非ニコマス:そして彼女は天使になる 大長編ドラえもん「のび太と鉄人兵団」について


TomFの二次資料室さんの記事、おバカな感動映画とニコマス 「バック・トゥ・ザ・チーヒャー」で、大長編ドラえもん「のび太と鉄人兵団」について素晴らしい考察が書かれていたので、思わず私も同作について書きたくなりました。本編のネタバレを大いに含みますので御注意ください。


「のび太の鉄人兵団」でのロボットと人間の関係について、思うことなど。

 この作品のゲストヒロインであるリルルは、大長編全作を通してもっとも人気のあるキャラクターの一人です。それは、敵であるロボット側として登場しながらのび太達と心を通わせていく彼女の姿が非常に美しく感動的だからであろうと思います。
 映画でも漫画でも、リルルの感情変化の描写が本当に見事で、誰もが心を打たれる所なので、ロボットの感情の芽生えがこの作品の大事なテーマのであるのは間違いないと思います。

 ただこの作品の場合、ロボットと人間の関係はロボット=感情のない機械、人間=豊かな感情を持った存在という単純な構図ではないと私は思っています。
 のび太たち人間側は、“人間を奴隷にする悪いロボットから地球を守ろう”という論理に基づいてロボットと戦っています。一方でロボット側にも“人間はわがままでよくばりで憎しみあい殺し合う、神から見放された存在である”“ロボットは皆平等だから、ロボットではなく人間を奴隷にしてロボット社会を発展させよう”という、自己正当化の論理があって、リルルもそれを信じています。
 両者の間にあるのは思想・正義の対立で、“人間だから”“ロボットだから”と、互いを自分たちと異なる存在と見なすことで、相手を奴隷にしたり破壊したりする事を正当化しています。これは民族・宗教・イデオロギー等々、人間同士の関係にも読み替えられる、普遍的な対立の構図だと私は思っています。
 それが端的に現れているのが、漫画でのリルル治療中のリルルとしずかの対話で、リルルが

「人間みたいな下等生物が支配者のために働くのは、あたりまえじゃない」

と言うのに対して、しずかは

「かってなこといわないで!!」「ロボットは人間のために、人間が作ったものよ!」

と言います。(この後に人間は神から見放されたというリルルの主張が続く)互いに相手の論理を頭から受け付けないわけです。

 にもかかわらず、リルルの人間への感情が変化するのはなぜか。それは、そうやって対立して

「かってにこわれちゃえばいいんだわ……。」「やはりロボットに人の気持ちが通じるわけないのよね」

と思ったのに、「やっぱりほっとけないわ…。」と治療を続けるしずか、そして逃がせば地球が滅ぶとわかっていてリルルを撃てないのび太の、人間側の論理にも矛盾した、理性を超えた行動に直面するからです。

「人間のすることってわからない。」「どうして敵を助けるの。」

と言うリルルに、しずかは

「ときどきりくつにあわないことするのが人間なのよ。」

と答えます。

 こうしてリルルは、

「(人間は)ゴミなんかじゃありません。わたしたちと同じように、それ以上に複雑な心をもっています。」

と考えるに至ります。
 この台詞から、ロボットは(敵を助けるような)人間ほど複雑な心を持っていなかったのだ、と解釈することもできます。
 しかし、こう考えることもできるでしょう。リルルには感情がなかったわけではないのです。ただ、彼女は人間を、感情を表してコミュニケーションするような同等の相手だとは思っていなかっただけなのです。彼女は、のび太やしずかと「数日一緒にくらし……、」「人間というものを深くしるチャンスにめぐまれ」た事で初めて、相手が自分たちと同じように感情を持った存在だと理解したのです。

 注目すべきなのは、のび太やしずかの行動の結果、リルルがロボット側の論理を捨て、人間側の論理を信じるようになったわけではないということです。感情を持った人間を奴隷にすることは、絶対的な悪です。それを具体化する手段である、兵器としての鉄人兵団もまた、悪だと言っていいでしょう。
 けれども、大元になった、メカトピアを天国のような国にしたいという思想は、彼女にとってのアイデンティティであり、拠り所です。それを否定するのは彼女自身を否定することです。ここからリルル一人だけの葛藤が生じます。

「わたし……、どれい狩りを悪いことだと思うけど…。」「でも祖国メカトピアをうらぎることはできない……。」

「メカトピアを発展させることが宇宙の正義だと信じて働いてきたのに……。」「それがこんなおそろしい争いの原因になるなんて」

 しかし、「りくつにあわない」行動でリルルを助けたしずかやのび太の方は、その意味を認識していません。

「ロボットに人間の気持ちが通じるわけないのよね」と言うしずか、

「リルルくんは命がけで鏡面世界の秘密を守ってくれたんだ。ぼくらのみかたになってくれたんだよ。」

と説明するのび太とドラえもんは、自分たちの思いやりにリルルが共感することと、リルルがロボット側の論理を捨て人間側の論理を信じることをイコールで捉えているように見えます。ロボットの歴史を

「まるっきり人間の歴史をくりかえしてるみたい。」

と見抜いたしずかですら、"人間もまたロボットと同じことをしているのかもしれない"と考えることはできないのです。

 ただ一人、ドラえもんの思考は、この台詞だけからは読むことができません。この物語で、内心の描写があるのはのび太としずかの二人だけです。そして大長編においてドラえもんは、のび太・しずか・ジャイアン・スネ夫という4人の子どもを指揮して敵と戦うリーダーであり、5人の中で唯一、大人的で戦略的な思考に基づいて行動する役割を与えられています。
 内心でリルルやロボットをどう思っていたとしても、彼は常に人間側が勝つために最善の手段を考えて行動しています。リルルを壊すべきと主張するジャイアンとスネ夫、壊したくないと主張するのび太としずかの感情的な論争に、

「鉄人兵団についていろいろききだせるかもしれない」

という、人間側にとってそして5人全員にとっての利益を持ち出して、議論を決着させるのがドラえもんです。ドラえもんの言動には、ロボットへの敵愾心の強いジャイアン・スネ夫を論理的に説得するという要素が常に含まれているので、彼の心の内は推し量りがたいものがあります。ひょっとすると彼は、相手も感情のある同等の存在であることを認めていて、それでもなお自分たちを守るために戦おうとしている、のかもしれません。

 リルルに話を戻しましょう。彼女の心の中の矛盾、葛藤は何故生まれたのでしょう。それは、リルル以外の誰もが、ロボットと人間という立場の違いを絶対的なものとして捉えているからです。ただ一人彼女だけが、ロボットという自らの立場を超えて、

「ロボットの天国ではないと思います。」「宇宙に住む者すべてにとっての天国だと思います」

という考えに辿り着きます。
 それを彼女に気づかせたのび太やしずかの「りくつにあわない」感情こそ、「他人を思いやるあたたかい心」と呼ばれるものでした。その名前を知り、それこそが彼女の「ほんとうの天国づくり」に欠けてはならない一番大切な感情であると気づいた時、彼女はロボットも人間も超え、神の声を聞いた「天使」となったのです。

 そんな彼女の想いは、たしかにのび太達の心の中に、大きな何かを残しています。

「メカトピアはどんな星に進化したかしら。」
「そりゃあ素晴らしい星に…。天国みたいになっているだろ。」
「リルルは…。生まれ変わったかしら。」
「たぶん…。そう信じようよ。」

そう会話するのび太とドラえもんには、リルルへの個人的な想いとともに、それだけに留まらないもっと複雑な心の動きが生じていると私は感じます。そして物語を締めくくるこの会話をした二人の関係もまた、物語全編を通じて互いを支え続けている、理屈も立場も超えたものでした。
 最後にシーンは仲間皆がいる、いつもの空き地へと回帰します。いつもと同じで、けれども新しい何かを得た、そんな日常。



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鉄人兵団のオチは反則

前に書きましたが、私は鉄人兵団のあのオチはやってはいけないことだったと思っています。なぜなら、人間の歴史の否定に繋がるからです。 あの解決法は簡単に言うと「ロボット作りそこなったから、もういち...

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No title

>>Vinegar56%さん
記事お疲れ様でした。
食い入るように読んでしまいました。
「のび太と鉄人兵団」がますます好きになりましたよ。

Re: No title

Tomさん、お越しくださいまして有難うございます。
これを書くために漫画を読み直したのですが、読めば読むほどに傑作だなあと思います。
私もTomさんの記事とコメントを読ませていただいて、
ますますこの作品が好きになりました。
ありがとうございます。

No title

はじめまして。自分のブログで鉄人のオチはいかんと言い続けているshuiと申します。すばらしい考察です。いままでなんか変だと思いつつ、うまく言えなかったもやもや感が解消してすっきりしました。(リルルのアイデンティティ・"リルル以外の誰もが、ロボットと人間という立場の違いを絶対的なものとして捉えている"の部分など) こちらの記事を、私の「鉄人兵団のオチは反則」(http://iandmeandwho.blog107.fc2.com/blog-entry-29.html)にリンク+今度のアニメドラえもん感想のときにご紹介してもよろしいでしょうか。

私の記事でも述べておりますが、鉄人の元ネタはディック「ジェイムズ・P・クロウ」という作品の可能性がありまして、これは白人と黒人の対立をロボットと人間に置き換えて風刺した作品です。なので、私も鉄人は「ロボット」と「人間」の対立を示しているものではなく、「人間」と「人間」の思想対立を表していると考えて問題ないと思います。

ただ、私としては「りくつにあわない感情」=「あたたかい心」と解釈してしまうと、それがなかったメカトピアのロボットは失敗作! となってしまうのであまり認めたくなかったりします。人間でいう優生学的なものが出てきて、思想対立とはちょっとズレるかな、と。この解決法自体が微妙だと思ってるので、あまり突っ込むべきではないのかもしれませんが。

私も鉄人兵団大好きですので、このような深い考察を拝見できてうれしいです。ありがとうございました。

Re: No title

Shui様、コメントありがとうございます!
リンク、紹介していただけるとのこと、大変光栄です。
このように普段はドラえもんともSFともあまり関係ないことを書いているブログではありますが、大好きなドラえもんについて書いたことを、このように評価していただけるのは大きな喜びです。

Shui様の記事、読ませていただきました。ご指摘の通りで、「リセットして作り直し」という解決法は、この作品を評価する上で大きな問題であると私も思います。私の文章では、メカトピアでのリルルと神さまの会話をかなり象徴的な意味合いで捉えています。社会作りをする上での心の重要性、みたいなテーマを表している観念的なシーンと解釈して、「あたたかい心」を植え付けて状況をリセットする、という具体的描写については深くつっこまなかったんですね。

 ちょっとどこでの発言か忘れてしまいましたが、F先生自身が鉄人兵団の解決法については「解決を安易にタイムトラベルに頼ってしまった」という意味のことをおっしゃっていたように記憶しています。SF大好きのF先生ですから、自分の作品がロボット物として、あるいは過去改変ものとして不備があるのを承知の上で、あえてこのストーリーを採用されたのだと思いますが、自身でも満足できないところがあったのかもしれません。
 「大長編ドラえもん」のシリーズ全体を通して、論理的な厳密性や整合性を追求するよりもストーリー・テーマの感覚的なわかりやすさを優先して物語を構築する方向性がある気がします。
 鉄人兵団で言えば、リルルが過去で改造作業を行った次のシーンで現代世界で鉄人兵団が消える、という展開などまさにそうで、もちろん時間軸を一本と考えてもパラレルワールドと考えても矛盾だらけの描写なわけですけれども、視聴時に「リルルがああしたからロボットたちがこうなった」と簡単に因果関係を感覚的につかむことができる。
 おそらくそうしたストーリー構築の在り方は、このシリーズが「ドラえもんの映画」という枠組みで作られているが故のことで、魅力をもたらしている部分でもあり、限界をもたらしている部分でもあると思います。私の文章はその魅力の側に焦点を当てようとしたものですが、当然限界の側にも目を向ける必要があると思います。

 鋭いご指摘をいただきまして、今また自分でも考え直したり自分の文章の不備な部分に気がついたりしている最中で、非常に有り難く思っております。ありがとうございました。
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