恋に落ちる音


ちりめん氏 【ゆっくりTRPG】ゆっくり鈴仙とぶっ放すダブルクロス (15年01月16日〜15年07月13日)

上記作品、及び同作者のゆっくり華扇とぶち破るダブルクロス(14年09月23日〜)シリーズのネタバレを含みます。









ちりめん氏の『ゆっくり鈴仙とぶっ放すダブルクロス』は、同氏の『ゆっくり華扇とぶち破るダブルクロス』シリーズに登場したサブキャラクターを主役にした、スピンアウト的、外伝的作品ですが、このところの私の日々の暮らしの最大の糧でした。

完結を迎えて感じるのは、ちりめん氏の各シリーズの中でも、とりわけお祭り感のすごい作品だったな、ということです。それはたとえば、視聴者から ”残念なお姉ちゃん” の愛称が定着している鈴仙・優曇華院・イナバ、 "ぽんこつ先生" が定着している上白沢慧音と、ネタの豊富なキャラクターが結集しているメンバー構成だったり。修学旅行先での事件、敵対する組織同士の共闘、というシチュエーションだったり。後半7話を2週間強で駆け抜けるという、筆の早いこの作者にあっても特に疾走感ある連載ぶりだったり。いろいろ盛り上がる要因があってそうなったのですが、もう一つ私が感じたのが、『ゆっくり華扇』本編との補完関係です。

ちょうどこの『ゆっくり鈴仙』の連載の、間に挟まるようにして連載された『ゆっくり華扇』第3章が、いろいろ重要なイベントの起きた回だったわけです。それはもう、ここまで入れ込んで追いかけてきた視聴者にとっては手に汗を握るところ大な展開であったし、作者としても描き切るのにパワーが必要だっただろうな、という、一つの山場で。
そんな重量級の本編が大団円を迎えた直後の、ネタ盛りだくさんでお祭り騒ぎで、何も難しい心配なしにスカッと笑って楽しめる『ゆっくり鈴仙』の集中連載だったものだから、視聴者の側も目一杯、ことさらノーテンキに盛り上がったし、作者もいつも以上に筆が快調に進んだところがあったのではないか……。まあ、そんな邪推をしてしまうくらい、快活で賑やかな時間であったわけで、単体での面白さは無論ですが、個性の違いと連載のタイミングによる本編との補完関係もまた見事だったな、と思うのです。


さて、私が今、このシリーズについて何よりも言いたいのは、人が人に惚れる、という事柄を、なんて素敵に描き出す作品なんだろう、ということです。
『ゆっくり華扇』本編第3章でも、私が一番好きな場面は、ラストバトル前の理久(霧雨魔理沙)とサナ(東風谷早苗)の会話だったりしますが、本作品で言えば、紅(藤原妹紅)と曜子(鈴仙)の関係が変化していく様子が素晴らしい。両者に共通しているのは、人が人に惚れる様子を描いて、ああその気持ちはわかる、これで惚れなかったら嘘だ、と思わせる情景になっている、ということです。

記事のタイトルではそのことを仮に、「恋に落ちる」と仮に表現しました。しかし、ここで私が「人に惚れる」と言うのは、必ずしも、恋愛感情が生じる、という事象に限定されるものではありません。いやむしろ、『ゆっくり華扇』の理久の場合も『ゆっくり鈴仙』の紅の場合も、恋愛フラグが立ってる相手、あるいは深い交友関係を築いている相手というのは、すでに別にいたりするのです。
でも、そういった、ある種いつどこででも、日常的に生じ、結びうる感情、関係とはまったく別次元の出会い。今この時この瞬間にこの人に出会い、その生き方を目に焼き付けたということが、自分の人生に決定的な影響を及ぼすような相手との邂逅。後々振り返ったとき必ずや、あの時あの人と出会ったからこそ、今自分はこの人生を歩んでいるんだと思えるような、基準点、原動力となる出会い。そんな出会いというものがあって、それを私は「人が人に惚れる」と表現したいのです。

『ゆっくり華扇』の理久とサナ、『ゆっくり鈴仙』の紅と曜子、いずれも男女のコンビで、後者の方がちょっぴりだけ年上のお姉さん、という関係にありますが、この微妙な年の近さと差とが、絶妙のスパイスになっています。
彼らの周りには、もっと年かさで、大人で頼れる人間だって存在している。でも、そうではなくて、自分と同じような悩みや迷いを抱えていて、頼りないところもある存在。それでいて、自己の中の大事な芯のようなものを見いだし、確立していて、自分より一歩、前に踏み出しているような存在。
と言っても、別にその人が全面的に自分を導いたり教え諭したりしてくれる、というわけじゃない。ただ、自分が迷った時、悩んだ時、どうしたらいいかわからなくなりかけた時、その人が道しるべとして、応援団として、パートナーとして、すぐ隣に居てくれる。そして、「どうしたいか、だけでいいんだよ」……じゃなかった、あなたが本当にやりたいこと、目指していることは何ですか、と問いかけてくれる。

そんな存在と出会って、今目の前にいるこの人は、こんなに凄い人なんだ、今自分はこの人からとても大切なものを受け取ったんだ、と。そう覚った時、胸に生じる感情は、憧れと畏敬であり、共感と信頼であり、隣にいてくれる頼もしさであり、いつか肩を並べたい、いつか自分が受け取ったものを相手に返せる存在になりたいという欲求であり、そして魅力的なその人そのものへの慕情であり。それら全部の感情が、想いが、渾然一体となって湧き上がってくる瞬間。
あたかもこの作品から、人が人に惚れる瞬間の衝撃のようなものが、直接形をとって画面から放射されて、こちらの目と耳を打ったかのように、私には感じられたのです。


最初に "お祭り感" と書きましたが、見終わってもう一つ、『ゆっくり鈴仙』という作品に特徴的な味わいだと思うのは、"一期一会感" です。
いやもちろん、同じメンバーで2nd Seasonがある可能性だってあるし、設定的にはあの人とこの人は再会しそうだしこの人とそっちの人の関係は……といろいろ言える。他方で、ならば本編の『ゆっくり華扇』の方はいつまでも今のままの形で続いていくのかと言えば、設定的にはもうかなりの要素を消化しているわけだし。
でも、そういう問題ではないのです。本編のメンバーの場合には、彼女たちが集い戦っている場所が彼らの日常の暮らしの舞台そのものでした。物語がどう揺れ動いていこうとも、彼女たちの生活は、居場所は、つねに本編の世界そのものと共にある。

けれども、『ゆっくり鈴仙』で集った四人の場合は、今この時、この場所で、この事件だからこそ、それぞれバラバラであった筈の人生が一瞬だけ交錯した、という関係なのです。チームとしての彼女たちの物語は、この時間、このお話の中にしかあり得ない。いつか再び集う奇跡があったとしても、それはすでに "再会" であり "同窓会" であり ”再結成” であって、今一緒に過ごしている時間そのものではありません。
完結にあたって、今度はこんな番外編が見てみたいとか、こんな形で彼女たちのお話の続きを見てみたいとかいった話題で、視聴者コメントが盛り上がりました。そういう話題で盛り上がったのは、一つには、一期一会の時間が今まさに終わっていこうとしている、という充実感、満足感と、惜しさ、寂しさとが、誰の胸にも去来していたからだと、私は思っています。私もまた、そうして感無量の思いでエンディングを見守ったファンの1人です。

とりあえず、今は何よりも、本編で、多くのコメントに紛れて、いつもの「残念なお姉ちゃん」を歓迎するのが楽しみです。





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