私をちゃんと見て



私はモバマス、グリマスのアイドルとは、だいたいニコマス動画を通して接しているわけですが。たまにモバマスアイドル全員紹介動画みたいなのを見ると、数で言ったらいまだ大部分は顔も名前もわからない、知らん子ばっかりなんだなあ、と思いますね。
モバマスですらそうなので、グリマスアイドルとなると、フルネームが言えてかつ顔を見れば名前がわかる、というキャラクターが、私はいまだに一人もいません。
まあ、そんな状態、そんな距離感で動画をみております、という話です。



マルチP 【HaRuKarnival'13】Happy Darling  13年07月26日








上に貼ったマルチPの動画は、20選に選んだくらいなので、私はとても好きなのです。しかし最初に見た当時は、曲の素性については気に留めていませんで、キャピキャピした女の子の声でキュキュキュンとか言ってる曲で春香、伊織、やよいという面子が踊っているのを見て、「おかーさん」こと櫻香Pのあべにゅうますたぁ動画を思い出すなあ、とか思っていたくらいでした。
で、20選を選ぶ段になって、改めてこの動画を訪れた時に、タグに「アイマス公式曲MAD」「LIVE_THE@TER_PERFORMANCE」とあるのに気がつきまして。そこで初めて、これはアイマス曲だったのか、と知ったんですね。
タグにあった、見知らぬキャラクターかアーティストの名前だな、とだけそれまで思っていた名前が、これはアイマスキャラクターだったのか、と。名前も顔も設定も知らずに声から知ったアイマスキャラクター、というのはたぶん、私にとってこのキャラクターが初めてでしょう。そこで大百科をクリックしまして、なんやかや書いてあるのを斜め読みして、ふーんと閉じたのが、今のところ私がこのキャラクターの情報に触れたすべて、ということになります。
前に、外で食事をしていたらモバマスPVが流れた話を書きましたが、こうしてこのまま過ごしていれば近い将来、街角で知らないキャラクターが知らない曲を歌っているのに遭遇して、そうかこれがアイマスか、という事態も普通に起こるんだろうな、なんてことを思いました。

閑話休題。先に、櫻香Pのあべにゅうますたぁ、と言いましたが、何度か見直して、特にこの曲のサビや間奏のところの盛り上がりを聴いていると、ちょっと違うな、という感覚もある。まあ、感覚、と書いた通り、非常に曖昧であやふやなところにある、私の感じ方の話です。
何が違うのかというと、櫻香Pは比較的多作な作者でしたが、私は氏の春香動画を見ていて、動画の中に陰、暗さ、悲哀といったものが籠められているのを見た覚えがない。(作者の志向、パーソナリティは異なりますが、同様に動画の中から陰を窺わせない春香動画の作り手としては、たとえばそーすけPが挙げられるでしょう。)
しかしこの『Happy Darling』という動画は、そういう作者が織りなした、陰のない作品群の中にある1作、というよりは、むしろ下に挙げるような動画と似た存在であるように思えたのです。


ふらうP 『 ray of sunshine 』  10年04月06日

OGOP 【愛m@s24】六ツ星はるか  08年06月10日

天才カゴシマP (ノベマス) 夏 の ナ ン セ ン ス (告知)  11年04月18日


たとえば、ふらうP作の春香ソロ動画として、まず08年にエンディングものの作品が作られ、次に09年に『1001のバイオリン』が作られ、ついで10年に『 ray of sunshine 』が作られている、というその流れの中での、『 ray of sunshine 』の立ち位置。
あるいは、くるり三部作があったり『Baby I Love You』があったり、その他いろいろあった08年のOGOP作品の中での、『六ツ星はるか』の立ち位置。
あるいは、天才カゴシマPの『夏のナンセンス』というノベマスでは、春香が仲間を集めてビーチで踊る、というエピソードがあって、そのシーンを劇中PVとして見せる、ということをやっています。その、物語の外枠がある中での、劇中PVの立ち位置。

この『Happy Darling』から私は、上に挙げた作品を、各々のPの活動の流れの中で見た時と似た感覚を覚えます。しかしながら、マルチPは春香メインのPVを他にいろいろ作っている作者、というわけではないので、そこから私の感覚が生まれたのではありません。ならば、この感覚はどこからやってきたんだろうと。
ハルカニ'13に投稿された動画群の中で、あるいは13年に投稿された春香動画の群の中で、マルチPの動画と似た方向性、作風の動画は、あまりなかったように思います。そういう、時代の中でこの動画が持つ独自性、補完性ということは一つ、言えるでしょう。
ただ、先にサビと間奏での盛り上がりが、と言いましたが、私は自分の感じたものは、踊っている春香よりも、曲の方によってきたるところが大きいのではないか、と思いました。
そう思っていた時に大百科を覗き見して、動画に戻って歌詞を聴き直したらある程度、こういうことなのかな、と得心がいったのですが。

いくらか引用しますと、この曲の歌詞は

ドキドキもっとはじけて(届けHAPPY)
あなたにダイスキ届けたいの!

とか、

ぎゅぎゅっよ恋して鳴らそっ! キュキュキュン♪

なんて感じで、パッと見、何のためらいもなく全開で突っ走って弾けている女の子の言葉、と見えます。
けれども、そうなのかと思っていると、

本当の私から 見つめるあなたは遠すぎるの
それでもいつか 会いに行きたい、です……

なんて言葉が出てきたりする。
つまり、弾けて突っ走っている人間と同時に、悩んだりためらったりしながら「見つめる」人間が存在している。だから、「予習」「研究」などという単語だったり、疑問形の台詞だったり、アッパーなテンションではない、「見つめ」ている側の言葉もまた、歌詞に混ざりこんでくる。そして、突っ走って弾けている側の言葉は、そんな「見つめる」自分に対する叱咤であり、励ましでもあるのでしょう。
その振れ幅であり、自分自身に発破をかけて放り上げる遠心力から、

急ぎ足で落ち着いて(どっちなの?)
ブレーキなんて要らないでしょ(どっちなの?)

なんて、歌っている本人すらどっちがどっちでどうなっているんだかわからんような言葉をたたみかける、滅法な勢いが生まれてくる。

自分の中にある弱さ、恐怖、逡巡といったものを知覚した上で、それを抱えたまま飛び出す力、というものが、この曲の明るさや勢いの源泉なのではあるまいか。もっと言うならば、これは、自分のやっていること、やろうとしていることの刹那性、不可能性を知覚した上での意図的な爆発、というようなことまで感じとっても構わない曲なのではなかろうか。
と、いうようなことを思って、自分の感じていたものについて、なんとなく腑に落ちたわけです。
まあ、それだけの話です。私はそれ以上、このキャラクターと曲について掘り下げようとは思いませんでしたので、いやいやこの子はこういう子でこの曲はこういう曲で、という話をする人がいれば、喜んで拝聴するでしょう。

この記事を何のために書いたのかというと。
この記事のタイトルにある言葉も、

私をもっと見つめて(ちゃんと見て)

という、件の曲からの引用ですが。
私は未だにこのキャラクターの顔かたちは知らないし、名前と大百科に書いてあったデータは、今はおぼろげに覚えていますが、それも何事もなければ忘れていくでしょう。
ただ、そうなるとしても。私はあなたの声と、あなたの歌った『Happy Darling』という曲は好きですよ、ってことぐらいは、書いておいてもいいんじゃないかと思った、ということです。





付記1: 動画から陰を窺わせない(と私が感じる)作者の例として、櫻香P、そーすけPを挙げましたが、もちろんこれは、動画を作っているこれらのPに陰や苦悩が存在しない、という主張では全くありません。

付記2: 刹那的な爆発、という事柄、逡巡を飛び越えての恋への突進、という事柄。どちらも、元来のゲームにおける春香の物語と、そのまま結合、親和する事柄ではないように私は思います。
ただ、ならばそれらは天海春香というキャラクターと親和しない要素なのかというと、そうでもありません。前者の要素を内包した春香の表現として、たとえば本文中で言及した天才カゴシマPの動画が挙げられるでしょう。また後者の要素を内包した表現として、たとえば肉棒Pアイマスで正統派ラブコメ(08年12月02日~)春香ルートが挙げられるでしょう。もちろん、櫻香Pはじめ、アッパーでハッピーな歌曲で春香を可愛く踊らせてきた表現の積み重ねもまた、考え合わせるべきでしょう。
『Happy Darling』という曲が、私の解釈したような要素を内包していたとして。春香は単にこの曲に合わせてたまたま踊っていただけではなくて、この曲で踊ることは、春香というアイドルの表現でもあり得る。それは、天海春香というキャラクターが生まれた初めから当然にそうだったからではなく、春香をそうあらしめるだけの蓄積と、表現する動画作者の力量とが存在するからです。





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