魔法の鎖



覆面作家P 【ノベマス】たった一人のカクテル光線  13年10月14日

モバマスキャラクターの出るテキスト系動画は、昨今では随分馴染んだというか幅が広がったというか、量的にもバラエティ的にも充実した状態にあると思います。
が、出始めの頃は、特にノベマスにおいては、モバマスアイドルのノベマスと言えばこういうテーマ、こういうパターン、という限定された系統が存在したもので、今もその痕跡は残っています。
”普通の女の子が「アイドル」になる瞬間/体験” を描く、というテーマも、モバマスノベマスでお馴染みのものの一つですね。

この覆面作家Pの動画は、モバマスノベマスが描いてきたものの流れを考えた時(あるいは考えなくとも、モバマスアイドルによるノベマスのひとつの極点として)、マイルストーンと言うべき作品だと思いました。
見た時に、出来れば単記事が書けたら、というところでしたが、まあ、書けませんでしたね。よくあることです。

というわけで、以下は、残念ながらこの動画とは直接関係ない話。










「魔法をかけて!」という歌で私がよくわからないのは、あれには「魔法をかけて」「魔法をといて」という言葉が出てきますね。
けれども、シンデレラの物語であれば、お城のパーティになんとかして行こう、とあがくのは、基本的にはシンデレラとシンデレラに味方する動物たちの、能動的な行為です。魔法使いのおばあさんはただ、シンデレラ自身があがいてもどうにもならない部分を手助けして、恵まれた姉たちと同等のチャンスを与えたに過ぎません。そして、その魔法は最初から、一過性で一回性のものであることが示されています。
一方、魔法が解けた後、残されたガラス靴からシンデレラを探し当てるのは、王子と王子の家来がする作業です。ここでは、シンデレラは能動的には何もしていません。
おばあさんに対してと王子に対して、魔法が解ける前と解けた後で、シンデレラがこなす役割は異なっているのです。

翻って、「魔法をかけて!」の歌詞を見ると、いったいこの語り手は誰に対してどんな役割を期待しているのか、自分はどの時点で何をすべきだと思っているのか、よくわからないと感じるのです。まあ、そのあやふや感ふわふわ感が 「恋を夢見る」 女の子らしいのかもしれませんが、私にはよくわからないなあ、と。
もっとも、求められている役割が魔法使いなんだか王子なんだか、曖昧でごっちゃであるからこそ話が都合良く進む、そういう歌だからこそ、『アイドルマスター』というゲームに似つかわしい、とは言えるかもしれません。


モバマスPVで印象的だったのは、行きつけの店で昼食をとっていた時に、店にあるテレビで、あのPVが流れたことです。
アニマスが始まった時も感慨はありましたが、ただアニマスの時は、自宅で私個人が見ていた体験だったので。
しかし今度の場合は、周り中、おそらく誰もアイマス興味なくて、テレビでそれが流れていることを気にも留めてなくて、覚えてもいないだろう。
そんな中で、そしてそこは、私にとってアイマスとまったく無関係な日常として馴染んでいた空間であって、しかしそこに見知ったるアイマスの映像と歌声が流れている、という。面白い体験でした。


私は映像を見てなんか意味づけするのって不得手なんですけど、以下はただ、気晴らしに。


0:00~ (前奏) 畑に植わったカボチャ、家内で首をもたげる鼠たち、一足の古ぼけた靴、裁縫関連の小物類。シンデレラの物語を想起させるアイテム類が並ぶ。いずれも日常的な品物ではあるが、カボチャや小物類の光り輝き具合や、最後に現れる無数のランプなど、主として光にまつわる要素が、どこか非現実感、非日常感を感じさせる。

0:14~ (前奏) かがみ込んで、手を組み、目を閉じて、一心に何事か念じている風の女性の姿が現れる。仮にこの女性を、「シンデレラ」と呼ぶとしよう。女性の脇に一本の羽根が舞い落ちたかと思うと、遠景に切り替わって「シンデレラ」が置かれているシチュエーションが判明する。
彼女がいるのは、煉瓦積で平屋の建物の中である。建物は、高さは彼女が立ち上がればそれよりわずかに高いくらいであろうか、さして大きくない。積まれた煉瓦は不揃いで、造りの荒さを思わせ、窓も煙突も、目に付く装飾もない。正座した「シンデレラ」がすっぽり納まる大きさの戸口が、正面に開いているだけである。シンデレラの境遇を考えると、ここは蔵や物置のような場所でもあろうか。けれども、彼女をすっぽり納めて密な壁で囲ったその姿は、彼女が思い念じること、そのもののために誂えられた空間のようにも、あるいはむしろ、彼女自体が思い念じる対象であり、建物はその対象を納めたお堂である、というようにも見える。
「シンデレラ」の脇に落ちた羽根は、建物の前を飛ぶ白鳩が落としたものであった。周りの地面には、カボチャにも灯り道具にも見える、丸い物体が並んでいる。背景に、斜めに交錯して立つ、木材とおぼしいものが見える。果たして家屋の崩れた後か、林の焼けた後か……、なにか荒涼とした世界が、背後に広がっているのを感じさせるアイテムである。
そんな景色の中で、かしずいて一心に念じる「シンデレラ」の姿。それは、願いとか魔法とかいうより、むしろ祈り、という言葉を宛てた方がふさわしい姿であるように、私には思われる。考えてみれば、身寄りなき灰かぶりの掃除女にとっての、どこかに自分の暮らす日常とかけ離れた煌びやかな世界がある、と思い描くこと。たとえ一瞬でもそこに身を置くことができたら、と念ずること。それは、乙女の夢想や願望というよりは、祈りにこそ、限りなく近い行為ではなかっただろうか。
画面下方はすべて、水面である。そこに映っているのは古ぼけた小屋と女、何の変哲もない現実の光景の影……と思いきや、その更に下に現れるのは、地上には見えない壮麗で巨大な宮殿である。
この構図がなかなか面白い、と感じる。「シンデレラ」の祈りが向かっている方向は天であり頭上であって、小屋内にいる彼女に水面は見えていないはずである。しかし、彼女が思い描いている(のかもしれない)幻想が具現化されている場所は、彼女の頭上ではなく、足下の影なのだ。
水面下の幻影の宮殿は、中央に時計塔を持ち、カメラはその時計の針の動きをクローズアップする。針はまもなく12時を指し示そうとしている。シンデレラの物語においては、魔法が解ける時間だ。しかし、上で祈っている彼女には、ドレスも、馬車の迎えも、やって来てはいなかった。この「シンデレラ」は、魔法をかけられることなく終わりの時間を迎える……ということなのだろうか?

0:24~ (前奏) テキストが表示される。 「Cast a spell on me!」

0:26~ (「お願い シンデレラ」〜「輝く日のために」) 歌い出す9人の「シンデレラガールズ」。両手を胸の前に組んで、正座している。先の「シンデレラ」と同じ姿勢だ。歌われ始めた最初の歌詞は、「お願い! シンデレラ 夢は夢で終わらない」。ついに顕現しなかった、または少なくとも顕現せずに終わる寸前だった「シンデレラ」の「夢」が、「シンデレラガールズ」たちの「夢」に、継承あるいは連続している。そういうことだろうか。
「ガールズ」たちが座っている床は、四角いタイルで区切られ、『アイドルマスター』シリーズのゲームにおける、いくつかのステージの床を想起させる。頭上から、スポットライトが当たったように見えるシーンもある。
「ガールズ」周囲の空間には、時刻を連想させる、アラビア数字とローマ数字の記号が散在する。この空間において、時間が通常のルールから外れた運行をしている、ということか、あるいは少なくとも、時間、というものが彼女たちの「夢」「願い」と密接な関係を持っている、ということだろうか。

0:38~ (間奏) 3つ並んだ扉の前に、『アイドルマスター シンデレラガールズ』のタイトル表記。タイトルが消えると同時に、3つの扉は融合して金色の扉1つに変じ、扉の両側には朽ちて退色した数字記号の山。周囲を飛び回るパーティクルは何を象ったものか、この場面だけからはなんとも言えない。
扉が開くと、その向こうは一面の星空。扉の前に、ドレスアップした女性のシルエットが出現する。女性の形は、「シンデレラガールズ」のうちの誰か個人の姿とは見えない。

0:49~ (「エブリデイ どんな時も」〜「私に出来ることだけを 重ねて」) 日常的な学校の風景の中にいる、「ガールズ」たちの姿。教室、階段、校庭、いずれも現代日本のノーマルな学校の景色と見て、おかしいところはない。
それでもあえて挙げるとすれば、階段脇の壁の意匠が面白いか。材質がそうでないのは一目瞭然であるが、長方形に区画された文様は、煉瓦積の壁の形を連想させなくもない。階段は、後述するように、下方の空間と上方の空間を連絡する、という、このPVにおいて重要な役割を果たす通路である。
いくつかのアイテムが、「ガールズ」たちの視線を上方へと誘導する。風に舞い上げられる桜の花びら、飛び上がる白鳩、青空から降り注ぐ太陽の光。このうち白い鳩は、冒頭「シンデレラ」のシーンと共通する存在だ。

1:10~ (「魔法が解けないように」〜「巡るミラクル 信じてる」) 階段を駆け上がる少女の足が、アップになる。薄暗い空間に木質を感じさせる茶色い段、クラシカルな意匠の手すりは、もはや先ほどまでの、白く清潔なコンクリート造モダニズムの学校建築と、同じには思えない。
横から、前からと、少女を写すカメラの位置は切り替わる。最初に昇っていたのは島村卯月、次に後ろから追い抜いたのが本田未央、3番目にやって来て正面に立ったのが渋谷凛、ということになるが、そこらへんの誰が何をやっているかは、この記事ではわりとどーでもいいことである。
3人が階段を昇り終えた先には、0:38~に現れたのと同形状の扉がある。扉の周りには大小無数の時計が配置され、それぞれ思い思いの時刻を指し示す。学校内部の風景には見えない、という以上に、もはや日常現実の景色とは思われない。光闇のコントラストと橙色・茶色系の色調強い空間は、冒頭0:00~に描かれた世界に、似た雰囲気を感じる。

1:20~ (「お願い シンデレラ」〜「叶えるよ 星に願いをかけたなら」) 扉が自然に開かれるとともに、空間全体が白光に包まれ、光と数字記号の飛び回る空間に浮かんだ「ガールズ」たちは、次々ドレスアップされた姿へと変身する。
次いで、ドレスアップを終えた数人の「ガールズ」は、手中に金色の光玉を浮かべる(生み出す?)。彼女たちがそれを頭上に投げ上げると、光と数字記号の空間は、天頂から掻き消えてゆく。

1:32~ (「みつけよう! My Only Star」〜「輝く日のために」) 先の空間に代わって頭上に現れるのは、一面の星空である。
星は人間に時間の移り変わりを指し示す標であるが、それは、星が人間の目から見れば不変で不動の存在だからである。星は時間を超越し、人間が手を伸ばしても届かない存在であり、ゆえに願いをかける対象となる。
しかしこの空間においては、「ガールズ」の周りに、夜空から無数の星形に光る小物体が降り注ぎ、カットによってはどこまでが空の星でどこからが降り注ぐ光点なのか、区別がつかないくらいである。
彼女たちの立っている地面は、一面の草花で覆われていると見えるが、その色彩と質感は、ドレスアップした女性たちの空間にふさわしく、雪か宝石のような煌びやかさである。
遠景となって、「ガールズ」たちが現在いる世界の様子が判明する。画面上方3分の1あたりに水平線があって、その上は星空、その下は水面。すると、水平線よりやや低い位置に描かれた、「ガールズ」たちの立っている地面は、島ででもあるのだろうか。画面左奥と右奥にも陸地らしい塊が見える。特に右奥の陸地のシルエットは、折れた木の形状を思わせ、0:14~の背景にあった材木群を連想できなくもない。
空には巨大な時計のシルエットが浮かんでおり、その針は、もう10分もしないうちに12時になろうか、という形を示す。カメラが下方へ移動していくと、そこには0:14~「シンデレラ」の時と同様、時計塔を持つ壮麗な宮殿の幻影が、映し出されている。その時計もまた、12時数分前を示す。宮殿が映し出されてゆく間にも、星状の光点が次々増え、やがて画面全体発光してホワイトアウト。

1:43~ (間奏) 0:26~の教室・階段・校庭が、夜となった光景が映し出される。建物の外と内とを問わず、どこにも星状の光点が降り注いでいる。

1:49~ (間奏) 0:38~と同様、数字記号の山の中央に、金色の扉。しかし先ほどとは明暗のコントラストが異なり、扉も数字の山も発光して見える。背後の空間に散りばめられているのも、すべて数字記号。
扉が開くとふたたび星空、その中央に、回転する金色の五芒星。

1:52~ (「心に シンデレラ〜」〜「君の願いと」) 回転しながら降りてくる五芒星へと、伸ばされた白い手。「ガールズ」の1人のものである。
以下、歌いながら、あるいは五芒星を見つめ、あるいは画面のこちらを見つめ、あるいは前方上方へ向けて手を突き出す「ガールズ」たちが描かれる。その最後に渋谷凛がアップとなって、正面に向かって手を伸ばす。

2:03~ (「リンクして」) 凛がぐっと手を突き出した瞬間、画面が上下反転する。遠景となり、手を伸ばす凛、それを囲む「ガールズ」たち、背景の時計のシルエットが、逆さまに写し出される。凛の手から放射状に広がるようにして、画面上方の水面(すなわち先ほどまでの画面下方、宮殿が映し出されている場所)がかき消されてゆき、代わりにそこにはステージが出現する。

2:05~ (「みつけよう! My Only Star」〜「でも可愛く 進もう!」) 画面の上下反転が解消される。歌いながらかがみこんで下方を見つめる「ガールズ」たち。ついで、立ち上がり振り付けつきで歌い踊りだす未央・凛・卯月のアップ。立ち上がって歌っている「ガールズ」たちの遠景となって、画面ホワイトアウト。

2:21~ (後奏) 水面と、その背後には陸地らしきもの。薄暗いためその様子ははっきりとはわからない。左上方からガラス靴が落ちてきて浮かび、画面ブラックアウトして終了。


……というわけで、ざっとメモしてみたが。

PVで個人的に興味深いと思うのが、1:32~以降に出現する空間である。
中央に人間、上方に天、下方に水面に映った幻影、という構図は、0:14~の「シンデレラ」のシーンと同じ。
「ガールズ」たちは、地上から階段を昇ることで、ドレスを手に入れ1:32~の非現実的な空間にたどり着いた。また、1:43~においては、上空から落下する星状の光点が、日常の景色を浸食している。地上から上空に向かう人間、上空から降り注ぐ「星」の力、というこの関係においては、下方が日常・現実に近く、上方が非日常・非現実に近い。
一方で、上方に「ガールズ」たちの肉体が存在し(「願い」が具現化された状態でなければ、彼女たちが今いるのは学校の屋上のはずである)、下方に実在しない幻影を映した水面が存在する、という関係においては、上方が日常・現実に近く、下方が非日常・非現実に近い。
この、非日常的な事象が上方と下方に分離して存在する、0:14~の「シンデレラ」以来の構図は、2:03~において初めて解消されることになる。渋谷凛が何かを放射(?)して、幻影の宮殿が掻き消されてステージが出現するこの瞬間、画面の反転によって、下方から見上げる人間、上方に非日常的な空間、という形に整理された構図が現れている。

全体として、このPVが視聴者に向かってどんなメッセージを発しているかは、②で述べたシンデレラの物語を想起した時、明瞭であるように思われる。
1:32手前「星に願いをかけたなら」の場面より、1:32~で「夢」「願い」を具現化する力を与えているのは、「星」である。すなわち、シンデレラの物語における魔法使いのおばあさんの役割は、PVの中では「星」に仮託されている。
(その「星」が具体的にどんな存在であるかは、PVの中では明らかでない。「叶えるよ 星に願いをかけたなら」では「ガールズ」自身が生み出すもののように、「みつけよう! My Only Star」では「ガールズ」の外部(上空)に存在するもののように思われる。)
シンデレラの物語における魔法がそうであるように、「星」による「願い」の具現化もまた、一過性のものである。そのことは、1:32~の空間の背後に浮かび上がる、巨大な時計によって示されている。

では、そんな期限つきの世界にいる「ガールズ」はどうするのか。
1:52~では、寝転がって上空を見ていた神崎蘭子が首を横に向けるのを皮切りに、「ガールズ」たちが視線と手を前方に、すなわち画面のこちら側に向ける仕草をとる。歌詞は「私だけじゃ始まんない」「変われるよ 君の願いとリンクして」。2:03~で幻影の宮殿に代わってステージが出現するのが、画面のこちら側にいる「君」と「リンクし」た現象であることが示される。
そして、ラストシーンに写されるものは、ガラスの靴である。ガラス靴はすなわち、物語の王子が拾ってシンデレラを追いかけるためのものだ。画面のこちら側にいる「君」の役割は王子だ、魔法が解けた後にシンデレラを探し出す王子になるのが「君」の仕事だ、と、そういうことではなかろうか。

ともあれ、受け手としては、そのようにこの映像の意味を、局限して捉えずともよかろう。
ガラス靴を見て彼女ともう一度巡り会いたいと思うのは王子の自由である。が、物語のシンデレラは、王子に追いかけさせようと計算して、靴を残したわけではなかった。もっと言えば、彼女が、魔法の時間が過ぎた後もその続きを、王子の側の世界に居続けることを望んだかどうかも、物語は描いてはいない。
幻影の宮殿に代わってステージが現出した、2:03~の映像自体の解釈は、「君」との「リンク」という歌詞との関係だけに縛られるものではないだろう。そして、ラストでガラスの靴が投げ込まれた水面は、本来はシンデレラの物語にも、「シンデレラガールズ」たちが暮らす日常にも、存在しない筈の場所である。それを何だと思い、それを見て何をすべきと思うかは受け手次第である、と、毒にも薬にもならないことを結論にしておく。


※12/10追記 wikipediaのシンデレラの項目を見たら、グリム童話版の『シンデレラ』においては魔法使いが登場せず、代わりに白鳩が主人公を助けたりする、というような話が書いてありました。まあ、童話『シンデレラ』の諸テキストを真面目に調べて検討すれば、いろいろ映像上の要素についてわかることはあるのでしょうね。


だらだら書いてきましたが、このPVを見て最初に思い浮かべたのは、上記したあれこれではなくて。

ティンときた! -勝手にまとめるアイマスMAD- 先の無き輪廻
白雅雪blog 輪廻の鎖

数字がめぐる空間を見て、この動画の世界を思い出した、ということ。
もちろん、時間を表す数字がキーアイテムになっている、という以外、両者は別物です。そもそも、置かれている文脈が違う。
『レプリカーレ』の表現は、彼女たちは一定の時間が過ぎるごとにリセット&ループを繰り返す世界の中に居る、という世界観を前提にしている。その観念自体が、1プレイの物語内できっかり1年の時間が過ぎる、という無印版『アイドルマスター』固有のコンセプトが生んだ、一種の夢であり幻想だった。
今となっては、そう書くことに、あまり説明は要しないでしょう。アケマスに、ぴったり1年ごとにリセットするという世界観は無く、SP以降のゲームにも無い。無論、アニマスにも、モバマス、グリマスにもありません。

ただ、両者に何か相通ずるものが、あるとすれば。
永遠のループという幻想。その中に住む彼女が世界の仕組みに気づいてしまったことで、世界はどうなったのか、崩壊したのか、何事もなくリセットされたのか、彼女だけが記憶を保つことになったのか。
そういう物語的な文脈を超えて、歪んだ空間の中でひとり踊り、歩み去っていった伊織は、美しかった。
そこに生まれていたものはひょっとすると、どこの誰に観測されるのか愛されるのか、それはプロデューサーなのかファンなのか、そんなこととは無関係に。
あえて言うならば、天にその軌跡が刻まれたことそれ自体に意味がある。そういうものだったのではないか。

モバマスPVで世界が反転した瞬間、渋谷凛が放出した何かも、また。
本当は、誰が魔法をかけるのかかけられるのか、シンデレラなのか星なのか君なのか王子なのか、そんなこととは無関係に。
いま彼女たちを覆っている物語が朽ち果てた後にこそ、意味を持つものなのではないか。
そんなことを、思いましたとさ。


この記事は、つまり何だったのかと言うと、ニコマスやその他このブログ上のあれこれとは関係なく溜まったストレスを発散するためのちょっとした気分転換として書き始めたところ、この記事を終わりまで書き続けること自体に忍耐が必要な結果になり、かつ進めば進むほど話は袋小路に陥って道がわからなくなり、一体どこの誰がこんなことを私にやらせようと思いつき、あまつさえやっている間にも迷走を強いたのか、と思うとそこには自分自身しかいない、という怒りのやり場のなさの循環と濃縮の過程であり、そして私はもう眠くてどう頭を絞ってもこの記事のオチのありかがわからず、以下の、書いているうちに出てきた話や、ここで書かないことにしたその他の話を、一体ここまでの話とどうやって繋げるつもりだったのかも、もはや思い出せないわけです。

『白雅雪ブログ』のgase2氏は、メタフィクショナルなアイマス動画への興味が強い人でした。『レプリカーレ』についてもずいぶんご執心だったことを、私はよく憶えています。いえ、氏と直接やり取りしたことは数えるほどしかありませんが、読者としてはずっと読んできたので。
だから、氏には『レプリカーレ』について1本、これだという結論を書いた記事があった筈だと、私はそう思い込んで探していて。実はこの動画は、彼にとって、そういう一本が書けないままに過ぎていった動画のひとつだったんだ、ということに、いま初めて気づいたんですね。
で、そうか、書いてないのか、てっきり読んだことがあるつもりになっていたのに、と思っているうちに、全然関係ないエピソードが思い浮かんだ。

指揮者の岩城宏之が死去した時、岩城が指揮する予定だったコンサートを、外山雄三と若杉弘が分担して振ることになった。
その時若杉が、確かこんなようなことを言った、という。
個人としてはどんなに親しくても、仕事の上では他人だから、岩城が何を考えてこのプログラムを振るつもりだったかは、自分にはわからない。だからただ、自分は自分のやり方でやるしかないんだ、と。
その若杉ももういないので、彼がその時が何を考えて振ったのかもまた、今では誰にもわからないことになる。ただ、記録された映像と音声だけが、残っていく。


そういうわけで、文章を書いていると、目に見えない鎖がどんどん増えて新しい錘がぶら下がってきて、どこが本線だったのかわからなくなっていくのが私の日常である、という話でした。……と、無理やりタイトルに繋げて、終わりにしましょう。


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