今年後半のこと、いくつか


年内の更新はもうない予定だったのですが、あっさりとでも今年中に書いておくべきだな、と思ったことを、いくつか。






この半年で、思い出せる限りでは2回、明確に私がブログ上に書いた特定の記事が原因で、他人に迷惑をおかけした、ということがありました。(もちろん、気がついていないところで人様に迷惑をかけていることは他にも多くあるでしょうが、それはここで考えてもどうにもしようがないので。)
原因となった二つの記事は、その性質に似通ったところがありました。要は、非難する意図をこめてあるのに、真面目に説明することを放棄している文章。


一つ目は、8月の初めに書いた『ぷよm@s』についての記事でした。これは、書いたところ、LIB氏からレスポンスの記事をいただきました。

ぷよm@s part32とか:LIBrary

このLIB氏の記事に対して、私の方からはきちんとした返答の文章を書けていません。なので、最低限のことだけは、ここで書いておきたいと思います。

私の文章の曖昧さ、説明のすっ飛ばしぶりにも関わらず、LIB氏の記事は、私の意図していたことを極めて正確に見抜かれています。もちろん、ここは言葉の解釈が私と微妙に違うな、というところがまったくないわけではありません。が、それはわざと曖昧でわかりにくい書き方をした私に、原因があります。
簡単に言えば、はい、LIBさんが読解された通りで間違いないです、ということですね。

その上で。LIB氏と私では立場、感じ方に違いがあって、それが作品に対する結論の違いとなっているわけです。そこを掘り下げて私はこうだから、ということを書くのが、私にとっても本来は、一番大事であり醍醐味であるわけですが、同時に難しいことでもある。
今年中にそういうことはできませんでしたが、この話題自体についてでなくとも、私自身としてもいつか書きたいとは思っています。

一点だけ、わりとどうでもいいところに反応しておきますと、亜美が負けて、私がスッテンテンになったこと自体は、あの記事とは関係ないです(笑)。
まあ、「スッテンテン」と言ったって、ブログ上で賭けて外したところで、私は何の損失も被らないわけで。私の場合、わざわざブログ上で賭けたとか選んだとか宣言する時は、どちらかと言うと実際には通らなさそうな選択肢に入れていることが多いわけですね。
なんでそんなことをするのか、というと。まずあり得ないことでも、あり得るんだと書いておくことで、自分自身がそういう期待を信じる、ようは願を掛けているんだ、ということがひとつ。
もうひとつは、実際の賭博や選挙だったら、外した1票はただ外した1票という数字になるのみですが、それが目に見える形で残っているものであれば、なにがしかもう少し意味が生まれるかもしれない(というかまあ、生まれたらいいよね)、という。大げさに言えば、そういう理由でやっています。
なので、亜美が負けたこと自体は、全然問題にはしていないし、心情としてひっかかっているわけでもないのです。

話を戻しますと、私の記事は、LIB氏の好きなものを、非難している内容なわけです。この件に限らず、私の書いていることで、LIB氏と考え方感じ方が食い違っている、従ってLIB氏にとっては読んでいて気に入らなかったり不愉快だったりしておかしくないものは、少なからずあるはずです。
けれども、LIB氏から返ってくるレスポンスは、いつでも前向きで理性的で、氏は他者との食い違い自体を、自分自身がより深くものごとを楽しむための糧としているような感じがあります。そこが本当に、凄いと思いますね。
なので、この件については、わかりにくい非難でごめんなさい、と述べるよりも、深く読んでいただいてありがとうございます、とお礼を申上げるべきだな、と思っております。LIBさん、ありがとうございました。





もう一件は、8月の終わり、zeit氏の記事

Augenblicke:ドリフェスの思い出話を

に対して書いたものですね。これは、zeit氏御本人からレスポンスをいただきました。
この件はまあ、私の書いたものは要するに単なる言いがかりであって、他人にぶつけてもしょうがないものを、自分自身で処理できなくてぶつけてしまった。それだけのものなので、内容的にこの上何を補足する、なんてものはありません。

ただ、当時、zeit氏のレスポンス記事を読んでの反応だろうな、というタイミングで、カズマ氏が、読者の気持ちなんぞ気にせず気楽に書きたいこと書けばええねん、という内容の発言をしていた覚えがあって(今探しても見当たらないのですが、確かに読んだ記憶があるので、言ったことにして話を進めます)。
で、うん、その通りだなあ、と思って、何か適当な雑談的記事を書く機会があったら、ちょこっとそのカズマ氏の発言に触れておこう、と思っていたのですが、結局書くタイミングを逃しました。

別に、zeit氏が私につけられることを気にして書きたいことを書けないでいるかもしれない、などと思っているわけではさらさらないのです。しかし、言う必要がないから言わなくていい、というものでもないだろうと思うので。zeitさん、どうぞお好きなようにお書きください、ということのみ、申し上げておきます。





上でカズマ氏の発言を(勝手に存在したことにして)引用しましたが。カズマ氏というブロガーについて、自由奔放にずけずけ言いたいことを言っている書き手、というイメージで見ている人もいるかもしれません。けれども、実際には氏は、自分の言葉が他人にどんな影響を与えるかについて、とても繊細に気にしている人だと思います。
だから、気にせず書きたいように書けばいいんだ、というのは(いえ、見当たらないんですけどね、その発言。 そういうことをカズマ氏が言うとすれば、それは)当事者としての居直りとか自慢とかいうことではなくて、そうあるのは難しいけれどそれでいいんだよ、という、他人のエールであるわけです。
カズマ氏に限らず、ブログの書き手というものは、一面とんでもなく自己中心的にやっているものでありながら、一方では直接見えない、把握できない読者、他者のことを、いつでもくよくよと気にしているものでもあります。いや、とりあえず私はそうだ、ということで。

なので。このブログの最近の様相を見て、あいつはもう、狭い身内の話、狭い範囲の関心事の話しか書かなくなったな。きっともう、それ以外のことはどうでもよくなってるんだな、と思われている人も多いかもしれません。
ブログは書かれたことがすべてなので、いや内心ではそれだけのつもりではないんだ、と書き手が言ってもしょうがないですが。
ただ、こいつの書いていることが自分とは関係のないことばかりで、それが不満だったり物足りなかったりする、という方がもし居た場合には、こいつは関係ない話をしているように見えるが、実は自分とも関係のある話をしているつもりなんだな、と補完し、あなたにとって楽しい方向に脳内変換していただけると、win-winの関係で私としてもよろしいですね、と、都合の良い希望を述べて、本年の当ブログのありさまの、総括とさせていただきます。




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