夜闇に沁み透る声







吉之丞が逝ってしまった。

二代目中村吉之丞、歌舞伎役者、昭和七年四月五日生まれ。中村吉右衛門一門の老け女方。
私が、遅まきながら芝居に多少の興味を持ったきっかけの一人であり、そして、
今生きている中でいちばん、好きな役者だった。


あの声が好きだった。
思い出そうとして真っ先に涌き上がってくるのはなぜか、夜の空気が漂う、闇の濃い場面ばかりである。
たとえば仮名手本忠臣蔵、六段目のおかや。あるいは双蝶々曲輪日記、引窓のお幸。

薄暗い舞台、人気の少ない家の中に、女形にしては長身の体を猫背に丸めて、吉之丞がちょこんと座っている。
その口から、独特のしわがれた声で、唄うようでも、唸るようでも、呟くようでもある、不思議な節回しの言葉が漏れてくる。
決して大きくない、一音たりとも張り上げることはない、それでいて劇場のはるか遠くの隅まで響き渡ってくる。いや響くというより沁み透ってくる、あの声。
あの声が聞こえてくるたび、数分前まで身の回りを覆っていた日常がふっつりと消失して、どこか遠く、どこだかわからない遠く、どことも言えない遠くにある世界の空気で、身を包まれる心持ちがした。

その、はるか遠くからの声に包まれてどこかへ運ばれる体験こそが、私にとって芝居を観る、ということだった。
あの声に、私は惚れたのだ。


最後に見たのは、2010年の旧歌舞伎座閉幕公演、三月の舞台。菅原伝授手習鑑、筆法伝授の水無瀬でだった。
姿を見るだけで嬉しくなった、一声聴くごとに、うん、これだ、と頷いたものだった。

いつものように吉之丞の老婆が猫背にちょこんと座っているところ、出てきた吉右衛門が台本の台詞に入る前に彼へ目をやった。
そして、「お前さまもいつまでも達者なことで……」というのだったか、おどけ気味に声を掛けて、客席にじわっと温かい微笑が広がったのは、その前のいつ、何のお芝居でのことだったか。


前の歌舞伎座が閉まってからすぐ、私はとある趣味により多くの時間を費やすようになって、入れ替わるように芝居からは足が遠のいた。
再開場という機会を得てふたたび足を運ぶようになった時、すでに吉之丞の姿はそこになかった。

たぶん、私が彼の舞台を見ることはもうないのであろう。多くの脇役者がそうであるように、舞台上に見えない彼の動静が一般のファンの元まで伝わることはなく、ただある時、そのひっそりとした死が伝えられて、私はすべてが終わったことを知るのだろうと、わかってはいた。

わかってはいたが、しかしまだ彼が生きているからには、いつかただ一目、一歩き、一声だけなりとも、舞台にいるその姿を見聞きする機会が、無いとは言い切れない。
それは私にとって、ささやかではかない希望であればこそ、大切であたたかい励みだった。


私一人の身で、すべてを識り楽しむことはできない。私は観劇という趣味に強く打ち込んで時間を割くことはなかったし、そのことを後悔していない。
ただ、今この時ばかりは、思うことを止められない。あと少し、ほんのもう少し、中村吉之丞を見られるうちに、通うべきだったのではないか、と。

最後に舞台に立ったのは、2010年の十月だったという。してみると結局、私は吉之丞に関しては、ほとんど最後に近くまで見たことにはなる。それは私にとって、慰みになることだろうか。


目を閉じると、薄暗い闇の奥から、不思議な声が沁み透ってくる。
あの空間はもう2度と生まれないのだと、私があの声に包まれることはもう2度と無いのだと、いくら考えたところでどうにも実感がなく、ただただ寂しい。


二代目中村吉之丞、平成二十六年一月二十六日、没。


関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Author:Vinegar56%

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
月別アーカイブ
全記事一覧

全ての記事を表示する

検索フォーム
リンク
FC2カウンター
FC2カウンター
現在の閲覧者数: