大人の世界


前に書いたことの続きです。






ミリオンPV 0:29 のコピー
ミリオンPV 0:37 のコピー
ミリオンPV 0:42 のコピー





少し前に、アイマスの世界で、もう大人になっちゃった人がアイドルをやるのは大変だよね、わかりやすいものをたくさん付け足さないと生き残って来られなかったよね、ということを書いたんですが、そんなことを言っていたらすぐに、まさにそこで思い浮かべ話題にしていた人について、ピンポイントでこういうものを見せられる、というのは、一体なんなんでしょうね。

"ラッキースケベなお色気" "性的な身体の強調" "そういうものを流してくれる都合のいいぽわぽわした包容力" "口やかましいお目付役" "アイドルではない別のカテゴリ"。
天海春香なら、矢吹可奈なら、春日未来なら、そういう扱いはされない、そういう売り方をする必要はない。いえ、対比としてわかりやすいからこんな名前を並べただけで、別に比較の対象は ”メインヒロインの系譜” に限る必要はないんで。ただ、アイドルとして"旬" で "王道" な立ち位置に立てると見なされているキャラクターなら、こんな売り方にはならないだろうし、実際なっていない、という話です。

重要なのは、これが、たった90秒の枠の中に全てを詰め込まなければならないPVで、それぞれのキャラクターにとってこのワンカットがほぼ唯一の出番だ、というシチュエーションの中で選ばれている絵だ、ということです。
つまり、三浦あずさというアイドルを、秋月律子というアイドル(?)を、豊川風花というアイドルをアピールするならば、真っ先に見せなければならない絵は、これだ。彼女たちが売り物になるとすれば、一番の売りどころは、こういう部分だ。これらの絵は、作り手のそういう意識が反映されている筈の絵だ、ということです。

某氏がアニマス18話について、あずささんだったら、おたふく風邪でギャグ漫画の登場人物みたいな面白おかしい顔になった姿を視聴者の前に晒させてもいいのかい、ということを言っていたけれども、そういう点で、アニマス-ミリマスの世界には、ぶれない一貫性があるのでしょう。
三浦あずさだったらひょっとこ面を画面いっぱいに晒させても構わないし、秋月律子だったらアイドルが12人まで一緒に映っている"オールスターステージ" に1人だけ映っていなくても構わない、……てか、それのどこがいけないの? ストーリー上、設定上の大義名分はちゃんと示してあるじゃん、という。

だから、アニマス-ミリマスの世界は、天海春香だの矢吹可奈だの春日未来だのの物語に光を当てている分にはずいぶん高尚な綺麗事を歌っているかのようだけれども、脇にいるキャラクターまで見ていくと、もっと複雑で多様なものを含み込んだ、ふところ深い世界なのだと思います。
そして、私がここで "複雑" で "多様" と言っているのは、"ニコマスにはなんでもある" と言うならば、それは例えばプロディPの、集団でよってたかって真いじめをしている醜悪な動画と、それに何の疑問も抱かずに笑っている大量のコメントまで含めて "なんでもある" ってことだろう、という時の "なんでもある" と同じニュアンスのものです。(なお、私はプロディPを、ニコマステキスト系動画の史上、語り落とせない重要な傑作をいくつも生み出している作者だと考えています。)

あと、私も別に響のペットに対して思い入れとかこだわりとか全然ないんで、どうでもいいっちゃどうでもいいんですけど。アニマス第1話の「ハム蔵」にしろ、このPVの「いぬ美」にしろ、アニマス-ミリマスにおける動物キャラクターの扱いって、こんなんでいいんですかね。ペットは響にとって大切な家族、というのは、我那覇響に関するアニマスの重要な主張だったと記憶しているんですが。
"響の大切な家族" は、ひいては響がペットを飼う、という行為は、"人間キャラクターに責任を負わせずにラッキースケベイベントを引き起こすための都合のいい道具" という扱いにして構わないもの、ってことなんでしょうか。まあ、響のペットなんて、SPの時点から大概周りの人間に迷惑を掛けまくっている存在ではあったし、それを全然制御できていない、他人に掛けている迷惑まで気が回っていない、そういう一面はSPの響の重要な要素でもありましたが。

まあ、アケ/無印のあずさシナリオで、ヴィジュアルが、グラビア仕事がアイドル三浦あずさの重要な柱なんだ、と語られる時、あれはゲームのコミュという形式だから曖昧な綺麗事の話で済んでいるだけで、そこでアイドル三浦あずさに期待されているもの、三浦あずさが実際に果たしている仕事の内実は、アニマスミリマスが絵にして見せているようなものなんじゃないか。そういう意味では、アニマスミリマスの絵とネタは、「2nd Vision」より前のアイマスのストーリーが、綺麗事だけ見せて伏せていた部分を、あけっぴろげに開陳しただけ、とも言えるでしょう。
ただ、私個人は、綺麗事の建前を建前としてちゃんと通す、というのは大事なことだと思っています。






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