いろいろある週末前


マスクエについて、なんか書くとすれば完結前に書いておきたいことばかりだけど、書くのめんどくさいね、と言っているうちに、また新作が投稿されたとのことなので。とりあえずそれを見る前に、十日ほど前にちょろっと書いた内容を、まったく賞味期限になる前にブログに丸写ししておきましょうか、という、手抜き記事。

アイマスクエスト123話までのネタバレを含みます。





この物語は「展開部」と「収束部」と「大回転部」に分かれている、というのは、レストPが自作について語った言葉であるが。
ておくれPが、タメにタメて最後に”大回転”を入れたいタイプの作者であることは、これまでの傾向からして言えると思う。
それを踏まえて、今日は現状(※123話時点)についての個人的な認識だけ述べる。

マスクエのストーリーにおいては、この世界のシナリオは決まった結果へと収束していく運命になっている、という世界の収束性、予定調和性と、異世界との接触、キャラクターの挙動がそれに対するイレギュラーな因子になる(かもしれない)、という、予定調和とイレギュラーの間の綱引きが、ずっと続いている。
そして現状は、多少のイレギュラーがあっても結局は予定された運命に収束する、という収束性の側が強く印象づけられ、取れる選択肢は「二択」の中にしかあり得ない、という雰囲気になっている、という局面。


さて、この世界のシナリオが収束するもの、予定調和なものだとすると、その中で登場人物ができることには限界がある、ということになる。
そこで、ではその限界とはどこまでなのか、がはっきり具体的に示されているのが、この物語の特徴的なところである。
つまり、閣下にできることの限界=この世界の人間にできることの限界、と考えていい。
どれだけ優秀な勇者や魔王がどれだけ頑張ったところで、基本的に、過去最強の勇者であり、過去最高にこの世界の知識を備えた人間である閣下にできる以上のことができるとは考えられないわけだ。
では、その閣下自身は、自分にできることはどこまでだと判断していたか。最終的には、自分を含む人間以外を犠牲に人間全体を救う、これならば実行可能だ、と考えていた。

私がなぜ閣下の位置づけと自己認識を重要視しているかというと、春香が8章で一体何を悩んできたのか、を理解するためにこれを踏まえる必要がある、と考えているから、ということがひとつと。

現状で春香がやろうとしていることは何かというと、彼女は閣下に成り代わって閣下が成そうとしたことを実行しようとしている。
さて、たとえこのまま春香の意志が通ったとしても、果たしてそれはこの物語のハッピーエンドにつながる道なのかな? ということ。
もっと言うと、果たしていまの春香は、真に勇者たりえているんだろうかね? ということ。

これでいいのだとすれば何故いいのか? 今の認識ではダメだとすれば、足りないのは何だろうか? 
ヒントはこれまでの物語の中に隠れているんじゃないかな、と私は思っている。


マスクエはこれから、どのような結末へ向かうのか、ということについて。
個々のキャラクターの命運については、私はまあ、あんまり関心はない。全員生き残ってそれぞれが帰る場所に帰るのがベストエンドに決まっているし、そうではなく誰かの犠牲が伴うエンディングを選ぶというのも、それはそれでわかりやすいので。

私が、この物語でこれからどう描かれるのか、関心を持っている事柄は二つ。
ひとつは今述べた、真に勇者であることとはどういうことなのか、ということ。上に書いた通り、これについては、これまでのストーリーの中で解が提示されていると考えていて、私なりの理解と推測を持っている。もちろん、それが作者の考えと符合している保証はないがw。

もうひとつは、作者が「この世界が救われる」とはどういう状態のことだと考えているか、ということ。この世界のシステムなり、人間と魔物の関係なりが、どういう状態になるのがベストエンドだと考えているのか。これに関しては、現時点ではまったく想像がつかない。

結論:特に何もわかっていない!


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