「言葉はいらないね」とはまだ言えないので


今年はどんなネタで書こうか、と数日前から考えてはいたのですが、当日になってみたら体力的に無理だったので、ごく簡単に。






本日8月9日はニコマスP「ななななな〜P」のデビュー記念日、当ブログ上において唯一、公的(?)に設定されている記念日ですが、2007年の8月9日から数えて今年で9年目、私自身がブログを書き始めてからもうすぐ6年目。
いまや自分にアイマスファンと名乗る実体があるのかどうかもよくわからないし、ブログもついに実質休業と言うしかない状態に立ち至ったし。他方周りを見回しても、たとえば「春香(専属)P」「春香派」というような括り、ものさしでものを考えること自体、同時代に対する有効性をほぼ失っているわけで。
今後この長さがもっと長くなっていった時、私はこの日をどうするのだろうか、とは思うわけです。

ただ、その一方で痛感するのは、こうして狂熱を失い、いろいろなことを忘却し、他のものごとに興味関心が移り変わっても、(あるいは、だからこそ、)私がなにかものを考える時、つねにそこには基準として、私がニコマスで出会った春香さんという存在があり、そしてその春香さんの根っこには ななななな〜Pの動画の中の春香さんが存在する。そこから離れて思考することは、私には不可能なのだということ。

けれども、ではその、私の根本であるところの「ななななな〜Pの動画の中の春香さん」がどういう存在なのか考えようとすると、わからないことがたくさんあるのです。
簡単に言ってしまえば、私が春香さんという人間を思い描こうとする時、真っ先に、何よりも強く浮かび上がってくるのは、たとえば『ヤッホー!』が描く春香さんであって。だけど、その『ヤッホー!』を生み出した人が、同時に、たとえば『許されない恋』という動画を生み出さざるを得なかった、どうしようもなく作らざるを得なかった。そのどうしようもない感情を、私は本当のところは理解できなかったし、今でも理解できていないと思うのです。

だから、私の中には ななななな〜Pという作者とその作品について、もっと追求したい疑問が、もっと知りたい欲求が渦巻き続けていて、しかし現物が存在しない以上、そうした疑問は深化することも出口を見つけることもなく、ただ私の中でぐるぐるし続けている。
まあ、そんな堂々巡りの迷宮が、頭の中の片隅にはずっと存在し続けて、今日も私は生きている、ということで。そうである限りは、私は今日という日を、私自身のために祝いたいと思うのです。

ななななな〜P、デビュー9周年、おめでとうございます。




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