彼女が旅に出る理由


ただの倉庫 ミリオン2ndクイック(ではない)レポート(その8・完)

上記のcha73さんの記事を読んで……、という名目で、例によって他人様の記事をダシにして自分の好きなことを喋ろう、という記事です。











上の記事の26番の項、七尾百合子についてのくだりに、春香への言及があって、

「だけどもふたりは「普通の人」です。才能があるからアイドルになったわけでも、
とりわけアイドル向きの性格だったわけでもない。
このへんは春香Pが大量に「おい待て」と言って特攻してきそうなとこなんですが、続けます。」

と書かれています。

まあ、春香さんに「普通」という形容を冠するのは、アーケード/無印のゲーム的に言えば、最初にユニットを選択する時に高木社長が

「あの子はまあ、普通の子だから、君でもさほど苦労することはないだろう」

と言うところで出てくるだけです。状況から言ってこの台詞のニュアンスは、あんまり手がかからない人柄だから駆け出しプロデューサーでも扱いやすいよ、という程度のことであって、「普通の子」という表現そのものに重大な意味が持たされているわけではないでしょう。
私自身は、「普通」という言葉を何かの手がかりや軸にして、天海春香という人間を考えようとしたことはありません。他のアイドルについても同じです。そういうのはまあ、キャッチフレーズで物事を括って表現するのが得意な人に任せておけばいいと思っています。

ただ、その次にcha73さんが書かれていることは興味深い。

「春香って、適性としてはおそらく究極的にアイドルに向いているんですよ。
なぜなら、「アイドルであることが当たり前になっているから」です。
芸能人にだってプライベートがある。そこは普通、大事にしたい。公私は分けたいものです。
しかし本当に「天職」といえるほど向いている人って、
24時間アイドルでいられるんですよね。」

「春香には公私の境界線がほとんどなく、カメラの前でも千早とふたりきりの時でも、
言うこともやることもほとんど変わらない、と、思うんです。
なのでアイドルでいることが苦にならない。」
(太字は原文ママ)

春香さんがこういう風に見える、という発想自体は、私にもよくわかります。以前、damehumanoidさんから春香を古今亭志ん生に比定する喩えをお聞きした覚えがありますが、それも同じ発想に基づく話でしょう。(つまりその喩えは、志ん生という芸人を、"わざわざ演じなくても存在そのものが芸として喜ばれている人" と捉えて、春香にそれに通じるものを見いだす、という話だと私は理解しています。)

ただ私自身は、ゲームに即して考えるならば、春香という人間にとって「アイドルであること」は全然「当たり前」ではないし、彼女は「公私の境界線」をはっきり分ける人だし、「カメラの前」と親しい人と「ふたりきり」とでは見せる顔が違うし、時に「アイドルでいること」で苦痛も感じているだろう、と思っています。

実際に、コミュでの言葉を見てみましょう。


ランクC 「ライブ(大型ステージ)」
ぷげらっちょP アイドルマスター はるかっか 55 07年06月18日

P「どうしたんだ? いまさらこのくらいであがっちゃうなんて、らしくないじゃないか」
春香「あっ、は、はい! そうですよね。なんか私、急に素に戻っちゃって……」
春香「気を取り直して、仕事モードで気合入れて! それでは、行ってきます!」


このコミュでは、春香がステージに臨むに際して、「素に戻っちゃって」「仕事モード」「気合い入れて」という言葉が出てきます。
もちろん、この場面は今までにない大きなステージで主役を務める、という特殊な状況であって、ただちに一般化できる内容ではありません。ただ、春香にとって、芸能人として「仕事」をすることが、少なくともある場合には、「素」の自分ではない「仕事モード」を意識して臨まなければいけないものだ、ということがうかがえる台詞です。

ちなみに、言葉遣いや態度の話を少ししておくと、休日コミュで一瞬だけ、春香が友達と電話で会話する様子が描かれますが、プロデューサー相手の時とは口調に違いがあるように見受けられます。
それがなくとも、春香はPに話しかける時、朋輩や家族ではなく大人の仕事相手である、という状況を慮った話し方をしようとしているのではないか。私はコミュでの春香の喋りを聞いていると、そう感じます(もちろんそれは、礼法的に、あるいはビジネス的に綺麗な敬語で喋る、というものではありませんが)。
春香の中には春香なりの、大人の相手、仕事でお付き合いする相手に対してふさわしいふるまい方の感覚があって、それは友達の前でのふるまい方とは違う。とすれば、春香がそれ以外の相手やシチュエーションにおいても(たとえば家族の前、近所のおじさんの前、芸能界での仕事仲間の前、ファンの前、等々)、それぞれに異なった、その場にふさわしいふるまい方を意識して行動しているだろう、と想像するのは自然なことでしょう。
ライブ関連のコミュでは、ステージ上での春香の喋り口調の断片を知ることができて、たしかにフレンドリーで飾らない喋り方をしていることが確認できます。しかし、それは彼女がどんな場所でも境界線がない、変わらないふるまいをする人間だからではなく、春香自身がその場にふさわしいアプローチを意識して選びとった結果だ、と私は考えています。(なお、春香コミュにおける、ライブ時の観客への呼びかけについての細かい議論は、以前簡単にまとめた記事を書いています。)

さて、春香と「仕事」の関係は、別のコミュからも確認することが出来ます。


「1月の仕事」
ぷげらっちょP アイドルマスター はるかっか 05 07年05月20日

春香「実は……、マジック、まだ最後まで、うまくいったことが、ないんです」
春香「昨日の夜は、ほとんど徹夜で練習したから、今日は、もしかしてって思ったんですけど……」
春香「ううっ……。これじゃ、やっぱり、本番でも、絶対に失敗しちゃいます……」

P「笑顔で、みんなを、楽しく明るい気持ちにしてあげないとな!」
春香「…………」
春香「そうですよね。見ているみんなのことを、考えないと……」
春香「笑顔を忘れずに……。プロデューサーさん、どうですか?」
P「ああ、いい笑顔だ! ……それに、力も、程よく抜けたみたいだな」


このコミュにおいて春香は、かくし芸大会に出る、という「仕事」を、カメラの前で一人前に「マジック」という芸をやり遂げてみせることだ、と捉えています。
この番組で行われている芸がどのくらい難しいもので、技術的に素人であるアイドルにどの程度のことが期待されていて、春香は他人に比べてこういう作業がどの程度得意なのか不得意なのか、ということは、コミュの描写からは判然としません。ただいずれにしろ、春香が、「マジック」が出来ないなら出来ないなりの "ありのままの自分" をテレビの前で見せればいいんだ、という考え方をしていないことは明白です。
「マジック」を求められたならば、当然それをカメラの前できちんとやってみせなければならない。出来ないならば出来るまで練習し続けなければならない。春香が「仕事」というものに対する時の「姿勢」はそういうものだと、このコミュからは読み取れます。
ただ、このコミュにおいて、"(技術的に)求められたことを出来なければならない" という思考が、春香自身を追い詰めている面があるのは確かです。引用した会話の後段は、それが打開されるきっかけとなる部分です。

上のコミュのように、春香自身の意識、姿勢が、そのままでは必ずしも彼女の力を引き出さない状態になっている例は、他のコミュでも見られます。


「4月の仕事」
ぷげらっちょP アイドルマスター はるかっか 37 07年06月18日

春香「やっぱり、レポートの良し悪しって、上手なコメントが、言えるかどうかじゃないですか」
春香「それで、どうしたら上手なコメントが言えるか、色々、練習してたんですけど……」
春香「なんだか、やればやるほど、よくわからなくなってきちゃって……」

P(おっ。何の意識もしてないようだが、春香が桜を見て、いいコメントをしているな……)
P「……なあ、春香。今みたいな感じで、いいんじゃないか?」
春香「え? 今みたいなって……?」
P「レポーターの話だよ。桜を見て、春香が言ったこと、なかなかいいコメントだったと思うぞ?」
春香「ええっ!? で、でも私、桜を見て、ああ、素敵だなぁってだけで……」
P「だから、そういう自然な気持ちを、そのまま言えば、いいんじゃないかな?」
P「うまいこと言おうとして、頭を悩ませたコメントより、そっちの方が、視聴者に届くと思うぞ」


プロデューサーの目から見ると、春香が何の意識もしていない時に言った「自然な気持ち」のコメントが、一番魅力的。けれども、春香自身はそれでいいとは全然思っていなくて、「色々、練習して」、「上手なコメント」を作り上げるべきだと考えていた。

ここまで挙げたコミュは以前、K_1155さんとの対談でも言及したものですが。こういったコミュを基に、つまり春香にとっての「仕事」とは "プロ" がなにか ”すごいこと” をやるものであって、というようなことを言ったら、K_1155さんから「『ナチュラルアワード』がピンと来ない春香」という、私が思い浮かんでいなかった核心的なコミュを提示されたのが、この時のことでした。
同じ話を繰り返して終わるのも芸がないので、当記事ではK_1155さんに指摘されたコミュも手がかりにして、もう少し続きを考えてみたいと思います。


ランクAB「表彰式」
ぷげらっちょP アイドルマスター はるかっか 77 07年06月21日

P「アイドルなのに、なんだか素朴で親しみやすいところが評価されたんじゃないか、春香」
春香「うーん、そうですか?  素朴、素朴、うーん……」

春香「スタッフさんに説明聞いてみました。自然体なひとに贈られる賞みたいです」
P「自然体…… なるほど、そうかぁ」
春香「えっ! なるほどって…… ううっ、私、自分だとピンとこないんですよぉ」
春香「私のどういうところが、自然体でナチュラルなんだろ? プロデューサーさん、わかります?」


自分の「素朴で親しみやすい」「自然体でナチュラル」なところが評価されていると言われても、まったく「ピンとこない」、という春香。春香自身は、カメラの前で飾らない「自然体」な自分を見せている、という意識も、それが自分の魅力だという認識も持っていないのです。

ただ、春香自身の認識はどうあれ、結局のところアイドルとしての彼女の魅力は、どんな場所でも「素朴で親しみやすい」「ナチュラルで自然体」だと思わせるようなところにあるのであって。畢竟、春香をプロデュースする側の役目は、カメラの前で「ナチュラルで自然体」な春香を引き出していくこと、春香に対して、飾らない "ありのままの君" でいいんだ、と後押ししていくことなのではないか。
……と、かつては私も思っていたのですが、今はよくわかりません。

春香が芸能界で「仕事」する動機として、「歌」へのこだわりや他人との交流、つながり、といった面はもちろん重要ですが、それが全てというわけでもありません。たとえば、こんな一面もあります。


ランクD「ランクアップ」
ぷげらっちょP アイドルマスター はるかっか 32 07年06月16日

春香「そう思うと、私も、雑誌なんかでいろいろ噂になってみたいような、あ、みたくないような」
春香「やっぱり私もなにか噂になるようなこと、したほうがいいですか?」

春香「ああっ、噂になるようなネタがないかも! どうしましょう、プロデューサーさんっ!」
P「いや、どうしましょうって言われても」
春香「そうだ! ワイドショーに出られるような噂、一緒に考えてください!」
P「ええっ!?」
P(その後、春香の変な噂想像に延々と付き合わされてしまった……)


ランクC「雑誌取材」
アイドルマスター はるかっか 67 07年06月19日

春香「あー、たまにはなんか、もっと思い切った質問に答えてみたいなぁ」
P「思い切った…… 質問?」
春香「質問というか、そういう話題の取材を受けたいというか……」
春香「女性週刊誌にどーんと載っちゃうような、爆弾発言しちゃいたいんですよ、私!」


「雑誌」や「ワイドショー」でいろいろ「噂」になるのも悪くないかも。「女性週刊誌にどーんと載っちゃうような」「爆弾発言」なんかもしてみたいかも。
いかにも芸能人らしい、芸能人にしかできない行為をして、芸能人らしく騒がれてみたい。春香にはこんな、ある種ミーハーな願望もあるのです。
非日常的な世界で、非日常的な自分を表現して、非日常的な体験を味わう。
"ありのままの自分" とは違う自分を演じられる/違う世界を体験できる点にこそ、この「仕事」の楽しさを見ているところが、春香にはあるようです。

このことは、よりシリアスな実際の仕事の場面においても表れています。


ランクD「ライブ鑑賞」
アイドルマスター はるかっか 41 07年06月16日

春香「それにしてもボーカルの女の人、張りのある声なのに、しっとりじっくり、聞かせますねぇ」
P「そうだね。落ち着いた感じだ。安心して聞いていられるね」
春香「そうそう。安心して聞ける歌、ってのが、すごく……、いいですよね」
春香「私も将来は、あんな風に、落ち着いた雰囲気のある歌を、歌ってみたいかも♪」


春香は、「あんな風に、落ち着いた雰囲気のある」歌い方をするのは、今の自分には出来ないことだと認識している。そして、そうでありながら「将来は」「あんな風に」「歌ってみたい」と考える。少なくともこのコミュにおいて、春香自身が「仕事」の中で表現したいと思っているのは、「ナチュラルで自然体」な、いつでもどこでも変わらない自分、ではないようです。
むしろ、今の自分にはやれない・出来ない、にも関わらずやってみたい・なりたい何かを目指して届こうとする。そんな志、希望こそが、春香がこの「仕事」をする上での一つの原動力なのではないでしょうか。

では、実際にアイドルとしての実力が向上し、ランクが上がり、出来ることが増えていった時、春香のそんな希望はどうなっていくのでしょうか。


ランクC「CM撮影」
アイドルマスター はるかっか 54 07年06月17日

春香「どうしたらうまくできると思いますか? プロデューサーさん」
P「うーん、多少はジェスチャーで。大げさに身振りをつけてやってみたらどうかな」
春香「大げさ…… ですか? うーん、どんな雰囲気でいこうかなぁ」
P「シックに気取って」
春香「シックに気取って?」
P「もっともらしく上品に、少々かっこつけて、って感じかな」
春香「もっともらしく上品に、かっこつけて…… ですか」
春香「ちょっと『ふふん? いらっしゃい?』って、挑発するみたいな感じでいいのかなぁ」


カメラの前で、「シックに気取って」 「もっともらしく上品に、かっこつけて」「挑発するみたいな感じ」。いずれも、「ナチュラルで自然体」な春香のイメージにはあまりそぐわない言葉だと思います。ところが、このコミュではこんな方向性のプロデュースが春香に歓迎され、仕事の成功にも繋がっています。

そして、さらにランクが上がった、このコミュ。


ランクAB「ライブ(大型ステージ)」
ぷげらっちょP アイドルマスター はるかっか 81 07年06月21日

春香「せっかく大きなステージなんだから、派手にいきましょう! だいなみっくに!」
プロデューサー「いいね! うーん、しかし…… 今からステージプランは大幅には変えられないなぁ」
春香「いえいえ! プランを変えずに、いつもより派手に見える方法もあると思います」
プロデューサー「そうだな、とにかく踊りだ。ダンスを見せるんだ!」
春香「そうですね! せっかくのライブだから…… 動きを派手に見せていくことにしましょうっ」
春香「いちばん遠い席からでも振りがきっちり見えるように、しっかり踊りますね♪」

P(多少の息の乱れなどものともせず、春香は迫力満点のダンスと歌で皆を魅了した!)


アイドル自身が積極的にどんどんプランを出していってそれが成功に繋がるのは、いかにも最高ランクのコミュらしい展開ですが、このコミュでは春香は、「動きを派手に見せていく」というダンス主体のアプローチで、「だいなみっく」で「迫力満点」なステージを実現しています。これまた、「自然体」な普段の春香のイメージからはほど遠い仕事ぶりです。でも、トップに到達した春香にはこういう仕事だって出来るのだ、ということ。
こう、ニコマスには激しい曲でバリバリ踊りまくる春香さんがたくさんいますが、私は、あれはコミュの中の素朴で芋っぽい春香とは異質な別世界、なのではなくて、ゲームの春香の先に、当たり前に思い描かれてしかるべき姿なのだと思っています。

また、このコミュは、ランクF以来の各種の「運動」コミュや「ミーティング」コミュで描かれてきたものの集大成、という面があるように思います。
今いちいち個別に振り返りませんが、声量が弱い! 運動は得意じゃなくて……、しょっちゅう転ぶんですよ、と、春香の身体能力的な限界は、無印のシナリオを通じてずっと課題になってきた事柄です。
春香が身体能力上の限界に逢着した時、その場面場面で、あるいはPが見ていないところでも行われていた、彼女の「とっくん」的な努力。それらは、その場その場で明確に実を結んだのかどうかは曖昧なものでした。
でも、ランクABの春香は、「迫力満点のダンスと歌で皆を魅了」できるアイドルになっているのです。


「しっとりじっくり」「落ち着いた雰囲気の」ヴォーカル。
「かっこつけた」「挑発的な」ヴィジュアル。
そして、「派手に見せ」る「迫力満点」のダンス。
いずれも、「自然体」な、「素」の、"ありのままの春香" からは縁遠そうな世界です。
けれども、そんな "今の自分とは違う自分" にもなってみたい、と願うのが春香という人間であり、そしてその希望は、歩み方次第で実現し得るものなのです。
果たして、カメラの前だろうとどこだろうと変わらない「自然体」な姿こそが春香の魅力だよ、という理解は真実なのでしょうか? 
背伸びしない "ありのままの君" がいいんだよ、というプロデュースは真理なのでしょうか? 
それもまた部分的な解でしかない、あるいは通過点に過ぎないのではないか、と今の私は思っています。

私は、春香さんがいつでもどこでも変わることなく、一日一回転び続ける人だとは考えていません。
天海春香というアイドルに、いつでもどこでも、いつまでも変わらない「当たり前」な何かが存在するとして(私も彼女の中に何かそういうものが宿っているはずだと信じています)、それは時に応じ場所に応じ、不断に変化し続ける春香の姿をきちんと捉えた先にしか見いだせない、というのが私の考えです。
なお、書き出すときりがないので、今回は「仕事」の外の、春香のプライべートな部分には触れませんでしたが、もちろんそちらも、春香において非常に重要な要素です(プライべートが重要でないアイドルはいませんが)。春香において何が「当たり前」だと言えるのか、を私の言葉でまとめようとするならば、そちらも振り返って考え直す必要があるでしょう。

まあ、春香さんに関する私の文章って、大体はかわり映えのしない内容を堂々巡りに繰り返しているようなものです。
ただ、一見堂々巡りのようであっても、繰り返すうちに変容していく部分があり、そして変容していく中にも譲れない、変えがたい部分がある……。ってなことを汲み取っていただければ幸いです。



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39!

注文通りの記事をありがとうございます。
これ、完全に私のほしかったもので、
「百合子は春香に近い」と書くことを決めた時に
その検証と個人としての見解提示は必要だし、
しかしライブのレポにそれを含めることは流れと物量の限界がある、
それでどうしたもんかなーと。
「誰か書くだろう、いっちゃえ!」でしたが、正解でしたw

真も同じなんですが、今では765プロのアイドルは「点」で見る
実像で語るのはほぼ無理になっていますよね。
それはいつの、どの真のことなんだい?
なんてことは論じられるたびに思うところで、
これはどのアイドルも同じだと思います。

コメント欄という小スペースで書ききれることではないのですが、
例えば「それでも春香が765プロの中ではやはり中庸に位置する」
ということ、特能を持たない子の成長物語としてブレが少ないこと
は比較としていえるのではないか、というのがひとつ。

それと最高の難問なのですが、「普通」以上でも以下でもない者が
「アイドル」という何かとして「ステージに立つ」ことは、
それ自体がアイドルとして成立するものなのか?
というお題にどう答えるかというのがあります。
「特別な何かを持っているからアイドルをやるのだろ?」の問いに
春香は、春香のPはどう答えるのかというと、
ひとつの答えになるとは思えないし、
まだ答えられない人もたくさんいると思います。

七尾百合子もそこがよく似ている。似ているであって同じじゃない。
Vinegar56%さんの指摘と同じように、百合子も何の成長もなく、
この先アイドルとして歩んでいくわけではない。
同じように悩み、自分の求められているイメージや、
なりたい姿と向き合い、変わっていく。
育たない人間はいないので、
そこは類似性として挙げる必要はないところでしょうけども。

ミリオンはセンターの未来が普通、中間、基準、というものとは
違う存在であることが明確になったこともあり、
自分はミリオンのその位置にいるのは誰なのか? を意識したら
百合子になったというのもあります。
そのへんも書き物としてはライブレポに含められませんでした。
この先、書くことがあるかはまだ未定です。
でかい迷路だろうなとは想像していますがw

まあ、迷路上等ということで!

こちらこそ!

cha73さん、いらっしゃいませ。

天海春香なり、七尾百合子なり、一人のキャラクターについて何か考えていることがあって、さあ自由に思うところを語ってみよう! と自分ひとりで思い立ったとしても、茫漠としてどこから手をつけたらいいのかのかわからない、というところがあるわけで。他人が提示してくれた一つの見方、雛形、ポイントがあるからこそ、自分に何を書けるか、書きたいかがはっきりしてくる、という場合がある。この記事はまさにそういう記事で、cha73さんが提示してくださった構図があるからこそ書けたもので、こちらこそ、春香に言及して語っていただいたこと、有り難く思っております。

いただいたコメントを読んでいてもまた、cha73さんと私の着目点が違いが顕われていて、とてもスリリングな面白さがありますね。
「765プロの中での中庸の位置」が誰か?、とか、「ミリオンの普通、中間、基準の位置」とは? みたいな考え方って、私はあんまりしないんです。本文中で「普通」という言葉を軸や手がかりにはしない、と書いたのはそういう意味で、全体や他者との比較から話を始めないし、話の目標も必ずしもそこには置いていない、ということです。
アニマスの感想などでも、春香はこういう子だからセンターでリーダーになっていって、伊織はこういう子だからああいう役回りで、千早は、美希は、真は……という、"765プロ全体の中での立ち位置" と絡めたキャラクター語りってたくさんあるわけですが。私はずっとノベマスを見てきた人間なので、"この子は765プロ全体の中でこういう立ち位置、こういう役回りであるに違いない" 式の発想が、アイドルを狭い型に押し込めて、キャラクターの持つ可能性に対しての想像と表現の幅を狭めているのではないか、と感じる局面を多く体験してきました。
だから、そうやって "全体の中での立ち位置" 論の中に組み込まれていくキャラクター像に対して、一対一でコミュニケーションした時に浮かんでくる彼女たちの人間性と向き合った時に、どれだけ "全体の中での立ち位置" 論の中に回収しがたいもの、そこからズレた多様性、可能性を提示できるか、というのが、私がアイドル個人を語る時のひとつのテーマです。ですから、志としては、キャラクターがどんどん変容して「点」で総括しずらくなっていく流れの中だからこそ、自分が「点」を提示することに面白みがある……という文章を書きたいと思っているのですが、言うは易く行うは難し、ですね(笑)。
まあ、ライブやCDでのアクトを掘り下げて考え続けているcha73さんの場合には、"765プロが全体として形作っていくもの" "ミリオンライブ! が全体として形作っていくもの" のイメージと興味が確固としてあって、そういうお話の構造になるんだろうな、と、そういう、人によってアプローチそのものも異なってくるのがブログ記事の面白さだと思っています。

「特別な何かを持っているからアイドルをやる」のかどうか? という問いに関しては、言及されていた『指輪物語』のお話を掘り下げていくと、百合子あるいは春香を考える上でもちょっとしたヒントになるのかもしれない、なんてことを考えていました。
フロドやサムって、たしかに能力的にはどこと言って特別な力を持たないキャラクターです(まあ、頑健だとか指輪への抵抗力が強いとかありますが、ガンダルフやアラゴルンのような形でわかりやすく特別な英雄的能力を持っているわけではない、という点と、それらは "ホビット族の特別な資質" ではあるけれども"フロド個人、サム個人に固有の資質" ではない、という点において)。ただ、ならば彼らはホビット庄に暮らす数多の住民の中で、何の特徴もない "普通" で ”平凡” な存在なのか? たぶん、これは『指輪物語』という作品全体のテーマに関わってくる問題なんですよね。従って、これ自体ちっとやそっとで片付く易しい問題ではないでしょうが、私も機会があれば書いてみたいところではあります。

細かいことを突っつき回したい人間なもので、今後もcha73さんに変な絡み方をしてご迷惑をおかけすることが時々あるかと思いますが、なにがしか面白いと思っていただける点があるならば幸いです。
ではでは、コメント、ありがとうございました!




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