タイトルは、itachiPの動画からそのままパクったものです。「iM@S KAKU-tail Party 3」の単品で、
「僕らだっていつか春香を忘れる。」
って説明文がついてる奴。



今日、来るんじゃないかなと思っていた動画がやっぱり来たので、なんか言えることがあるわけじゃないんですが、見たってことを書き記しておこうと思います。





「#prayforjapan」というタグがあって。頭に「#」がつくことから察せられる通り、出所はtwitterのハッシュタグだったわけですが、ニコ動の中のアイマス動画、という文脈に限って言うならば、これは2011年の3月半ばから4月にかけて投稿された、「支援ライブ」と題した動画群に冠せられたタグでした。(同じような機能のタグとして、「F復興S支援Sしようず!」というのもありましたね。)

ほんの数日のうちにニコ動中にこのタグが広まり、アイマスに限らずあちらこちらの投稿者が次々このタグのもとに動画を生み出した、その原動力は何だったのだろう、と思うことがあります。
たぶんそれは、誰かのための動画、他人のための歌、というよりも、そうしなければ自分が生きられないから、そうしていないと自分が不安でたまらないから。自分自身のために作られ、見られ、コメントされたものだったのでしょう。
だから素晴らしい、とか、だからくだらない、と言いたいのではなくて。

作ったり、見たり、反応したり、という行為を通じて、自分は誰かの力になれている、と、自分は他人のことを想えている、と。そして、自分は誰かに想われている、他人と繋がれている、と。確かめずにはいられなかった、そう感じなければ安心して生活できなかった瞬間。
そんな、その瞬間の必要性に応じて出現し、その瞬間の空気の中でこそ意味を持ったタグ。だから、「#prayforjapan」にしろ、「F復興S支援Sしようず!」にしろ、翌4月を境に、それを冠したアイマス動画がふっつりと途絶えたのも、不思議なことではありません。

けれども、ニコマス中を探せば、そんな、その時代、その瞬間の文脈と密接に結びついて存在していたタグのことを、何年経っても忘れずに生かし続けている人も居る。
たとえばそんなところが、ニコマスの奥の深さだと思うのです。





2012年。

218P DEPARTURE【閣下】 (2012年03月10日)






2013年。

218P DEPARTURE【閣下】2 13年03月11日






2015年。

218P DEPARTURETIME【春香】 15年03月11日






そして、今年。

218P 忘れていた優しい人を..short ver.【春香】 16年03月11日






この春香さんはいったい、どこに向かって、誰のために歌っているのだろうか?
きっとそれは、忘れられていくすべての人のために。
そして、忘れていくすべての人のために。

218Pの動画が映し出す、そんな春香さんのステージは、画面の向こうの、人ならざるアイドルのステージのありようとして、私にはとても腑に落ちるのです。

たとえ僕らが忘れたって、春香さんはそこで踊り続けているんですよ。




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