込んで自分の思いの丈を述べるんだ、という記事であるところ。いいかっこしようとしたり突っ込まれるのを怖がっていたりしたら書けない文章だと思う。

cha73氏の記事は、いろいろな物語の受け取り方がありうることを示した上で、「Aランクドームエンドに対するNOの意志」を、自身が受け取ったものとして提示する。ゲームの中で(あるいは、ゲームの物語の解釈として)「別々の道を選んだ春香とプロデューサー」に対しての、「そうじゃないだろ」という叫びがあふれてくる、「別々の道」を行ってひとりでステージに立ってきた春香の悲しみの感情がこぼれ落ちてくる動画なのだと。

私は、cha73氏の文章を読んだ時、次の動画を思い浮かべた。


肉棒P アイマスで正統派ラブコメ1 春香の想い 08年12月02日 18時52分



肉棒Pの『アイマスで正統派ラブコメ』シリーズ。当時よくあった、ひとりのPに恋する複数のアイドルがドタバタする系のノベマスであるが、このシリーズには「春香ルート」というものがあって、そのエンディングに作者自身の解説がある。それによれば、当初予定されていたプロットでは、春香さんの役回りは「最後までPに気持ちを伝えられなかった彼女はPとヒロインが結ばれた後最終話にて自身の弱さと向き合う事となる」はずだったのだという。(真派のPが書いている作品なので、ここに言う「ヒロイン」とは真のことに他ならない。)ところが、書き進めていくうちにその展開に納得が行かなくなったというか、物語の中の春香が、そんなのは私じゃないと勝手に動き出して、とうとう春香専用のエンディングが出来てしまったのだ、と。
恋する春香さんを描いて、そこに何のごまかしもすれ違いもほのめかしも許さない、こんなにもまっすぐで力強い作品を、私は他に知らない。私がノベマスの春香さんを考える時に欠かせないピースの一つだが、その印象が重なるので、「moralist」を真派が書いたらこうなるんだなあ、というのが腑に落ちるのである。

それはそれとして、春香派が書いたらまた違う話になるんじゃないか。そう思って、ヨルPが「moralist」のことを書くのをずっと待っていたのだが、いつまで待っても来ない。仕方がないので、自分が覚えていること、私にとっての「moralist」について書いておこう、というのがこの文章である。




FRISKP アイドルマスター 「会いに」 10年11月17日 19時54分 (権利者削除



デビュー当時のFRISKPは、春香動画ばかり作っていて、もちろん春香ファンとして気になる存在ではあったが、見せてくれる動画はひとつひとつ面白いのだけれども、動画の裏で作者が何を思っているのかは想像がつかない、遠い存在であった。
その印象がひっくり返って、見る専がよく言うところの自分に "刺さる" 感じで初めて体感されたのが、「会いに」という動画であった。この動画を見て、私は "春香さんに恋するひとりの人間" としてのFRISKPを感じ取れたように思った……もっとありていに言うならば、この動画を通して、FRISKPは私にとって "春香さんに対して自分と相通じる憧れ/執着/欲求を抱いていて、それを形にして代弁してくれる人" と認識されたのである。

もちろん、以上のことは私個人の勝手な思い入れである。ただ、この動画をひとつのターニングポイントと捉えることが、全く故のない話でもないと思うのは、「まとまっていない気持ちだけれど 届けてみたいから」という動画説明文があるからである。それまで、使用曲、使用素材、どういうきっかけでこの動画が出来たか……という、視聴者に向けた言葉しか綴られていなかったFRISKPのコメントが、ここでは、まるで "動画の中の彼女" に語りかけるような調子になっている。

何かを探して、何かを目指して、何かにつき動かされて、飛ぶように疾走していく視界。抜けるように高い青空。走っていった先で広がる世界は、日ざしの降り注ぐ草原、そして春香さん。振り向いた一瞬の、春香さんの笑顔。「会いに」には、春香さんをめぐってFRISKPの動画の中に何度も登場するイメージが、詰まっている。そして、そこで表現されようとしている何かと、私自身の内側にあるものが共鳴しているように感じられたのだ。

ところで、「会いに」は、投稿した翌日にはもう、権利者削除によって消えた動画である。FRISKP作品初めての権利者削除である。この動画が好きな私にとってはもちろんショッキングな出来事であったが、当時そこまで重大な事件だとは思わなかったのは、直後に次の動画が投稿されたのが、大きな理由だったと思う。


アイドルマスター 「●▲■×」 10年11月19日 22時20分



私の記憶では、この「●▲■×」を境に、ニコマスの中でのFRISKPの立ち位置が、それまでの "凝った動画を作る気鋭の新人" から "時代を代表する大物P" へと遷移していったように思う。(今でも、FRISKPの2010年投稿の作品の中では、この動画が飛び抜けた再生数を持っている。)
「●▲■×」と、直前の「会いに」の関係を、当時の鴉氏のコメントが端的に言い表していると思う。

「消えてしまった「会いに」とこの「●▲■×」とどちらが好きと言うのは結構好みの分かれる質問だと思う」(怒涛のダンス。 - メモ書きライフ

「会いに」以降、私の中では、FRISKPの動画の中には "公のFRISKP" と "私のFRISKP" というふたりのFRISKPが居る。もっと噛み砕いて言えば、"ニコマスが好きなみんなを楽しませてくれるFRISKP" と、"春香さんが好きな私を代弁してくれるFRISKP" だ。「●▲■×」は "公のFRISKP" の象徴で、「会いに」は "私のFRISKP" の象徴である。
ともあれ、そういうわけで、「●▲■×」は当時の私にはあまりピンと来なかったが、権利者削除を受けて間髪入れずに、また別の手法、別の方向性の動画を出して私たちを楽しませてくれたことは、作り手のたくましさ、元気さ、意気盛んさを表す事柄のように思えた。


アイドルマスター 「飽きM@STER 詰め合わせ」 10年12月16日 20時17分



「●▲■×」からまたいくつかの動画を挟んで、12月半ばに「飽きM@STER 詰め合わせ」が来る。この動画も、当時の私は深刻な意味を持つものだとはさらさら思わなかった(「FRISK RECYCLE」とか言って喜んでいた覚えがある。)し、視聴者全体がそうだったと思う。
タグに「なぜ飽きたし」「作品達「待ってますヨ?」」「もはやただの凄いメドレー」「パーフェクトディスコミュニケーション」「衝撃のラスト」とある。これだけアイディア豊富なPなら未完のネタがたくさん出来るのもしょうがないよなあ、でもこの動画自体手間がかかって作品として凄い出来じゃん、いやーでもこれ全部完成品を見たいよね、って。

後から見返して、引っかかること。視聴者コメントでもツッコまれている通り、ここで "飽きた未完のネタ" として提示されているもののうち少なくとも一本は、つなぎ合わせてみると、もうほとんど完成しているように思われるのだ。「なぜ飽きたし」。
そして、そこで使われている楽曲のアーティストはフジファブリック、すなわち削除された「会いに」と同じである。(ちなみにガラスのハートPに、同じ10年下半期に同じ曲での春香動画がある。)
cha73氏は、「ドーパン×春香作品は全部繋がっているんだろう。」と言っている。その伝でいけば、FRISKPの原初的な構想においては、「フジファブリック×春香」動画で一繋がりになって表現されるべき流れもまた存在していた、ということはないだろうか? その構想が、「会いに」の削除によってニコ動上で実現困難だと判断された結果が、「飽きM@STER 詰め合わせ」の「なぜ飽きたし」な内容なのではないだろうか?

FRISKPのニコマスデビューは2010年2月。半年経たないうちに「アイドルマスター2」が公表され、そして9.18が来る。その時点で、アイマス2発売まではもう半年を切っている。2が発売された後、ニコマスとアイマスがどんな世界になっていくか、誰にも想像がつかない。2が出る日までにやっておかなければならないこと、表現しなければならないことが数限りなくあって、しかし限られた時間と物理的、環境的な制約の中で、実際に出来ることは限られている。
私が勝手に思い描いたような形ではないにしても、「なぜ飽きたし」な動画の裏には、限られた時間の中を生きなければならない作者の直面した挫折が、無念が、存在していたのだと思う。

「会いに」が消えて、1日後には投稿されていた「●▲■×」。基本的にFRISKPは、計画的に、順序立てて動画を投稿していく作者に見える。(いつだったか、デビュー時から楽しいネタ動画を作りたかったが、まずかっこいい動画を投稿して自分を印象づけようとした、ということをFRISKP自身が語っていたと思う。)独立した2本の作品を、こんな短い間隔で投稿した例は他にない。「●▲■×」の説明文には「一昨日の今日!」とある。まさに、私が受け取った "削除を受けても元気で意気盛んなFRISKP" の姿を視聴者に印象づけるためにこそ、「●▲■×」はこのタイミングで投下されたのではあるまいか? ちょうどそれは、負傷して担架で運ばれるアスリートが観客に向けて、カメラに向けて見せる、人を安心させ、勇気づけるための笑顔、のような。


アイドルマスター 「アンコール!」 10年12月20日 20時11分



「飽きM@STER 詰め合わせ」の裏に、ニコマスPとしての挫折、無念があるとすれば、直後に投じられた「アンコール!」に込められているものは、ニコマスに居ることの喜び、ニコマスで動画を作り続けていく原動力であろう。生放送イベント「VerRock Festival 2010」の「興奮&感動」、「最高の夜」への「ありがとう」を伝える動画。

この前後から、FRISKPの動画は、扱う素材とテーマにおいて、それまでの "春香で凝った面白い動画を作る人" とは違う面を見せていく。

12月8日、「アイドマスター2」のトレーラーPV素材で「e.d.i.t.」。


アイドルマスター 「e.d.i.t.」 10年12月08日 20時53分



年が明けて1月7日、「君はどうだ?」 という意味深で挑発的な説明文が置かれ、「お前正直な話率直に言って■■■の現状をどう思う?」と切り出す強いメッセージ性を持った歌が使われた、「I WANT ■■■」。


アイドルマスター 「I WANT ■■■」 11年01月07日 16時46分



1月25日、やはり「アイドルマスター2」トレーラーから「竜宮小町」素材で「Short Circuit」。


アイドルマスター 「Short Circuit」 11年01月25日 19時35分



そして2月27日、すなわちアイマス2発売の直後、「ジュピター」素材で「このクソくだらない世界で」。


「このクソくだらない世界で」 11年02月27日 17時50分
 


「アイマス2」、春香、「竜宮小町」、そして「ジュピター」。年末から2月末に掛けてのFRISKPの動画をたどると、あたかもそれは、どうしても打っておかなければならなかった必要最低限の布石を、ぎりぎりそこに打つしかない場所に打っていった軌跡のように、私には思えてしまう。
しかも、そこに内包されているものは、必ずしも、前向きで肯定的なパワーだけではない。

「君はどうだ?」、「このクソくだらない世界で」。

先のcha73氏の言葉を借りれば、そこに描かれているのは「そうじゃないだろ」という人間の叫び声である。

何に対して「そうじゃないだろ」なのかって?
……まあ、私が言うのであれば、こういう話になる。それは、「したり顔で『アイドルマスターというゲームとしてはこれでよかったんだ』とか」、「『こうあるべきだったんだ』とかのたまうモラリストな人」に対しての「そうじゃないだろ」だよね、と。

「俺はこれを憂うべき状況とは全然考えないけれども
 かといって素晴らしいとは絶対思わないねえな俺は」

人はそれを「何度も聞いた話。そう、何度も繰り返し聞いた話だ。」と言うかもしれないが(「お前縄文時代から変わんねえんだよお前それ」)、しかし、しかし。

「ただなあ 破壊されんだよ 駄目な物は全部」

もちろんそれは、FRISKPの動画が、私個人の立場、主張に同調する内容だ、ということではない。(「翻って己自身の現況を鑑みるに」「"くだらねえ俺達"」)

それはたとえば、アイマス公式の方針や態度に対する「そうじゃないだろ」。"俺たちはアイマス2を楽しみにしてるんだ、楽しみにすべきなんだ" という声高で押しつけがましい主張に対する「そうじゃないだろ」。"アイマス2なんてアイマスじゃない" という手前勝手で視野狭窄な主張に対する「そうじゃないだろ」。パラレルワールドに埋もれて忘れられていく14歳の伊織、20歳のあずさ、12歳の亜美、18歳の律子に対する「そうじゃないだろ」。「アイマス2」を楽しみにするなんて、「竜宮小町」に期待するなんて本物の伊織好きじゃない、律子好きじゃない、という見下しへの「そうじゃないだろ」。腫れ物のように、無かったもののように扱われていく「ジュピター」への「そうじゃないだろ」。"理想化された過去のアケマス" と"理想化された未来のアイマス2" の間で省みられない、位置づけられない、アイマスSP、アイマスDSへの「そうじゃないだろ」。寝取られがどうの、炎上がどうのと本質でもなんでもないところで騒ぎ立てて飯の種にするだけの外野への「そうじゃないだろ」。"騒いでいるのは外野" ということにして内側に渦巻く悲痛な嘆きを正視しないことへの「そうじゃないだろ」。ふさわしい幕引きもないまま、美談であるかのように、何も問題がなかったかのように終わったことにされていく声優さんに対する「そうじゃないだろ」。新しい門出をまともに祝ってすら貰えない声優さんに対する「そうじゃないだろ」。何かというと "そんなことを言うと声優さんが傷つくだろう、悲しむだろう?" と持ち出して自分の盾にする "声優の盾" への「そうじゃないだろ」。アイマスに人気投票を、選挙を持ち込んで、順位で、勝ち負けで、数量の競い合いで現実のものごとを動かしていく世界へ変質させようとする動きへの「そうじゃないだろ」。そうやってバラバラに分断し、互いに憎み合い傷つけあって混乱してばかりの、我々のコミュニティそのもの、ニコマスそのものへの「そうじゃないだろ」。

「9.18」後の世界に生きた、アイマスが好きな人たちの中には、それぞれその人にしか感じ取れない、語れない、固有の形をした「そうじゃないだろ」があって。
そして、FRISKPの「そうじゃないだろ」の形は、そのひとりひとり違う「そうじゃないだろ」のすべてを包括して背負うこと。すべての「そうじゃないだろ」を背負って、アイドルをステージに立たせて、未来へ飛ばすこと。
何故ならば、こんな世界にあってなお、アイドルはこんなにも絶対的に、唯一無二に美しいのだから。

「しかし、俺は折角のロックンロールバンドだ」
「胸を張って出かけようぜ」

「このクソくだらない世界で」
「生きていくんだ」




さて、以上の動画群は、私にとっては "公のFRISKP" の動画で、それに対して、"私のFRISKP" の動画として惹きつけられたのが、次の一本である。


FRISKP アイドルマスター 「君に」 11年01月26日 23時50分



……ちなみに、この時期のFRISKP作品の中から「会いに」と「君に」を抜き出して思い入れるというのは、私の勝手な思い込みだろうなと思ってたのだが、じゅっPの動画を見て、必ずしも私ひとりだけの思い入れではないのかな、と思ったり。


じゅっP Spider -FRISKPm@ster- 15年08月01日 23時01分


(ところで、じゅっPのこの動画は選曲もおもしろい。VRF '11のわるつP枠最後の動画と同じ歌なのだ。しかし、残念ながらこの記事ではわるつPの話まではできない。VRF '11はこの記事にとってはまだ見ぬ未来の話だからである。)


cha73氏の記事に「自分の春香を投影する」という話が出てくるけれども、「君に」という動画の映像は、眺めていると記憶が刺激される、過去にみた動画の中の春香の姿がダブって見えるところがある。
たとえば、横長の画面で、エンディングの橋の光景→初回ミーティングの後ろ向きの春香とコミュの映像が使われていく流れは、itachiP (10年04月03日 00時01分)に。
無人の橋に雨が降る絵は、てってってーP アイドルマスター アイツを振り向かせる方法 (07年10月12日 00時09分)に。
「秋の仕事2」の夕暮れの並木道での出会いは、ミズナスP アイドルマスター 「ただいま。春香」 for AllProducers (08年03月08日 05時46分 投稿者削除)に。
一瞬だけ映る、灰色の世界で腕を伸ばす春香の映像は、ウィンウィンP アイドルマスター 春香 「イジワルなあなた」 (10年08月15日 23時08分)に。
黒い画面に白抜きのフォントは、同じくウィンウィンP「イジワルなあなた」に、あるいは時雨P 天海春香 -Bad Apple!! ~My name is... ~- (08年04月07日 00:00 非表示)に……といった具合に。
まあ、そうした具体的な映像の類似点はたぶん、偶然の一致なのだろうけれども。「君に」という動画にはたしかに、タイミング的にも内容的にも、春香と春香のPをめぐって繰り返し考えられ、語られてきた物語の集約、総括なのだ。当時、動画を見ていた私は、そう感じたのである。

「君に」の特徴は、歌と映像との間で、微妙なズレ、齟齬、軋みが孕まれたまま進行していく流れである。
歌は、繰り返し、繰り返し強調する。「ずっと二人でいよう」「君を誰にもわたさない」「ずっと手をつないでいよう」「だからどこか遠くへ行こう」「誰もいない遠くの街へ!」。
二人だけでずっと居たい、君を僕だけのものにしておきたい、誰の手も届かない二人だけの世界に行きたい。そうすることで「夜を重ねて」二人は「同じ夢を見る」のだ。(ここで歌われている内容は、先に挙げたわるつP、じゅっPの動画で歌われている内容と良く似ている。違うのは、「君に」の歌には、この一夜を逃したら二度と取り戻せない、という切迫感、焦燥感が満ちていることである。)

けれども、必死に歌い上げれば歌い上げるほど、語りかければ語りかけるほど、映像は暗く、不鮮明になっていく。降りしきる雨。目線の隠された顔。黒く染まっていく画面。ぼやけてピントの合わない視界。後半へ向かって一段と熱を籠めテンションを上げていく歌と同期して、映像も迸ってくるかのようようであるが、それはどんどん濁って形を失っていく。

「どうすれば君だけのために生きていけるの?」
「もうすぐ朝が来る」

「朝」が来た時「二人」が出す答えを、歌は、明示的に語ってはいない。ここまで歌われてきた流れからすれば、それが、"手を取り合って二人だけでどこまでも逃げていく" というものであってもおかしくないように思える。

春香のランクAドーム成功EDをめぐって、何人ものPが、"その後の物語"を思い描いてきた。再会の希望をもって前向きにステージに立っていく春香とP。悲しみに打ちひしがれ、孤独に苛まされていく春香とP。はたまた、EDのその瞬間、二人が手を取り合って生きる別の世界へと歩んだ春香とP。

人々が春香をめぐって思い描いてきた、あり得たのかもしれない可能性が、あり得てほしい願いごとが、「君に」の中には歌いこまれている。その上で、動画は、いちばん最初の問いに立ち戻るのだ。
"僕はなぜ、君が好きなのか?" "僕にとって天海春香とは、何者なのか?"

僕が君を好きなのは、君が、いつでもどこでも僕だけを想ってくれる、優しくて、平凡で、か弱くて、ひとりでは生きられない、僕だけが知っている、僕だけのための恋する女の子、だから?

「そうじゃないだろ」

その答えを見出した時、初めて目にすることのできる景色が、その答えの先でしか掴むことのできない素敵な明日が、僕たちを待っているのだ。

「そして二人は朝焼けの中 同じ夢を見る」


「君に」では、コミュの中の春香とステージの上の春香、という、春香をめぐる二様の光景が交互に描かれる。このように、ひとつの動画の中に二つのありようの春香を登場させて、なんらかの物語やメッセージを表している動画が、2011年の初頭には他にもいくつかある。

たとえば、patoPの「Thank you my girl」。


patoP アイドルマスター Thank you my girl 11年01月30日 18時50分



この動画には、ふたりの春香が登場する。ステージの上で踊っている春香(ムートニックプリンセスにお姫さまティアラの春香)と、私服(アナザーカジュアル)でモノクロの春香。二人は歌い交わすように、手を差し伸ばし合うように交互に踊り、最後にステージの春香だけが残る。
二人の春香がそれぞれ何を表しているのかはいろいろな解釈があり得るだろう(ことに、動画説明文を踏まえれば、ある程度作者の意図を推測できよう)が、ここではあまり具体的に限定しないことにしよう。
私服の春香は、今はステージに立っていない、"普通の女の子" として生きている春香だ。どこかでステージから降りることを選んだのかもしれないし、あるいはそもそもステージとは別の道を選んで生きてきたのかもしれない。いずれにしろ、今はここにいない春香の想いを、いまステージにいる春香が受けとって、ふたり分の、いやそれぞれ別の道を辿ったいろんな春香みんなの分の想いをこめて、これからも歌い踊っていく。そういうことなのだと思う。

あるいは、いちじょーPの「愛は元気です。」。


いちじょーP アイドルマスター 春香 「愛は元気です。」 11年02月21日 23時55分



この動画にも、ステージにいる春香(ノエルアンジェリークにお姫さまティアラの春香)と私服(カジュアルにお姫さまティアラ)でステージにいない春香が登場する。ここでも、最後に残るのはステージにいる方の春香だ。異なる場所にいながら互いに手を差し伸ばし合い、想いを通わせ合って生きていく、というふたりの春香の関係が、最後にはステージの側に集約されて表される。(もちろん、これらの動画を、"春香と春香" ではなく "春香とP" の物語として受けとることもまた、可能であろう。「愛は元気です。」の説明文には「僕から君に。君から僕に。」とある。)

そして、オペラPの「DIGITAL GIRL」。


オペラP 【アイドルマスター】DIGITAL GIRL【天海春香】 11年02月21日 20時46分



オペラPは、世代として、立場として、FRISKPと近い場所から出発した春香Pである。PV作者としてのデビューは10年4月。PVで春香を表現する道を歩み始めて、1年経たないうちに「アイドルマスター2」の発売を迎えている。
オペラPの動画にはしばしば、二つのありようの春香が、交錯しながら立ち現れてくる。まぶしくて力強くて優しい、希望をもたらし導いてくれるような春香と、悲しそうで辛そうで頼りなくて支えてあげたい、どうにしかしてあげたくなる春香と。

おそらくは動画を作り始めた時点ですでにオペラPの中にあったのであろう、春香をめぐる互いに矛盾した感じ方、捉え方。それを形にして想いを整理する時間を十二分に持つ前に「アイドルマスター2」を迎えることになり、その整理のつかなさが、オペラPが「アイドルマスター2」の春香を動画で表現していくひとつの原動力ともなったのだと思うが。
「2」発売前最後の動画である本作は、そんな、さまざまな考え、感情が入り混じって整理がつかない想いのありようが凝縮されているところが魅力であるが、にも関わらず、動画が最後に出した結論、描いた構図そのものは、「君に」と良く似ていると思う。

このように、11年の1月から2月にかけて現れたいくつかの春香動画を思い合わせた時、やはり、春香をめぐる表現が、物語が、この時代に行き着いた、ひとつの流れが、相通じる答えが存在していたのだと思う。そしてその象徴がFRISKPの「君に」という動画だと、私は捉えたいのだ。

ところで、じゅっPのFRISKPm@ster動画が着目しているように、「君に」でステージの春香が踊っている曲は「太陽のジェラシー」である。「太陽のジェラシー」は、言うまでもなくアケマス〜無印の春香を象徴する曲であり、持ち歌であり、ゲームのストーリー上、一曲だけ特別な扱いを受ける曲だ。
ただし、「君に」のステージの場合、そのダンスが「太陽のジェラシー」のものであることは、普通の文脈での "春香を象徴する曲" ということ以外の、もう一つ重要な意味があるのだろう。

すなわち、
・野外ステージをソロで
・ハートインシロップ衣装の春香が
・「太陽のジェラシー」のダンスで踊る
それは、この動画とまったく同じステージだ、ということ。


ヨルP 春香にCrazy 09年11月01日 03時09分 (再UP)



いくら春香を想っても、どれだけ春香のために思い悩んでも、自分には描き出すことができない春香のステージ。答えを見つけた時、ようやく捉えて目指すことができる、春香の理想のステージ。
それはきっと、作り手がいつか見た、作り手を彼女に恋させた、ニコニコ動画の中で踊っている春香さんのステージ。
そのステージこそが、FRISKPと彼の春香が目指す場所なのだ。


「VerRock Festival 2010」があった10年12月は、他の面でもニコマスのひとつの山場というべき月だった。春香Pとして名だたる作者の何人かは、12月にそれまでの軌跡のひとつの総決算と言い得る動画を投稿して、2発売前の活動を終えている。


OGOP アイドルマスター春香と「」 10年12月17日 23時43分 (権利者削除)


museP アイドルマスター 春香 × 小清水亜美 『scene11』 10年12月25日 00時22分


sabishiroP THE iDOLM@STER HARUKA AMAMI Stages of Obsession 【みんな、しわっす!3】 10年12月26日 22時34分


みそP 【未だみんな、しわっす!3】 アイドルマスター 面影橋 10年12月31日 23時45分



その山を越した、1月以降の春香動画の中で、私の中で一つの流れとして印象に残っているのが、たとえば次の3者の動画である。和むP、海鮮P、先にも名を挙げたpatoP。いずれもヨルPと深い縁がある春香Pによる、ロックでダンサブルな春香さんのステージの流れ。


和むP アイドルマスター とばせロック 10年12月16日 02時26分


patoP アイドルマスター Thank you my girl 11年01月30日 18時50分


海鮮P アイドルマスター 春香「I take back」 11年02月14日 02時54分



あるいは、必ずしも "野外ステージでロックでダンス" な作風ではなかったPからも。


ありがP 春香 「I Stay Away」 Alice in Chains 11年01月22日 06時16分


saharaP 『BY CHANCE』 11年02月04日 19時03分



11年の1月から2月にかけての季節のことを、いつだったか私はこんな風に書いた。

「いろんな春香さんが走り抜けていったあと、気がついたら最後に舞台に残って踊っている春香さんが居て、そしてそこには、ヨルPの春香さんが生み出した何ものかが脈々と流れ込み、受け継がれていた。」

そして、そんな季節を締めくくる終着点の景色として、私の中では次の動画が存在する。(なお、タイミング的には、和むP アイドルマスター Aya's swing (11年02月25日 00時26分)がより後である。)


versusP アイドルマスター 春香さん vs The Subways 『Rock & Roll Queen』 11年02月24日 23時01分
 


私のアイマスの中には、「Rock & Roll Queen」の轟音が鳴り終わったのと同時にどこかに飛び去って、二度と戻ってこない世界がある。私のアイマスはもうどこにもなくて、どこでもない場所から私はアイマスを見つめている。





2月25日の夜が明けるとともに、ニコ動の新着は「アイドルマスター2」素材の動画で埋め尽くされ、いまや "無印の" と限定を付けて呼ばなければならなくなった春香ソロの動画は、それからしばらく見かけなくなる。
次に "無印" 春香の動画が存在感を見せるのは4月3日の春香誕生祭においてであり、結果としてはそれが、"無印" 春香動画の新作が群として、まとまりとして生み出された最後の機会であった。11年の春香誕生祭においては、オペラPが2素材で投稿し、musePが1と2を共存させる動画を作った一方で、少なからぬ数の春香Pが無印素材の誕生祭動画を出した。この記事で名を出した和むP、海鮮P、saharaPも、そのうちの一人である。

いわば、2011年4月3日は "無印" 春香の ”アンコール” の日であり、私の中では、その "アンコール" を象徴する一本として、次の動画がある。


ふらいんP アイドルマスター 春香 “バーモント・キッス” 11年04月02日 22時42分



これ以前もこれ以後も続き、互いに連関して大きな流れを形成している、ふらいんPの春香動画たちの中で、この動画はひとつ、違う方向を向いてぽつんと浮いて、この動画の中だけで完結しているようなところがあって。そこに、見る側がいろんな思い入れ、物語を代入する大きな余白が生まれていると思う。
「バーモント・キッス」の春香さんが、何かの終末を、結末を思わせる、というのは、見た人に広く通じる感慨のようだ。歌の中で、「私、もうやめた。世界征服、もうやめた。」という言葉が、何度も繰り返される。いったい、何を「やめる」というのだろうか? 
作者自身によれば、「アイドルを辞める」のだ、ということになる。

ぴちょん倶楽部 はるたん

アイドルとして全部をやりきって、真のラストステージに立つ春香さん。プロデューサーの側の思い入れとしては、その後に待っているのはもちろん、プロデューサーと結ばれる幸せな生活だ、ということになる。
もっとも、動画の中に表されているのはあくまでステージの中の世界だけであって、"その後の日常生活" などはかけらも描かれていないのだから、"その後" にどんな世界が春香を待っているのか、あるいはそもそも "その後" なんてものが存在するのか? は、人によっていろいろな受け取りようがありそうだ。
そして、それ以前に、この春香さんが何を「やめた」と想像するか自体、人によって千差万別であることが、視聴者コメントからわかる。

曰く、
「世界征服=トップアイドルになること」
この春香さんは、トップアイドルになることをあきらめたんだね。

曰く、
「世界征服=恋の成就だよねこれ…」
「そうなのか道理で切なすぎるわけだ」
この春香さんは、プロデューサーさんへの恋をあきらめたんだね。

曰く、
「黒春香やめますってことですね」
「黒は譲ったんだよ魔王に」
「黒春香さんいま何してるかな」
ゴシックプリンセス衣装から、ニコマスの「黒春香」を連想。

曰く、
「閣下は世界征服しないのか」
「閣下より愛ですよプロデューサーさん」
「閣下はもうやめて 春香になったのね」
同じく衣装と、「世界征服」の言葉から、「閣下」を。

曰く、
「ハルカなら本当にこう考えていそうだな」
さて、「ハルカ」なら「本当にこう考えていそう」なことって、なんだろう?

たぶん、見た人ひとりひとり考えが違って、でも、その自分の考え通りの答えがここにあるな、と思える春香さん。

「綺麗な色」
「春香、きれい」
「こんなに春香にぴったりくるとは・・・」

「ちょっと時間をおいて見直してみたい」

私にとっては、何が「やめた」だったのか。そうだね、アイドルも、恋も、黒春香さんも閣下もひっくるめて。私の知っている春香さんの世界が、こうしてこの小さな空間の中だけに蘇って、動画の終わりと一緒にまた幕を閉じていくんだな、と。
誰のためでもない、誰に見られるわけでもない、春香による、春香自身のためだけのステージ。春香さんだけで満ち足りて、春香さんだけで完結する閉じたステージ。
それは、開かれたステージで、過去を汲み上げて未来に向かって踊っていた、2月の春香動画の世界と綺麗に対称をなしていて。2月25日に途切れた先の世界がここにあって、ここで閉じていくんだな。そう思った。


FRISKPの「moralist」の話をしよう。
誕生祭の終わりとともに、また波が引くように "無印の" 春香動画は姿を消していき、4月の終わり、その掉尾に現れたのが、「moralist」だった。(同日に、まゆいP 天海春香へ (11年04月30日 04時03分) がある。)


FRISKP アイドルマスター 「moralist」 11年04月30日 01時00分



いわばそれは、"アンコールのエンディング" 、すべてを締めくくるエピローグ。もう再会することはないのかな、と思っていた春香さんがくれた、奇跡的な最後の挨拶 。だから、私にとってはこの動画は、いまこのとき、11年の4月の終わりにこの春香さんに巡り会えた、ということがすべてであって、この歌に、映像に、どんな意味が、どんな物語が隠されているのか? なんてことは、実はあんまり考えたことがない。

あらためて、見直してみて。結局のところ、私はcha73氏のこの動画の読み解きそのものについては、とても納得のいく話だと思うので、特に異論を挟む点はないのだけれど。たぶん、cha73氏は意識的に触れていないのだと思うが、気になるのは、この動画の中でこの歌は、誰から誰に向かって語りかけるものとして歌われているのだろうか、ということで。
経験的に言って、春香動画で、"彼女についての君たちへの問いかけ" "彼女から私たちへのメッセージ" が先に立ってくるのはだいたい、春香Pじゃない人が作った動画で、春香Pが男声の歌で動画を作ったらまず、それは第一に "僕が見た彼女" "僕から君へのメッセージ" の話になるものである。

男声でなくとも、たとえば先述のウィンウィンPのイジワルなあなたなど、

私 恋におちていく
焦げるような視線 冷たいくちびる
甘いその蜜に誘われて ひらり 飛んでゆくよ

春香さんの気持ち、春香さん自身を表現したもの、と捉える方が普通なのかもしれないが、私には、直感的にこれは "僕に見えている春香" "春香を見ている僕" を表した動画だな、としか思えなかったものである。(もっとも、この例でもわかるように、動画の中に描かれているものの、どこまでが "春香" で、どこからが "自分自身" か、というのは、結局は重なり合って区別がつかないものではあるのだが。ちなみに、ウィンウィンの動画でそんなような話はたぶん、7年半前くらいに一度したのだが、何を書いたのかはもうよく覚えていない。)

そういうわけで、私には、FRISKPの「moralist」における歌も、まず何よりも、”僕から君へ” 語りかけているものとして、聴こえる。
では、その歌詞の内容を、見てみよう。


ミステリーの結末なんて、大抵いつもおんなじだ。
まるでこの世界にはモラリストしかいないかのようだ。
犯人は間違いなく捕まっちゃう。
彼らはミスをして失敗するんだ。
たとえ君がその展開に納得しなくても、それは避けられないことなんだ。

君は椅子に座って、僕に言ったよね。
「私ならそんな間抜けなミスはしないわ。」って。
僕は心の中で思ったんだ、「君のトリックなんか、誰にも通じないよ。」と。
トリックを仕掛ける時は、僕に言ってくれよ。
君の代わりに、完全犯罪の実行を引き受けよう。
僕はモラリストにだって打ち勝ってみせるのさ。

テレビをつけないで、僕の物語を聞いておくれよ。
昨日の夜読んだ、僕の物語を聞かせてあげよう。
そうして、君の的外れな推理を聞いた後で、あの時の君と同じ台詞を言ってあげる。
そうだ、僕はモラリストにだって打ち勝ってみせるんだから。

君のトリック、全然見抜けなかったよ。
君の物語は、モラリストが書いたんじゃなかったんだね。
君は今、どこで誰に向かって、次の完全犯罪をたくらんでいるのかな?
君に殺されて、僕は生ける屍になってしまった。
君にとってはもう聞きあきた物語を、僕は持っているよ。

君がいなくなってからずっと、ひとりで物語を読み返している。
昨日の夜読んだ、僕の物語を聞いてほしいんだ。
そうして、君の的外れな推理を聞いた後で、あの時の君と同じ台詞を言いたいんだ。
君にとってはもう聞きあきた物語を、僕は持っているよ。

ミステリーの結末なんて、大抵いつもおんなじだ。
まるでこの世界にはモラリストしかいないかのようだ。
犯人は間違いなく捕まっちゃう。
彼らはミスをして失敗するんだ。
たとえ君がその展開に納得しなくても、それは避けられないことなんだ。


「君に」には、「二人は同じ夢を見る」という、2度出てくる言葉が、1度目と2度目で違うニュアンスに聞こえる、という仕掛けがあったが、「moralist」もまた、最初と最後でまったく同じ言葉が繰り返されて、そしてそれが1度目と2度目では違うニュアンスに聞こえる。「君に」で繰り返された言葉の2度目に願いが、希望が籠められているように思えるのに対して、「moralist」のそれには、後悔が、諦観が籠っているように感じられる。

シンプルに解釈すれば、これはふたりの人間の恋愛を語った歌なんだ、ということになるだろう。
僕は、自分だけは世の男のようなバカな捕まり方はしないし、君のトリックになんか引っかからない、と思っていた。トリックを仕掛けるのは僕の側、まんまと完全犯罪をやりおおせるのは僕の側。引っかかるのは、捕まってしまうのは君。
ところが、気がついてみれば、トリックに掛けられていたのは僕の方で、君はいなくなって、まんまと捕まえられた僕だけが取り残された。僕は、世の中のバカな男たちと何一つ変わらない普通の結末に行き着いたわけだ。

けれども、これがアイマスのお話であり、「僕」はプロデューサーで「君」はアイドルなんだ、と考えると、もう少し違う物語も読み込めるかもしれない。具体的には、「I take on a perfect crime instead of you.」というくだりを、上では "君が僕へではなく、僕が君へトリックを仕掛ける" という意味に解釈したわけだが、これがアイドルの話なのであれば、ちがう「トリック」「犯罪」も思い描けよう。

いつだったか、春香が僕に言ったんだ。ステージと恋、どっちかだけ選ばなきゃいけないとか、トップアイドルの仕事と仲間と過ごす時間は両立しないとか、私が目指すのは、そんな普通のつまんない結末じゃない、って。アイドルは続けるし、もっとたくさんのファンの前で歌うし、恋もするし、パティシエにもなるし、家族や友達との時間だって大事にする。私がやりたいのは、そういうことなんだ、って。

僕は、なんてバカな夢なんだ、そんなことができるなんて誰も信じないぞ、と思ったけれど。でも、だからこそ、その夢をこの僕が実現させてやろうじゃないか。
そのためにこそ、春香にはステージに在り続けてもらう。その先に、すべての夢を叶える可能性があると信じて。それが、僕の選ぶ道……すなわち、「君に」で僕と春香が選んだ道だ。
どっちかしか選べないのが世の中だ、そしてアイドルとPがずっといっしょで二人三脚だからこそのアイマスだ、ステージを選ばせたら春香はひとりぼっちで楽しいことなんかなんにもないぞ、ちゃんと "普通の女の子" に戻していっしょに居てあげてこそ春香の幸せというものだ……。僕らが選んだのは、そんな、世の中にありふれたモラリストの思い描く物語を、乗り越えていく道なのだ。

でも。いざ春香と離れてひとりになってみて、どうしようもなく空虚でさびしい自分に気づいてしまった。春香に、僕の隣にこそ、僕のためにこそいて欲しかったことに気づいてしまったのだ。モラリストたちの言った通りだ。あの時、あんな選択肢を選ぶべきじゃなかったんだ。いくら思い返しても、いくら悔やんでももう春香はここにはいなくて、いま、みんなとおなじ、いつもとおなじ、空虚でさびしい結末の中に、僕自身が居る。

一方で、映像の方はどうだろうか。Pの側の心情を語るものとして歌を聞くのであれば、春香が踊っている映像の方は、必ずしもその心情にぴったりと即して進行しているとは限らないのではないか。
映像では、私服(カジュアル)の春香とステージ衣装(ゴシックプリンセス)の春香が交互に、あるいは重なり合って現れる。ここまでの話の流れから言っても、私服の方を "普通の女の子の春香" 、ステージ衣装の方を "アイドル春香" を表すもの、と捉えるのは自然な解釈であろう。
ただし、「Thank you my girl」や「愛は元気です。」と異なるのは、「moralist」におけるふたりの春香は、同時に同じステージにこそ立たないものの、どちらもステージ上に足をつけて登場し、一方がカラーで一方がモノクロ、というような差別化もなされていない、という点である。思うに、この動画の映像は、普通の日常生活を送っていく春香と、ステージに立ち続けてきた春香、という、それぞれ別の可能性を選んで別の世界にいるふたりの春香が、呼応しあう空間を描いているのではないだろうか。(cha73氏はふたりの春香の関係として「ずれ」を重視しているが、私の第一感では、ふたりの動きの関係は、呼応するもの、受け渡しあうものとして感じられた。)

では、「moralist」のふたりの春香のダンスが描いているのは、どんな物語だろうか?
「とある女の子の誰もいないラストステージ」という説明文のコメントが、ヒントになるはずだ。たとえば、この文言の中から「誰もいない」という言葉に注目し、「誰もいない」=ひとりぼっち、と捉えればどうか。
ここで考え合わせるべきなのは、すでにcha73氏が指摘している通り、ふたりの春香のうち、ラストシーンで映し出されるのがステージ衣装の方の春香(以下ゴシプリ春香)であることだ。(この、"最後にどの春香が映っているか" という事柄は、実際非常にクリティカルな問題だと思う。わるつPのアイドルマスター だからもっと遠くまで君を(11年12月16日 02時35分)が最後に映しているものが何であるか、私は未だに悩んでいるのだ。)

私自身、「Thank you my girl」では、最後に残るのがステージの春香であることを根拠に、この動画はステージを選ぶ春香の物語なのだと結論した。「Thank you my girl」と違うのは、「moralist」の春香が居る場所は「誰もいないラストステージ」だということだ。
"普通の女の子の春香" は、一瞬呼び覚まされただけで消え去って行き、後には「誰もいない」ステージに、 "アイドル春香" だけがいつまでも取り残されていく。cha73氏の言う通り、それは、アイドル天海春香の孤独な辛さを描く物語とも、またその辛さをすら耐えて乗り越えていく春香の強さを描く物語とも捉え得よう。そしてその物語は、歌いかけている "僕" の側の想いとも綺麗に呼応する。

一方また、違う物語も考えられる。説明文の中の「ラストステージ」そして「とある女の子」という言葉に注目すればどうか。この動画は、これからもずっとステージに立ち続ける者のお話ではなく「ラストステージ」のお話、ここで踊り納める者を描いているのであり、そしてそこに居るのは "トップアイドル" でも"ヒーロー" でも ”スター” でもなく、ただの「とある女の子」なのだ。
歌の中でミスをして捕まったのはあくまで "僕" =プロデューサーの側であって、"君" = 春香はみごとに完全犯罪を実行して逃げおおせたのだ、ということ、そして、その内容にも関わらず、「moralist」の歌は「君に」の歌のような悲痛で切羽詰まった絶叫ではなく、優しく語りかけるような調子であることも思い合わせたい。

「morilist」の春香は、アイドルとしてやりたいことをやりきって、成すべきことをすべて成し遂げて、「ラストステージ」にやってきた春香なのだ。アイドルとしてすべてを成し遂げた後だからこそ、ここにあるのは「誰もいない」彼女だけの空間なのであり、「ラストステージ」の後に待っているものはもちろん、穏やかで、平凡で、満ち足りた日常生活の時間に違いない。
映像で、最初に現れるのは私服の春香であり、ゴシプリ春香は私服の春香に呼び起こされるように後から登場する。光が当たって表情がはっきりと描かれるのは私服の春香の方。私服の春香にくらべてゴシプリ春香の色調は淡くうす暗い。最後に映る時、私服の春香はステージの真ん中に光に包まれてあり、ゴシプリ春香は背後のステージが消えた漆黒の世界の中にあって、手を差し伸ばして終わる。
これは、"アイドルとして踊り納めた春香が、日常の世界に還っていく" という、「バーモント・キッス」と重なる物語を描いた動画であり、"ステージの春香が、日常の春香に想いを受け渡す" という、「Thank you my girl」におけるのとはちょうど反対の関係にあるふたりの春香を描いた動画なのだ。

「moralist」の春香がやり終えたこと、成し遂げたものとは、一体何だったのか。私にとっては、ゲームのエンディングが、とか、閣下や黒春香が、とかいう個別の事柄ではなく、2月24日以前の春香のステージ、春香の物語、私の知っている春香さんの世界そのものなのだ、ということは、すでにさんざん述べた。

当時、この動画を新着で見た頃の私がどれほど感傷的だったか。たとえば、誰も広告してなかったら自分が広告しようかな、と思ったところに、「katzenmusik」とだけ出ている広告画面が映って、これはこのままの状態にしておくのが一番美しいな、と思って止めたり、なんてこともあった。ちなみにその後どうなったのかというと、少し後になって「na」と広告がついて、せっかく私が空気を読んだのだから他の人も読んでほしいよね、とまったく言いがかりそのものの遺恨を抱いたりしたものだが。(もっとも、「君に」の時は、せっかくna氏ひとりが広告していたところを私が上書きしてしているので、まあ、おあいこかな、と(?)。)
結果的にはそれからさらに「9to5」「PATO」と広告が重なって、春香派が集う秘境みたいな感じになっていったので、良かったと思う。(……一応説明しておくと、「katzenmusik」はブロガーのzeit氏、「na」は当時は広告王として知られてその後は「ポエマー」やアイマスウエハースを食べまくる人として勇名を馳せたna氏、「9to5」がヨルPで「PATO」がpatoPですね。)

また、「moralist」の後、"無印の" 春香動画がどうなったかと言えば。私の中では2011年夏のHaruKarnival'11でいくつか思い出に残る動画があって、そして年末のVRF'11のわるつP枠、ふらいんP枠があり、同時期にノベマスでは天才カゴシマPの『夏のナンセンス』、かーれるPの『春魂』存在惨禍編が完結する。それを最後に、文脈として、流れとしての春香動画は消滅して、あとは時折、個別のPが個別に召喚する、追憶の対象としての、孤点としての "無印春香" がばらばらに散在する状態が今日までずっと続いている、ということになる。


最後にもう一つの、別の物語を描いてみたい。FRISKPのマイリストコメントを見ると、「moralist」について「お蔵で埃かぶってた動画に少し手を加えたもの。」とある。すると、この動画は、元々は、2011年の春香誕生祭後、というタイミングではなく、もっと早い段階で投稿される予定で作られていたもの、ということになる。
VRF'10から1年後、2011年年末のVERROCK FESTIVAL '11に、今度は出演者として参加したFRISKP。そのセットリストでは、「moralst」→「kikuuiki」という順序で動画が提示されている。

SetList


アイドルマスター 「kikuuiki」 11年12月17日 02時05分



さらに2年後、新たな生放送イベントMADLIVE_EXP!!!!! Vol.1 に登場した際のFRISKPは、「moralst」の前に「君に」を加え、「君に」→「moralist」→「kikuuiki」という順番で動画を提示している。

【iM@S MAD+α】MADLIVE EXP!!!!! vol.1 [14-TataguP編その4&FRISKP編その1] 14年03月11日 19時00分
【iM@S MAD+α】MADLIVE EXP!!!!! vol.1 [15-FRISKP編その2] 14年03月12日 19時00分
【iM@S MAD+α】MADLIVE EXP!!!!! vol.1 [16-FRISKP編その3] 14年03月13日 20時00分
【iM@S MAD+α】MADLIVE EXP!!!!! vol.1 [17-FRISKP編その4] 14年03月14日 19時00分


「kikuuiki」は、この記事ではあえて触れてこなかった、11年2月にFRISKPが投稿したいまひとつの動画へ繋ぐための、イントロダクション的な役割を持った動画だ。
つまり、私はここまで、実際の投稿順序に沿って、「君に」があって、春香さんのステージがあって、最後に「moralist」がある、という順番で物語を想像してきたわけだが、そうではなく、「君に」→「moralst」→春香さんのステージ、という物語である、としたら、どうか?
春香さんが「moralist」で踊り納めてステージを去る、のではなく、「moralst」が終わる瞬間こそが、これから春香さんのステージが始まる瞬間だ、ということになる。

これから新たなステージに向かうからこそ、ゴシプリ春香は、「moralist」の中のステージからは消えていく。この動画は、春香だけの時間の中で、アイドルの春香が日常の春香から何かを受け取って、あるいは何かを受け渡して、ステージへと向かっていく、という物語なのだ。そしてその時、昨日別れを選択したばかりのプロデューサーは、とめどないさびしさと後悔を抱きながらも、春香に歌で語りかけて見守っている。そう考えれば、ここにあるのもやはり、11年の1月から2月にかけて何人もの春香Pが描いたものと重なり合う物語である。

では、「moralist」の春香が、いままさに向かおうとしているステージとは、どんなステージなのだろうか?
「kikuuiki」のラストには、こうある。

「BE CRAZY ALL TOGETHER」

それは、みんなが集う、みんなで作り上げる、みんなのためのステージ。
ここで歴史が終わるのではなく、この先にこそ、未来が。
ここで物語が完結するのではなく、この先にこそ、まだ誰も聞いたことがない素敵な物語が。
ここでステージを降りるのではなく、この先にこそ、輝かしいステージが存在していることを、みんなに伝えるための。
今日これから始まる私の伝説の、始まりを語る動画、「moralist」。


「moralist」をめぐって、3つほど、物語を想像してみたけれど。
真相はいったい、どうなのだろうか?

答えはきっと、春香さんだけが知っている。





<参考文献>

ニコマス棚卸 2/19~ - 続・空から降ってくるので

今日のオススメ動画 - 敷居の先住民

だらりんぐ記。 星

ot02070 もうそんな時期なのね

観月亭-Looking For Bear- クマの19日~20日うpニコマス動画紹介記事

徒然なるままに呟き 2011年02月21日 最近みて特に気になった動画

spy108.blog(仮) ニコ動・動画紹介 142(11/02/15~02/28チェック分) 137作品(1/2)

gonne be crazy! - 見る専プロデューサー生活、始めました

ここに行き着いた。 - メモ書きライフ

宇宙(そら)よりも高く - Damehumanoid 曰く

72は魔法の数字 空へ

Crazy。 - Hall of Fame

TomFの二次資料室 オールスター2つ

Clover 「あいます()は お わ こ ん wwwww」なんだってさ!www

ただそのために 落ち込んでるヒマくらいくれ

Augenblicke ぱんだは空飛ぶんだぜ。




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