ミッシングリンクについて



SPの春香シナリオ自体は、去年のうちにプレイしていたものの、まだ記事にはなっていないわけですが。
さきに、後になって回収したコミュについてだけ、書いておきます。

『アイドルマスターSP』パーフェクトサン春香シナリオの、一部のコミュのネタバレを含みます。







SPの春香シナリオ、ランクFの「チャンス2」コミュは、春香と「あっち向いてホイ」で勝負する、というものになっている。
自分のどんくささ、おっちょこちょいさに悩み、このままでアイドルとしてやっていけるのだろうか、と思った春香。反射神経を鍛えるトレーニングとして、友達と「あっち向いてホイ」をすることを発案したが、やってみたところ100連敗してしまった、というお話が語られる。

これはSP固有のコミュなので、アケマス/無印の春香に”「あっち向いてホイ」で100連敗” というエピソードは無い。
ただ、春香というキャラクターは運動能力や反射神経に難があるのではないか。そのことで本人は苦労したり悩んだりしているのではないか。そしてその悩みは、アイドルになったことでより切実になったのではないか。
そういうことをうかがわせる描写は、アケ/無印の中でもあちこちにあった。それゆえ、無印の春香とこのコミュの春香は相通じる存在であると、あるいは両者は同じテーマを抱えていると、いうことはできる。

が、それでは両者は同じなのかというと、私はそうは思わない。
つまり、春香って子はどんくさいんだ、じゃあどのくらいどんくさいの? と尋ねられた時に、”「あっち向いてホイ」で100連敗” するくらいどんくさいんだぜ、とその一文だけで全てを説明し切れてしまいそうな、このSPコミュの有り様は、そのシンプルさわかりやすさゆえに、キャラクターの複雑性・曖昧さを押しつぶして単色に塗り替えてしまう単調さを持っている。
無印にこめられた情報は、もっとファジーだ。春香はよく転ぶとは言っても、では実際のところどういう状況でどのくらいの頻度で転ぶのかってよくわからないし、運動はダメってそれは一般人と比べてどのくらいなのか、アイドルの中ではどのくらいなのか、歌の場合はどうなのか、ヴィジュアルではどうなのか、と、いずれにしろはっきりとした程度はわからない。わからないからこそ、がんばっていれば大丈夫さ、大事なのはその気持ちだよ、という励ましが、無根拠であっても説得力を持ちうる余地が生じている。

SP春香コミュのこのような有り様、無印コミュとの色合いの違いが何に起因するのかといえば、それはSPのシナリオの余裕の無さ、というところに尽きると思う。
余裕が無い、とは、物理的にそんなファジーな遊びの領域をシナリオの中に組み込む余裕がない、ということと、シナリオの中の春香が追い詰められたぎりぎりの状態にある、ということの、二重の意味において。
そして、ではなぜSPの春香はそのように追い詰められているのかと言えば、それは人と競う、人と比べられる、という要素がそこに存在するから、ということに尽きる。

翻って見た時、無印版『アイドルマスター』というゲームの特質はなんだったのだろうと思うと、それは、おおらかさ、という言葉で表わせる気がする。
この勝負に勝たなければ先に進めないポイント、というようなものは、シナリオの中に存在しない。ランクアップリミットが無く、どんな低ランクアイドル、どんな失敗プロデュースでも1年間は活動が保証される。「引きこもり減退」も無いので、どんなに成長の遅いキャラクターでも好きなだけレッスンしてからオーディションに臨める。プレイヤー的にはさらに、アケマスのゲーム進行の一回性、不可逆性が消失して、いくらでも途中でのリセット、周回のやり直しが可能になった。
無印版『アイドルマスター』は、ゲームとしては退屈である。インターフェースは不親切で、プレイ時間の大半は単調な消化作業と待ち時間に費やされ、かなりの程度時間をかけないとストーリー的な面白さも体験できない。
無印をゲームとして楽しもうとすると、リセットせずに一発勝負でプレイするとか、積極的にオンラインで対人戦をするとか、擬似的にアケマス的な環境に近づける方向性になる。そのことがまさに、このゲームのシステムが本来アーケードでの面白さに最適化されたものであることを示していると思う。
ならば、アケマスにあったシビアなゲームとしての面白さを失った代わり、無印が得たものはなんであるか、というと。それが、どんな能力と個性を持って生まれたプロデューサーとアイドルであっても、それぞれなりの1年間を歩み得る、という、ゲームの中の世界のおおらかさなのだと思う。無印コミュのファジーで散在的な有り様は、そういう無印的な世界の在り方とよく親和したものであったと感じる。

一方で、では、アケマスとも無印とも異なる新たなゲームシステムを構築した時、そこでこそ表現できるものはなんだろう、というと。それが、SPの春香の場合において端的に示されている例が、この「あっち向いてホイ」のエピソードだと思う。
他人にとっては取るに足らない、なんでもないお遊びに過ぎない、たかが「あっち向いてホイ」のひと勝負。それが、春香にとっては自分の未来に絶望するか希望を持てるか、彼女の全人生がかかった瀬戸際なのである。それは、傍からみれば滑稽きわまりない構図に違いなく、そして滑稽きわまりないからこそ悲痛でのっぴきならないのだ。
すでに述べたように、ここで表現されているような要素は、アケ/無印の春香にも内包されているが、しかしこのSPにおいてそれが、より狙いを絞って、突き詰められた形で提示されている。
”「あっち向いてホイ」で100連敗” する人間は、それでもなりたいものになることを望めるのか、という問い。
SPにおいて、春香はその問いの答えを見いだすことができたのか、ということは、また別の問題として。





散髪屋P 【アイドルマスター】春香/フレ!フレ!大丈夫【CHI-MEY】 10年12月07日



SP春香シナリオをプレイしてからしばらく、このシナリオの「アイドルアルティメイト」予選終了後から決勝戦前にかけての展開について、考えていた。
それで、たまたまさっき、散髪屋Pのこの動画を見直して。この動画で引用されているL4Uのこのコミュ(アイドラ)を、SPのそのあたりのストーリーとアケ/無印のランクA「ランクアップ」コミュの間に並べると、各ストーリーの繋がりと変化がより連続的に見えるのだなあ、と思ったのである。
あるいは、さらに補助線として、私が言及したことのあるいくつかのコミュを加える。すると、たとえばランクC「ミーティング」はアケマスからだが、「1月の仕事」は無印新出であり、そして上のランクF「チャンス2」はSP新出だ。
順番に並べてみて、アケ→無印→L4U→SPと進むにつれての、春香のストーリーの中で焦点の当たっている部分の変遷は、非常に連続的で継続的に進行していたものだったのだなあ、と、今になって感じたのである。

で、私がいま気になっているのは、ではそれを受けて、DSの春香は何を体現しているのだろう、ということ。
DSをプレイするのは、以前は来年くらいにはできるかな、と思っていたのだけれど、今のペースでは再来年くらいになりそうで、私が答えを出せるのはだいぶ先になるだろうというか、ここに書く機会があるのかどうかはわからないけれど。


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