飛び出し(前)


劇場版アイドルマスターについて、二つ前の記事一つ前の記事で書いたのですが、この記事は、前二つの記事に入らなかった細かいネタを、ごちゃっと寄せ集めたものです。
まあ、内容的には、前二つの記事に書いたことをよりグダグダと引き延ばして繰り返しているだけなので、これだけ読んでもさっぱり意味不明だし、前二つを読んだ人はこれを読んでも何も面白くないだろう、そんなような記事です。
ちなみに予定していたネタまで書き終わらなかったので、仮に前編と題してありますが、後編があるのかどうかは私も知りません。

以下、劇場版アイドルマスターの全面的なネタバレを含みます。また、視聴から日数が経って記憶があやふやになってきているので、引用している台詞等が正確でないかもしれません。












この記事では、主に前半部の合宿のシーンについて取り扱うつもりなんですが、まず。
後半とてもシリアスで遊びの少ない展開になる映画なので、逆に前半部はからっと明るく爽快でなくてはならない。そうでなかったら、そもそも視聴者の神経が持たなかったことでしょう。TVシリーズだって、最初からいきなり20話や23話のノリで始められたら見る方も困るだろう、というのと同じですね。
だから、前半部においては、必ずしもストーリー上こうこうこういう重要性があって、というだけではない、その場の空気、流れというようなものを形成する、遊びの部分がそこここに埋め込まれていた。夕食時の貴音をめぐるやりとりなど、その好例だと思います。

TVシリーズの場合、シリーズ初期に、楽しさ、とか、にぎやかさ、とか、そういう空気を作り出すことにもっとも貢献していたのは、私の印象では、亜美真美でした。
けれども今回の映画の場合は、ストーリー展開上、亜美真美の出番はやや遅め。そして残念ながら、この映画の亜美真美の台詞は、他のキャラクターの言動に対してねばっと絡み付いていくような感触のものばかりで、私はどうも、聴いていて楽しさ、快さを感じられませんでした。まあコメディ系ノベマスの視聴者的にはですね、これは亜美真美の使いこなしに失敗している例だなと、そういう印象を持たざるを得ません。

ならば、今回の映画において、前半の空気を形作る上で貢献していたのは誰か。目覚ましい働きをしていたキャラクターが、二人いたと思います。
一人目はハム蔵ですね。ちょっとここで一呼吸、ストーリー上特にどうというのでもない息抜きの絵が欲しいな、と、そういう時に、居てくれてよかったハム蔵さん。TVシリーズよりも洗練された一瞬の芸で余白の時間を生み出しつつ、それ以上出張ってストーリーの本筋に侵入してくることもない。完璧な仕事ぶりであったと思います。

もう一人が、バックダンサーズの横山奈緒。765プロアイドルとの初対面時、あまり自らぺらぺら喋るキャラクターがいないバックダンサーズの面々の中で、積極的に声を上げて喋りかけてくるのが横山奈緒でした。
もちろんそれは、ストーリー上も意味のある表現です。ただ、それだけではなくて、トーンが高く、抑揚の大きな節回しで喋る彼女が積極的に発声することで、聴いていてその場の空気が明るく、爽やかに感じられた気がします。
この映画で個人的に助演女優賞を進呈するならば、横山奈緒を演じた方に、そして助演男優賞を進呈するならばハム蔵を演じた方だな(あれ?)、と思いました。


ところで、以下の話をする前に。
映画中で合宿の様子は、非常に断片的にしか描写されていません。なので、想像すれば、描かないところでもっとこんなことがあったんだろう、という事柄はいろいろあります。ただ、描かれてはいないけれどもこの間とこの間にはきっとこんなことがあった筈で、とかいちいち言っていたらきりがないので、この記事では、シーンとしてはっきり描かれたことについてしか書きません。

さて。私にはどうもよくわからないのですが。世間的には、この映画では、765プロアイドルの成長した姿が描かれている、という認識が大勢なのでしょうか。
私の印象は、全く逆でした。
私に言わせれば、この映画は、TVシリーズを経て、一見成長したように見えていた765プロアイドルたちが、いざ先輩という立ち場になってみると、いかに未熟で至らない存在であったか。そのことを、これでもかと突きつけてきた映画です。

結論から先に言いましょう。この映画においては、最初の合宿が、無惨な失敗として描かれていた。
誰がどう失敗したのかと言えば、律子と765プロアイドルたちが、すべきだった仕事を全く果たさなかった、という失敗を犯した。
なぜそんなことが言えるのか。ミニライブ後のバックダンサーズの崩壊、という結果が、それを雄弁に物語っているからです。

なんで、ミニライブでバックダンサーズがミスに打ちのめされて、ゴシップ誌に大々的に取り上げられ、矢吹可奈が失踪し、そしてそのことをバックダンサーズから直接メールで報告されるに至るまで、13人の誰ひとり、バックダンサーズが深刻な状態にあることに思い至れなかったのか。
「どうやら事態は深刻なようね」じゃねえんだよ。何のために君らは、後輩と何泊も同じ釜の飯を食って、昼夜一緒に練習していたんですか、という話ですよ。
いくらバックダンサーズにとって本番が未知の体験だったからと言って、練習で何の予兆もないことが本番で起こるわけはない。そして、いまや熟練したプロであり、かつてアイドル候補生として、駆け出しアイドルとしての苦労や失敗をたっぷり経験してきた765プロアイドルに、バックダンサーズが置かれている状態を想像できないわけがない。
23話の春香の時とは、状況が違う。あの時は、苦労していたのは春香だけじゃない、誰もが、売れっ子アイドルになって仕事が押し寄せるという未知の体験と戦っていた。それに、春香は皆にとって、教え導かなければならない相手ではなく、対等の仲間でライバルだった。結果としてすれ違いが生じて春香の心が折れる事態になったとしても、誰が悪かったわけでもない。
けれども、今はもう、あの頃とは違うんだと、765プロアイドルたちは、自分自身で言っているじゃないか。今の自分たちは、仕事が忙しくてもスケジュールを調整して合宿に集まって存分に楽しむくらい楽々できるんだと。そんなに心の余裕があると言うならば。

バックダンサーズは、出来る限りの努力をしてミニライブに臨んでいた。彼女たちの立ち場からして、そうしないわけがない。それでも本番で正しく仕事をこなせなかったとすれば、それは彼女たち独力の努力ではどうにもしようがない壁がそこに存在した、ということだ。
先輩であり、経験者であり、ライブの主体である13人のアイドルには、独力ではどうにも出来ない後輩に、仕事を遂行する術を与える責務があった。
その責任はまず何よりも、合宿中のコーチを全面的に引き受けていた、指導者たる律子にある。全員集めてたかだか19人、しかもそのうち12人のことは、すでに隅から隅まで知っている。プロが四六時中つきっきりで練習を見ていて、一人一人がどんな状態にあるか、目が届かないわけがない。
律子の能力が不足でそれに至らないというならば、それを補い、仕事を分担する責任は一にかかって、年では律子と変わらないあずさや貴音に、765プロの練習を引っ張ってきた春香や伊織や美希に、ダンスのスペシャリストである真や響ややよいにある。12人にとっては律子がただこちらに教え与える存在ではなく、対等な仲間だと言うならば、なおさらだ。
あの子はここのコツがわからなくて苦労しているようだ、アドバイスしてあげよう。この子は一人だけ随分遅れている、特別なメニューが必要なんじゃないか。そっちの子はだいぶ落ち込んでいるようだ、誰かがケアするべきなんじゃないかな。あの合宿中、バックダンサーズの一人一人の状況に合わせて、パフォーマンスを改善してやろう。そういう意欲を765プロ側の人間が見せたシーンが、一度たりともあっただろうか?

問題は、練習の時だけじゃない。最初の晩の夕食の際、765プロアイドルとバックダンサーズは、綺麗に別れて別々のテーブルで食事をしていた。当たり前だ、バックダンサーズの側からすれば、雲の上の人であり、主役である765プロアイドルへ私的に絡みにいくのは勇気が要る。先輩の方から動かなければ、相互理解は深まらない状況なのだ。
けれども、ようよう動いてバックダンサーズのテーブルにやってきたのは、最初に春香、次に雪歩、二人だけ。他の面子は、あの雪歩が成長したもんだとかなんとか、訳知り顔で高所から見下ろしている。次の日の食事でもやっぱり、765プロアイドルとバックダンサーズは、きっちり別れてそれぞれのテーブルを囲んだまま。
ようやく最終日の前日の夜、バーベキュー大会と花火の風景で、765プロアイドルとバックダンサーズ全員がごちゃまぜに入り混じって交流している様子が描かれる。ただ、これは明らかに、両グループが混じって交流することが初めから企図された、特別な行事だった。果たしてそれまでの3食×X日の間、765プロアイドルとバックダンサーズが食事中に隣り合わせで会話したことは、何回、何組ほど存在したのだろうか? 
そして、この合宿の行程をプランニングした人間はなぜ、こうして765プロアイドルとバックダンサーズが入り混じって交流するイベントを、もっと手前の時点で設けなかったのだろうか。スケジュールの都合? 練習を優先した? 765プロアイドルたちは、仲間うちでは随分と揃って遊びに出かけていたように思われるのですが。

合宿中、そして合宿が終わって以後も、765プロアイドルたちはしょっちゅう角突き合わせて、ライブの内容をどうするか侃々諤々議論している。バックダンサーズはそれを、あんな風にやり合える先輩たちすごいねー、と遠巻きに眺めている。それ自体は、素晴らしいことですよ。
しかし、そうやって勝手知ったる身内の意見、身内の思考には存分に向けている意識、関心の幾分かでも、なぜバックダンサーズの方には向けなかったのか。
いやもちろん、「スクール生」の「バックダンサー」を、同等にステージプランニングの議論に参画させろ、とは私も言いません。でも、僕らはこんなライブをやりたいんだ、だから、難しいかもしれけどこんなことをやってくれないかい? と。私はライブの時、いつもこんなことを考えているのよ、あんたは私たちと一緒に練習して、どんなことを感じたの? と。仕事のパートナーに対して、なぜ語らない、伝えない、尋ねないのか。
765プロアイドルの側がライブについてバックダンサーズの側に具体的に伝え、バックダンサーズ自身の意志を知ろうとするシーンは、一体いつになったら出てくるのか。なんとなんと、合宿が終わり、ミニライブが終わり、赤羽根Pがバックダンサーズを765プロで預かる決定をしてずーっと後。春香が全員を前に、ダンスを簡略化するかどうか挙手で意見を求めた、その瞬間まで存在しないのだ。

ここまで書いた諸々に関して、いやいや、描かれていないところでもっと765プロアイドルたちは動いていた筈ですよ、端々にそれを示唆する描写があったじゃないですか、という向きも、あることでしょう。
でも、私は断言する。いや、彼女たちはやっていない。何かしら動いていたとしても、それはまったく足りなかった。ミニライブという結果が、その不足を確証している。最初に書いた通りだ。

果たしてあのミニライブの前、初の本番を目前にしてさぞかしバックダンサーズは緊張しているだろう、励ましてあげたい、と思った765プロアイドルは、存在したのだろうか?
楽屋に戻った時、本番中後ろで派手にミスをして(まさか気づかなかったとは言いますまい)、どんなにかバックダンサーズは今ショックに打ちひしがれているだろうか、様子を見に行ってみよう、と考えた765プロアイドルが、誰かいただろうか? 
いや、終了後にバックダンサーズの楽屋を訪れたアイドルはいましたね、二人。あずさと春香だ。とりあえず、矢吹可奈と二言三言会話しただけの春香のことは、一旦置いておいて。
あずささん、あなたはあの時バックダンサーズの陥っている状況をしかと目にして、何かしましたか?とりあえず喧嘩になりかけていたバックダンサーズをまあまあと宥めて楽屋から追い出して、そして……それっきりだ。
私の知っている三浦あずさは、聡明で非凡な観察力の持ち主だ。バックダンサーズの深刻な状態に、気づかなかったとは言わせない。とにかくこの場は納まって、これで問題は終わりだわ、それしか思考できなかったとは言わせない。

でも、何もしなかった。だって、765プロはその後、バックダンサーズに対して何のアクションも取っていない。
なにしろ、ゴシップ誌でバックダンサーズのミスが大々的にネタにされて、それでもまだ、誰も何も動こうとしないのだ。
そりゃあ、君たちは今更、ゴシップ記事の一つや二つで動じたりはしないだろうさ。
けれども、自分たちの表紙が横槍で奪われた時の、千早の家族がゴシップのネタになった時の痛切な経験を経て、なぜ並みいる13人の誰ひとり、今バックダンサーズはどんな気持ちで過ごしているだろう、ということに思い至らない。
メールで直接報告が届いて、「どうやら事態は深刻なようね」じゃねえんだよ!

あともう一つ。合宿中の練習で転んで足を挫いたのは七尾百合子だったかしら、自信ないけど。ただ、とにかくバックダンサーズの一人が足を挫いて、テーピングの処置をしたのは……真でしたよね。
いや、真を責めているんじゃないですよ、これは。どこでそんな技能を身につけたのだろう、とびっくりはしたけれども。
ただ、私も足首を挫いたことの2度や3度くらいありますが、あれは、テーピングというのは高度な専門技能であって、接骨院に行ってプロに巻いてもらうのとそうでないのとでは、数段治りが違うものです。
で、なんで765プロの合宿には、専門的な技能を持ったドクターやフィジカルトレーナーが付いてきていないんですかね。
その場に処置できる専門家がいないというなら、せめて、じゃあ手の空いている誰か、彼女を医者に連れて行ってあげて、という、最低限の常識的な手配すらできないのでしょうか。
ねえ、高木順二朗社長、音無小鳥さん、プロデューサーさん、秋月律子さん。他所様から子どもを預かって、運動させたら怪我したので、その場にいた素人の高校生に処置させました? どうなっているんですか、この会社は。

……まあ、かようなわけで、合宿が始まってから、ミニライブ後のしばらくまで、私の胸中には、ご立派な先輩方と765プロという会社そのものへの怒りがふつふつと沸き上がり続けていて、なんというか、とにかく退屈はしませんでしたね。

「春香はリーダーとしての覚悟を」じゃないんだよ。「春香がどうしたいのか」じゃないんだよ。君自身が、君たち自身が、何をしたいのか、何ができるのか、何をすべきなのか、考えなきゃいけなかったんだ。君たちの前に7人の後輩が現れた、その瞬間から。でも、何もしなかった、できなかった。
そうして気づいた時には、事態は完全に行き詰まってしまっていた。行き詰まったのは、矢吹可奈が、バックダンサーズが、じゃない。765プロ自体が、そして作り上げるべきライブそのものが、行き詰まってしまった。

そうして行き詰まって、アイドルたち自身ではもうどうにも出来なくなった時、動いたのが、赤羽根Pだった。
この映画を見て、プロデューサーは何もせず、アイドルたちだけで事態を動かしていたのがこの物語だと読んだならば、それは大いなる誤りだ。
赤羽根Pは、バックダンサーズを全面的に765プロで預かると、つまりは13人に、7人がきちんと仕事できるように責任をもってライブまでサポートさせるのだと、そう決断を下した。それはこの物語において、事態を解決に導いたもっとも重要な決断であり、そして、権限を持った大人である彼にしかできない決断だった。
赤羽根Pは、アイドルたちが自力で事態を解決できるかどうか、ぎりぎりまで手を出さずに見守って、そして最後に、アイドルには不可能な、大人の彼だけができる決断をした。そしてその結果、アイドルたちは本来持っていた力を引き出され、ライブへ向かっていくことが可能になった。
その判断の重要性と凄みは、他の場面での彼の仕事ぶりをどう評価したとしても、ただ一つでその評価を上書きして余りあるものだと、私は思っている。この映画における赤羽根Pは、実に素晴らしい大人だった。


で、赤羽根Pが動いてくれたおかげで、私も少し落ち着いて考え直すことができたのですが。
私はここまで、一緒に仕事をするからには765プロ側がバックダンサーズの面倒を見るのが当然だろうと、そういう論調でずっと書いてきました。けれども、アイドルたちの立ち場に立ってみれば、そうではなかったんだな、と。
所属も立ち場も役割も違う、初対面の仕事の協力者。どのくらい干渉して、どのくらいこちらの意志を押し通していいものなのか。765プロの側も未知で、手探りで、悩みながらバックダンサーズに接していたんですね。むしろ、アイドルたちが各々成長し、自立して仕事できるようになったからこそ、他人の仕事にどれくらい手出し口出ししていいものか、迷いも大きくなったのでしょう。
だから、赤羽根Pが、765プロはバックダンサーズの未来を預かったんだよ、自分たちでどんどん動いていっていいんだよ、と、立ち場と責任を明確にして後押しをして初めて、765プロアイドルは自分から動いて、バックダンサーズの側に深く突っ込んでいけるようになった。

私はずっと不思議だったんですよ。北沢志保という子は、どうしてこんなに周りが見えていないのだろう。いや違います、彼女の立ち場、彼女の事情に基づけば、そう主張するのが当然なんだろう、こう考えるしかないんだろう、それはもちろんわかります。
わからなかったのは、これだけ経験豊かでものの判った先輩が居並んでいて、なぜたかだか北沢志保の理屈ひとつに対して、まともに反論も説得も説明も(同意や共感でもいいんですよ)できないのか、そこです。
北沢志保は、彼女として考えられるだけ考えて、正しいと思う結論を、全力で筋立てて主張した。けれども、その主張は通らなくて、事態は自分が考えている通りではない方向に進んでいく。それでいて、彼女の意見それ自体に対しては、何の反駁があるわけでもなく、議論にすらならない。
彼女は、最初に堂々意見を述べたその視野、その理解のまま、誰にそれを修正されることもなく、周りが何を考えているのかわからず途方にくれたまま、問題が最終的に解決するまで放置され続けるのです。私が一番嫌いな風景のひとつは、熱意をもって主張する人間が存在するのに、それに対して同等の熱意をもって応じる人間がいない風景です。

けれども、そうじゃなかったんだ。
北沢志保が、バックダンサーズが、雲の上の765プロアイドルを前にし、自分の今のキャパシティを超えた仕事を前にして途方にくれていたのと同じくらい、765プロアイドルの側も、バックダンサーズにどう接して、このライブをどう作り上げていったらいいのか迷っていた。何が正しくて、自分はどうしたらいいのか、両者は同じくらい、悩んでいたんだ。
そんな彼女たちが、じっくりと迷い、悩んで、彼女たちなりの道を見つけていったのが、後半の時間だった。それは、立ち場が先輩であっても、後輩であっても、まったく変わらなかったのです。

まあね、それでもやっぱり、同じ内容を、同じ濃密さで、ミニライブまでのスパンで表現することだって、全部を合宿の中のイベントだけで表現することだって、可能だったとは思う。
ただ、この物語はこれで、全部を振り返ってみればやっぱり、とても納得のいく筋立てになっていたんだと感じます。
なんで合宿の間に問題に対処しなかったのさ、と私は言ってきたけれども、合宿というのはやはり、それ自体が楽しい非日常的イベントであるべきなのであって、あれこれ問題をほじくり出して陰鬱、険悪になって帰ってくるのではなく、みっちり練習できたね、いろいろ楽しいことがあったね、仲良くなれたね、これからまた頑張ろうね、で良かったのだろうし。
その後、もっと本番が近づいて刻々と日数が減っていき、何がどのくらい足りないのかどんどん明確になってきて、そうして初めていろんな課題やすれ違いが表面化し、人間関係も尖鋭化してくる。とても自然な展開なのです。
だから結局、振り返ってみれば、本当に隙なくよくできた物語で、私はそれに存分に踊らされていたんだなあ、と思っています。









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