うさぎをめぐる回想


すごろく迷走格納庫(調整中) うさぎをめぐる冒険

いとしいさかなP『The Idol of the Rings』シリーズのネタバレを含みます。












前の記事では、”内側” と ”外側” という言葉をキーワードにして、水瀬伊織というキャラクターについて考えた。扱ったのは無印とアニマスの伊織についてであったが、そもそも私が伊織について、こういうことを考え始めたきっかけは、いとしいさかなPの『The Idol of the Rings』シリーズだった。
『IotR』において、「ホビット庄」でビルボやフロド、サムそしてやよいに囲まれて暮らす伊織の姿と、アニマス2話の「765プロ」でやよい、亜美、真美と遊ぶ伊織の姿には、相通じるものがあると私は思う。(そして、日々ビルボやフロドと会話しながら暮らすとああなり、日々亜美や真美と付き合っているとこうなるんだな、と考えると、両者のふるまいの大きな違いに大変納得がいく気がする(?)。)
『IotR』の伊織について思うところは、すでに、冒頭に貼った過去記事に大体書いた。従って、ここでその内容は繰り返さないが、この機会に、過去記事を書いた後に動画を見直して思っていたことを、補記しておきたい。


以前の記事で私は、伊織とメリー・ピピンの関係について、「この物語において伊織にとってピピンは知らない仲ではなく、家族同然の付き合いをしている仲間の一人」と書いた。
しかしながら、あらためて彼女たちの関係に注意して動画を見直してみると、本作の人間関係の描き方は、私が単純化して「家族同然」「仲間」という統一的なキーワードで括ったよりも、もっと微妙で繊細な形で表現されていたと感じられる。

もちろん、メリーやピピンが以前からバギンズ家に親しく出入りしていて、伊織ややよいとも好意的な関係であったことに間違いはない。
ただ、一つ屋根の下に何ヶ月も一緒に暮らして、日々口喧嘩もし互いの欠点も知っているフロドに対してと、メリーやピピンに対してとでは、やはり距離感に違いがある。二話中編で、当人はメリー・ピピンには隠しおおせているつもりだった伊織のかしましく威勢の良い姿が実はバレていたり(後のスクリーンショット参照)、逆に十二話ではメリー・ピピンが ”「大きい人」の意外なすばやさ” を身をもって思い知らされたりするように、 旅に出る前の彼女たちは、互いの地を知り尽くしているわけではなかった。
親しいなりに、しかし全くの身内とは違ったよそゆきの態度、というものを、伊織はメリー・ピピンに対して意識していたように思われる。

だから、「裂け谷」へ向かう最初の旅は、そんな彼女たちが、より深く識りあい信頼しあっていく物語でもあった。それはまた、一人でこっそりと旅立つつもりだったのがどんどん道連れが増えていった、大元のフロドの旅立ちの物語と呼応するものでもある。
伊織もフロドも、自分で思っていたよりももっと多く、深く、他人に好かれ、他人に理解されていたのだということ。



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( 第二話「待ちに待った誕生祝い」中編より)



上で述べた、フロドに対してとメリー・ピピンに対しての距離感の違い、という点にも表われているように、『IotR』の伊織にも、相手との親しさの度合いに応じて見せる自分を変える、という発想がある。
けれどもそれは、前記事でゲームやアニマスの伊織について述べた、世界を "私のもの" かどうかという基準で二つに峻別するような認識と、まったく同じものに基づいているのだろうか。
最初はそうだったのかもしれないが、物語が進めば進むほどに、『IotR』の伊織の他人への態度は、そこに留まらない様相を呈していたように思う。

その理由は、一つには、「ホビット庄」での伊織が、賢さと優しさを持った大人に、親友に、恵まれたことにあろう。それは、彼女の精神にぴったりと張り付いた演技と計算を透かして、伊織の奥底まで見通す賢さ。そしてその上で、演じようとする姿と奥に秘められたものとの総体としての伊織を理解し、好いてくれる優しさ。
ただ、他人の力だけが伊織を変えたのではなく、何よりも伊織自身が、自分の思惑と視野を様々な形で越えていく人びとと接する中で、いろいろなものを吸収し、変化し続けていた。



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( 第十話「五人寄れば」より)



たとえ、迷惑で鼻持ちならなくて、いつも体よく追い返している「サックのBさん」であっても。
彼らにも、いまビルボとフロドの家で自分が持っているのと同じように生活があり、大切な人がいることを、伊織は想いやる。

旅に出たのち、伊織はやよいと語り合う。今は、「お山の袋小路屋敷」が伊織の帰るところで、「袋枝路の三番地」がやよいの帰るところだね、と。
でも、それはきっと、屋敷に住まうビルボとフロド、袋枝路に住まうギャムジー一家だけで二人の大事なもの、守るものが成り立っている、という意味ではない。
その周りには、家に親しく出入りするメリーやピピンやフォルコやフレデガーが居て、そのまた周りにはやよい贔屓のチャブも、伊織贔屓のオドヴァガーも、よそ者嫌いのテド・サンディマンも居て、そして不倶戴天のサックヒル=バギンズ一家だって居て。そのすべてを含んで、彼女たちの帰るところ、「ホビット庄」の暮らしなんだ。

「ホビット庄」で暮らした伊織には、もはや世界は ”私のもの” と "私のもの" ではないもの、ただ二つに峻別されてはいない。それぞれの人、それぞれの出会いが固有の意味合い、固有の色合いを帯びて、伊織が暮らす世界を織りなしている。
そういう認識に立った時、それぞれの時、それぞれの場合、それぞれの相手に応じて細やかに自らを表現する姿を変える、水瀬伊織という人間のありようもまた、新たな意味合い、新たな魅力を帯びてくる。
私は、『IotR』の伊織が帯びるその魅力を、「しなやかさ」と呼ぶ。

「ホビット庄」の外には、さらに彼女たちの想像を超えて多様な人びと、多様な世界が広がっている。旅に出た伊織は、すでにいくつもの、思いもよらない新しい出会いを得た。そしてこれから、もっともっと多くの出会いと別れが訪れ、彼女の中にさらなる変化が生まれていくことだろう。
『The Idol of the Rings』二十二話は、「数々の出会い」と題されている。「数々の出会い」がこれから伊織に何をもたらすのか、私たちはまだ、誰も知らない。
ただ、間違いなくそれは伊織にとって大切になるもので、そしてその先で私たちは、今よりもっと素敵な人になっている伊織に出会えることだろう。
そう、たしかに信じられる種が、すでにここに、『The Idol of the Rings』に播かれている。



いとしいさかな IotR 22後 9:20 のコピー

いとしいさかな IotR 22後 9:26 のコピー

いとしいさかな IotR 22後 9:31 のコピー
(「第二十二話「数々の出会い」後編より)




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