北極星のように不動の伝統


このブログには目下、
・『東方緋想剣』のミョウさん(魂魄妖夢)まわりの話をしておく
・ダブルクロス動画の「絆」と「欲望」をめぐる話についての結論というか、到達点を示す
・春香さんとカゴシマPとアニデレがこんがらがってぐちゃぐちゃしている話に始末をつける
と、3つくらいの課題があるんだけど、時間がなくて手をつけられずにいるうちに、一から書くのが億劫になってどうしよう、みたいな状況があるんですが。
とりあえずそこらへんは一旦うっちゃって、枝葉の話を書いておくことにします。






アイマスはいつの間に、そして何故、「キラキラ」とか「輝き」とかいうようなキーワードを、こんなにも後生大事に持ち歩くようになったんだろう。
……というのは、前々から心の隅に引っかかっている事柄ではあったのですが、アニデレを語られているブロガーさんの、アイマスでは「伝統的に」名前に「スター」が付くもので、という記述を読んで、得心がいったというか、自分の中で整理がついた気がしました。
というわけで、以下、「輝き」「スター(星)」「オールスター」と言ったような言葉について、思うところを書いていこうと思います。

まず、今アイマスで「キラキラ」とか「輝き」とかのキーワードが持ち出されるそもそもの淵源は、無印(Xbox版)アイドルマスターのPVで使われた、「きらめく舞台で、また逢える」というキャッチコピーでしょう。注意すべきなのは、このキャッチコピー自体、すでにアーケード版が先行して存在した上で、新しく家庭版が出現する、という、発売当時に固有な状況を踏まえたものであって、別にアイマスというコンテンツ全体を普遍的に語る言葉ではなかった、ということ。だって、アーケードを通じてアイマスに親しんだ人たちが居て、その人たちに向かって、別の場所で彼女たちに再会できますよ、という文脈がなかったら、何が「また逢える」なのかわからない。
そして、このキャッチコピーには、それを踏まえた "続編" が存在するわけです。すなわち、アイドルマスターDSの「きらめく舞台に私も立ちたい!」であり、Xbox版アイドルマスター2の「きらめく舞台は、さらなる高みへ」です。これもまた、既存のゲームとそのファンの存在を前提にしたフレーズでしょう。
ところが、同じアイドルマスター2でも、アニマス放送と同時期に発売されたPS3版のキャッチコピーは、「PS3で、はじめてのアイマス」「選んで、育てて、頼られて。ゲームでアイドルプロデュース」。"きらめく舞台" なんて言葉は、かけらも登場しません。ここから見えるのは、アイマスで「きらめく舞台」というキーワードが浮上してくるのは、既にアイマスを知っている人に対して、アイマスはこんなに素晴らしい場所だったでしょう、ここにもっと居ませんか? と誘いかける、という文脈がある場面であって、状況が違えばまた別のフレーズ、別の語りかけ方が存在した、ということです。(ちなみに、アケマスデモPVの最初の文句は「プレイヤーは新しい日常を体験する」「キミが発掘した女の子とトップを目指せ!」、公式サイトのキャッチコピーは「ライバル出し抜き、目指すはトップアイドルプロデュース!!」。)

もう一つの問題として、無印アイマスのキャッチコピーが「きらめく舞台」だからと言って、ゲームの中のアイドルは別に、「ステージ」の上で「きらめき」が見たくてどうこう、なんて言葉で自分のやっていることを語ったりはしなかった、ということ。まあそれは、アケマス-無印-SPフリープロデュースのストーリーの骨格と、「きらめく舞台」というフレーズのどっちが古いか、という前後関係を考えれば当たり前ではありますが、それだけでなく、アケマスの物語の構造に関わる事柄でもあるでしょう。
アケマスは冒頭、「「アイドル」 それは女の子達の永遠の憧れ。 だが、アイドルの頂点に立てるのはただ一人……。」云々という文章が表示されるところから始まります。けれども、では実際にゲームの中で出てくる「女の子達」が、「頂点」がどう、とかアイドルが「永遠の憧れ」だからこう、とかいう話をするかというと、全然しない。要は、この文章は、これから実際に「女の子」をプロデュースして他ユニットとの競争を勝ち抜く、というミッションに取り組まなければならない「プロデューサー」の側の世界観、心構えを物語ったものであって、必ずしも「女の子」自身の意識を説明するものではない、ということ。エンディングで最後に出る文章も同じで、この子との活動で自分は何を勝ち取り、これからどんな未来が待っているか、という、「プロデューサー」の視点から語られたモノローグで締めくくられます。
ゲーム全体を俯瞰・総括しているように見えるキャッチコピーやモノローグというのは、どれもプロデューサーの側、プレイヤーの側からゲームを眺めた時の言葉であって、ゲームの中のアイドルたちは、それとは別の視点、別の言葉でものを語っている、という構図が、元来アイマスのゲームには存在した、ということです。

第二に、無印デモPVで出てきた「きらめき」という言葉は、その時点では「スター」(星)という言葉とは結び付いていない、ということ。これは、「星」井美希、という、無印で新出するキャラクターの名前を考えるとわかります。まあ、「きらめく舞台」というキーワードを踏まえてそれを象徴するような名前を新キャラに付けた、という可能性はなきにしもあらずですが、とは言え、ゲーム全体としては、「月」や「雪」、「海」に「菊」等々、さまざまなモノが名前に入った子がいる中に「星」もいる。その全員がアイドルである、という構図になっていて、ステージできらめく存在=星、ではありません。
アイドルマスターSPでは、「ワンダリングスター」という、初めて「スター」が中に入ったネーミングが登場しますが、周知の通り、これは「パーフェクトサン」「ミッシングムーン」と3つでセットになった名前です。プロジェクトフェアリーの3人の中だけで考えると、貴音が「スター」で美希が「ムーン」に配置されていたのが今から思うと面白いね、というのはともかくとして、SPのタイトル名は、3つどれも、ストーリー上意味のあるネーミングになっています。「太陽」、「月」、「星」、それぞれに象徴されたアイドルのストーリーが存在して、「太陽」「月」「星」3つ全部を合わせたものがアイマス、なのであって、ここでも「スター」はアイマス全体を象徴するキーワードではありません。
そう考えると、初めて「スター」がコンテンツ全体を表すキーワードとして浮上したのが、アイドルマスターDS、「ディアリースターズ」というタイトルだった、と言えるのではないでしょうか。初めて先輩アイドルの存在、先行する世代の存在(765プロ、日高舞、riola)を前提にしたアイマスであるDSで「スター」という言葉が浮上しているのは、この語をめぐる後の展開を思うと興味深いですが、しかし、これはこの時点ではDS固有の現象でした。その後に出たアイドルマスター2にも、アニメ版アイドルマスターにも、「スター」という語が入ったフレーズは登場しなかったのです。

さて、「スター」の話は一旦おいて、アイマスで初めて、「キラキラ」「輝き」というキーワードでアイドル自身にアイドル活動を語らせたのが、アニメ版アイドルマスターでした。
もっとも、TVシリーズの時点での「キラキラ」「輝き」は、「星」井美希、固有の言葉です。キラキラしたものを見たいから、ステージの上で輝きたいから、そういう言葉でアイドルを語るのは、美希と美希の前でのPに固有の事柄であって、春香はステージがキラキラしているからどうこう、なんて言わない。千早も貴音も伊織も、私はキラキラしたものを見つけるためにアイドルをやっていて、なんて考えていないだろう。
じゃあ春香は何を考えてアイドルやってるんだ、というのは、くすぶり続けている問題ではあって、春香自身から出てきたのは、「アイドルになるのが、夢だったから」という言葉しかなくて、それ以上の明確な説明はありません。まあ、私は春香さんのそういう言葉を聞くと、春香の中で言語化されていない、意識されていないだけで、なぜ「アイドル」なのか、なぜ「夢」なのか、という部分にも明確な理由があるんだろうなと考えるし、アニマスの細部の描写を見ているとやっぱりそうなんだな、と思います。しかし、世間的には、つまり天海春香というのは、アイドルになりたいからアイドルになる、という、"そこに山があるから山に登る" 的な機械的で自動的な原動力だけで動いてて、それ以外は空っぽな存在なんだな、という理解が多かったのではないか。まあともかく、少なくとも春香の場合、キーワードとして括り出されているのは「夢」であって、「輝き」「キラキラ」ではない。TVシリーズの時点では、「輝き」はアイドル全員を横断するキーワードではなかった、ということです。

それが、劇場版になると、「輝きの向こう側へ」というタイトルがつき、矢吹可奈は「キラキラしてない」「春香ちゃんみたいに、なれない」と言う。「キラキラ」したい、「春香ちゃんみたいに」輝きたい、と言った可奈は、「竜宮小町」と同じ舞台に立ちたい、「キラキラ」した世界を自分も見たい、と言った美希とは、似たものを思い描いていたのかもしれない。けれどもあの時、本当のところ春香と可奈は、「アイドル」という存在に同じものを見ていたのだろうか? ひいては、TVシリーズで13人のアイドルがそれぞれに見た世界というのは、「キラキラ」「輝き」という一つのキーワードに収束するものだったのだろうか? 劇場版は、「輝きの向こう側へ!」という一言の掛け声によってそうした疑問を押し流し、「ステージ」と言えば「キラキラ」、「アイドル」と言えば「輝き」というキーワード同士の結びつきは、アイマスに深く根を下ろしました。

他方で、「オールスター」という言葉。ニコマスには古くから「im@sオールスター」という言葉がありましたが、これは、ゲームでは同時にステージに立たせられないアイドル全員を2次創作の中で共演させる、というファンコミュニティの側の需要が生み出した言葉であって、ゲームやCDに出てくる用語ではありません。公式においては、10人なり11人なり13人なりの全体を、グルーピングして名付ける必要性のある場面なんて無かったからです。
私はモバマス・グリマスをプレイしてないので細かい経緯は知りませんが、「ミリオンスターズ」と「765プロオールスターズ」というのは、13人の前から居たキャラクターと新出の37人のキャラクターが「ミリオンライブ」という一つの枠の中に入る、という状況が生まれた時に、前者と後者(あるいは全体)それぞれを括って指し示す名称がないと不便になる、という流れの中で生じてきた名称だと認識しています。両者は最初から対となって同時に形成された存在であって、アイマスにあらかじめ「765プロオールスターズ」という概念が存在して、「伝統」に則ってそれに倣った「ミリオンスターズ」という概念が足された、という関係ではないでしょう。

「きらめく舞台」に既に立っている"先輩" と、それを仰ぎ見てアイドルに憧れる"後輩"。そういう構図がアイマスの中に生まれた時、「スター」というキーワードが全体を括るものとして浮上してくる。アニマスの中で、バックダンサーたちの登場とともに「キラキラ」「輝き」というキーワードが全体を括るものとして浮上してくるのと、呼応しているようで面白いですが、しかし、アニマスではまだ、「スター」「星」という言葉は、ストーリーの中にはでてきません。「星」という語を初めてアイドル自身に語らせて、そして「キラキラ」「輝き」という言葉と結びつけたのが、アニメ版シンデレラガールズであるわけです。アニデレに至って、「ステージ」=「輝き」=「キラキラ」=「星」=「スター」=「アイドル」、と多くのキーワードは一直線につながって、ストーリー全体を括って象徴する存在になりました。

で、今、アイマスでは「伝統的に」「スター」という言葉が使われてきて、デレマスも「star!!」という曲名をもって、ついにその列に加わったんだね、という物語が、ファンの側で感慨を籠めて語られる。そんな状況が、アニデレをめぐって存在する、と。私が思うのは、「伝統」というのはしばしば、後の世からの言及によって遡及的に構築されるものであって、自分は今まさに、後からの語りによって「伝統」が構築されていく現場を目撃しているんだなあ、ということでしょうか。



追記:まあ、アニデレの「キラキラ」「輝き」という言葉も、「ニュージェネレーションズ」周りの話でだけ浮上するキーワード、でもありますが。
この記事の底にあって、しかし前面に出ずに終わっているのは、私はそもそも "天海春香のファン" であって、別に "センターやリーダーや主人公やアイドルであることを宿命づけられた子のファン" ではないので、アニマスの矢吹可奈やアニデレの島村卯月の話が、「キラキラ」「輝き」という言葉の周りをぐるぐる回っているのが、実のところあんまりピンと来ない、ってことです。で、なんで春香さんが前面に出ないかと言うと、そういう話をしようと思ったらいちいち、私の認識では春香さんはこうであって、というところに立ち戻って始めないと話が通じない気がするからですね。








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[いろいろ話][動画紹介]うおっまぶしっ

この動画についての話題かと思ったら、ぜんぜんちがった。 ハゲをけなしたら即終了するデレステMV 【ニコニコ動画】ハゲをけなしたら即終了するデレステMV 作:過労死P . それはさておき。 アイマスで輝きについて語るなら、美希よりもこっちが先なのではないかなぁ。 アイ

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No title

 こんにちは。

 そうですね、輝き云々は後天的な主題だと思いますね。

 アイマスというコンテンツが続いていく中で育ってきた、あるいはこれから育っていくだろうテーゼというものがあって、その1つが輝き云々だろうなと。

 アイマスには元々横の繋がりは希薄でしたが、コンテンツが続いていく中で、そういうものが見出されていった、デレマスでも最初はなかったけれど、途中からアイドル同士の関係性が付加されていくようになりました。今じゃ当たり前ですが最初からではありませんでした。そして、それがアニマスで構造化され、ミリマスへと受け継がれています。

 アイドルとは何か? というのも最初からある主題ではなかった。デレマスにはトップアイドルという概念はあっても、実質上のトップというゴールがない。アニマスでも、765プロという集団を前提に置くと、トップアイドルは1人だけ、という発想が難しくなります。代わりに、アイドルとは何か?というテーゼが浮上してきた、というのが実際かと。

 春香さんは歌で人を笑顔にしたい、みたいな具体的なイメージを持っているけれども、それは理屈とまでは昇華されていない。美希は最初から本質を掴んでいるけれども、それに対する興味が今ひとつ薄い感じです。伊織も貴音も同様に、自分が本当に求めるところの手段として、アイドルとして輝くことがある感じですね。皆さん、答えを断片的に手にしているけれど、まだ軸がぶれているところから物語が始まるってところでしょうか。

 涼ちんの「Dazzling World」という曲名はその意味で本当に秀逸だと思っています。輝きはその眩しさゆえに、正体が見えない。彼こそは輝きを取り巻くたくさんの嘘の中から真実を見出してゆく存在でした。

 ゲームとして勝利条件を満たしてコンプリートする、という流れが、DSから物語を追う形式になり、更にはアニメ化されることで、謎、あるいは未完成の形が答えを見出す、完成形に至る、という風に構造が変化した結果。解明されるべき論点として、アイドルの輝きというものが後天的に抽出されたということだと思います。

Re: No title

zeitさん、いらっしゃいませ。

横の繋がりもそうですし、おっしゃる通り、トップに立つ、ということはアケマス的にはゴールだったので、まあトップを獲ってもステージに立ち続ける、という選択を取る子は個別にいますが、基本的にトップアイドルになったらその時点でそこまでの形でのアイドル活動は打ち切りで。
つまり "クリアできるゲーム" としてのアイマスにおいては、アイドルをやるということは通過点でも構わなかったわけですが、アニマス的な世界観ではそうはいかない、というか、アイドルであることを通過点で終わらせない道をアイマスは選んで、続いて来ているわけですよね。

この記事、何がひっかかってこんな文章を書いているのかということはあんまり説明していませんが、すんなり楽しめているうちは理屈で納得できても、一度ひっかかるといろんなことが気になってくるところはあります。

DSは、いろいろ考えていると一度自分でプレイする必要があるし、したいなあと思いますが、なかなか手をつけられないですね。

では、コメント、ありがとうございました!

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