鎹その2


ついでと言ってはなんですが、前記事の冒頭で名前を出したので、七尾百合子について。

劇場版アイドルマスターのネタバレを含みます。








cha73さんの記事

ただの倉庫:【劇場版アイドルマスター感想】その0.6:北沢志保がウソで隠したものとは?

において、バックダンサーズのダンス力について「七尾百合子ナンバー3説」というものが提唱されています。
私は、ここでcha73さんが述べられている、七尾百合子のダンスの力量の推移についての解釈に、基本的に賛成です。
まあ、具体的に7人で比較すると順位がこうで、とか、どこの時点でどんな風に力量が変化していて、というような検討は、それこそ映画館に何十回と通い詰めた人とか、ブルーレイを手に入れたら一コマ単位で検証するような人とかの領分で、私が判断できるところではありませんが。

ただ、重要なことは、合宿中にはダンスが出来ずに苦労する側だった百合子が、終盤にはそれなりに自信と余裕をもって臨める状態になっている、ということです。重要だというのは、ダンス力そのものというより、自分のダンス、自分がこなすタスクに対しての精神的余裕の度合いが、後半でのダンサーズ各々の思考・行動に大きく影響していると思うからです。


で、ダンサーズが春香に、ダンスをこのままにするか、易しく変更するかを聞かれた場面。ここでの百合子の行動については、私も気になりました。しばらく解釈に悩んで、3度目に見た時に、
単純に彼女としてはやれる手応えがあって、このままでやりたいと思った。ただ、百合子はずっと "ダンスできない組” として苦労してきたから、ここで手を挙げられない杏奈・星梨花の気持ちがわかる。だから二人のことを気にしてためらった。
ということでいいんじゃないか、と思うようになりました。

cha73さんが書かれているように、そういう思考で手を挙げたならば、それは望月杏奈・箱崎星梨花に対する "裏切り" であって、後の百合子の行動と矛盾するのではないか、という考え方もあるでしょう。
まあ、cha73さん自身が重要な発言として引用しているように、百合子は最後、「元のままのフォーメーション」でやることを提案していて、これは挙手シーンでの不変更への賛成と一致する主張です。
だから、彼女自身の志向は元のままのダンスでやりたい、で一貫していて、どうしたらいいかわからない気持ちや自分が遅れているという認識はその志向と両立しないものではないし、杏奈・星梨花に関してはぶっちゃけ、こんな行動は二人への裏切りで一生顔向けできないとか、そこまで深刻に考えてなかっただけなんじゃないか。(横山奈緒や佐竹美奈子にしたって、アリーナでの演説会に至るまでは、可奈抜き・杏奈星梨花未同意の状態でフォーメーション維持の主張をしたことを、別段後ろめたがったりしていません。)

……というだけで終わらせてもいいのですが、ここで、やや別のことを考えると、話がわかりやすくなるのではないか、と思っています。
劇中、ダンサーズの思考・行動に一貫して重大な影響を与えているのは、「迷惑」の意識だ、ということです。

矢吹可奈と北沢志保がまさに典型で、可奈が練習に出るに出られなくなるのは、自分のダンスをどうにかしないと他のメンバーに「迷惑」がかかるからでしたし、志保の発言はつねに、個人の行動が仕事あるいは参加者全体にかかる「迷惑」を問題にしていました。

そしてこの「迷惑」の意識は、可奈・志保のみならず、ダンサーズの発言の端々に見て取れます。
杏奈による、初期の練習時の「足を引っ張っちゃってる」という発言。美奈子による、赤羽根Pのダンサーズ引き取り決定時の「でも、迷惑じゃ」。そして百合子の萩原邸での、自分たちのせいで「迷惑」をかけている、765プロの「みなさんの時間を無駄にしている」という説明。
とくに後二者に顕著ですが、単に自分が与えられたタスクをこなせないことにとどまらず、ダンサーズ側の都合で765プロ側に時間を割かせる・予定の変更を強いる・苦労をかけること全般を、「迷惑」として後ろめたがり、回避したがる意識が、ダンサーズたちには根強くあるのです。

そのことを踏まえた上で、あらためて挙手シーンでの彼女たちの言動を考えます。
奈緒の発言には確かに、「やれるところまでやってみたい」、「全力」を尽くしたい、と、自分自身のやりたい気持ちが強く表れています。けれども一方で、美奈子の発言はそういう方向性ばかりでもなく、可奈を待ってあげたい気持ちはあるが、「フォーメーションの問題」もある、という話が含まれています。
アリーナでの百合子の「元のフォーメーションのままでもいけるように」とも呼応する内容ですが、なぜ美奈子(と百合子)はここで、春香の質問に直接は含まれていない「フォーメーション」という語を、わざわざ使っているのでしょうか。

「フォーメーション」が変われば、当初の想定より見栄えが悪くなるのはもちろん、765プロ側のステージプログラムにも変更を強いることになるかもしれない。私は、「フォーメーションの問題」には、”土壇場になって計画を変更する”(⇒それによって765プロ側に「迷惑」をかける)問題、という含意があって、「迷惑」を後ろめたがる彼女たちの意識が反映された言葉だと考えます。
ダンサーズにとって、振り付け変更の問題は、単に易しいダンスと難しいダンス、どちらがやりたいか嬉しいか、という問題ではなく、変更によって765プロ側に「迷惑」をかけなければならないか、かけずに済むか、という問題なのです。

おそらく、できることならば「フォーメーション」の変更で「迷惑」をかけたくない、という点においては、ダンサーズの基本的な志向は一致している。
そう考えると、挙手シーンでの百合子(・奈緒・美奈子)の杏奈・星梨花に対する ”裏切り” が、彼女たちのその後の言動・関係の中で問題とならないのも頷けるのではないでしょうか。
(もちろん、どこまでが「迷惑」意識の規定した行動で、どこからが彼女たち自身のやりたい意志の発露か、ということは、明確に計測、いや区分すらできるものではなく、私は彼女たちの「全力」「やりたい」という気持ちの存在を疑っているわけではありません。)


さきに、精神的余裕の度合いがダンサーズの思考・行動に大きく影響する、と言いました。
杏奈・星梨花の様子を見ればこのことはわかりやすく、そしてまた杏奈・星梨花を考えることが、百合子の特性・役割をも浮かび上がらせる、と私は思っています。
赤羽根Pの裁定シーン、挙手シーンは無論のこと、萩原邸での相談時にすら、杏奈・星梨花は振り付け問題をめぐって、自分自身の見解や心情を述べません。ここで二人が喋らず百合子が喋っているのは、性格の相違もあるでしょうが、やはり自信、余裕の差が反映されていると見るべきでしょう。

そもそも、ダンサーズの基本的な志向が、予定の変更による「迷惑」を忌避することにあるとすれば、なぜ杏奈・星梨花は挙手しなかった(できなかった)のか。
それはダンスに自信がない二人には、変更をしない場合、自分が練習についていけないこと・本番で失敗してしまうことで、より大きな「迷惑」をかけてしまうかもしれない、という恐怖があったからでしょう。

自分自身が足を引っ張っている自覚のある杏奈・星梨花には、振り付けを変更しないで、とは言えない。だからと言って、自分がついていけないから自分のために易しくしてくれ、なんて要求できる筈もない。どうしていいかわからない、と相談をもちかけて、先輩に余計な時間を割かせることだってためらわれる。
(「足を引っ張る」側であるにも関わらず積極的に周囲に働きかけていた可奈に対する、志保の「みんなでとか、一緒にとか言う前に、自分のことをどうにかしなさいよ」という言葉は、可奈のその後の思考に決定的な影響を与えていますが、杏奈・星梨花の行動もまた、この時の経緯に強く規定されていた、と見ることもできるでしょう。)

だからこそ、ダンスをこなすことについて相対的に余裕を持てていて、けれども経験上杏奈・星梨花の気持ちはよくわかる百合子が、この局面で喋るわけです。
ときに心情を表に表せない状態にある杏奈・星梨花の代弁者であり、ときに765プロ側へのダンサーズが暗に明に共有する意志の伝達者。七尾百合子はダンサーズの中で、あるいはダンサーズー765プロ間で、異なる立ち位置を越境して中継する、鎹のような役割を果たしているのです。



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