アイドリングストップ宣言。


タイトルのネタは私が考えたものではなく、この動画からのパクリですが、この記事の内容と関連性がないということもないこともなくはない気がしたので借用。

杜都P 【アイマス】765アホの子劇場その3【4コマ】 09年12月12日



なお、基本的にこの記事は延々と言葉遊びをしているだけで、最後まで読んでもそれ以上の内容はないことを、あらかじめお断りしておきます。












この記事では、「アイドルとは何か」という事柄をめぐって、いろいろと言葉遊びをしようと思うのだが、まず、前提として。

たとえば、「野球選手とは何か」、「将棋棋士とは何か」、「料理人とは何か」という問いに答えようとするとき、少なくともそれぞれ「野球を行う者である」「将棋を行う者である」「料理を行う者である」という点については、疑いようがないように思われる。
では、「アイドルとは何か」という問いの場合は、どうだろうか。「野球選手は野球を行う者である」というのと同じレベルで、「アイドルは〇〇を行う者である」という答えを出し得るだろうか。

たとえば、
どこかのホールでファンを集めてライブを行えば、アイドルだと言えるだろうか?
水着を着て週刊誌のグラビアに映れば、アイドルだと言えるだろうか?
バラエティ番組に出演して場を盛り上げれば、アイドルだと言えるだろうか?

どれも、アイドルがする仕事であることは間違いない。しかし、いずれの仕事も、 "それをやっていない者は、絶対にアイドルとは見なせない"、というものではないし、また、いずれの仕事も、"アイドルにしか行えない行為" というわけでもない。
アイドルはひとつの職業でありながら、野球選手の野球、将棋棋士の将棋、料理人の料理、などと同じレベルで、この業務を行っていれば必ずアイドルであることの条件を満たす、という具体的で固定的な業務を定めることは困難なわけである。とすると、「アイドルとは何か」を定義しようとした場合には、 "この業務を行っている" というだけではない、なんらかの抽象的で精神的な説明が必須である、ということが言えそうだ。

と、いうことを踏まえて。
ここで、ある、アイドルを仕事にしているキャラクターを描いた物語について、こういう主張が存在すると仮定しよう。

"アイドルは客商売であり人気商売であり、すなわち同業のライバルと競い合いながら多くの人気を獲得しようとすることが、アイドルに欠かされざる本質である。この物語はそうした要素を描いていないため、リアリティがなく、アイドルを描いたストーリーとは言えない。"

一見して、対象となる物語についてこの主張は非常にもっともらしく見え、あるいはこの主張に対してひっかかりを感じる点があったとしても、真っ向からの反論が難しい(または反論したとしても議論が噛み合いそうにない)、ように思われる。
ここで、単に、なるほどその意見はもっともらしい、いや私はおかしいと思う、という各々の立場の表明だけで話を終わらせるのではなく、この主張がもっともらしく見えるとすれば何がそのもっともらしさを生んでいるのか、ひっかかかるとすれば何にひっかかっているのか、反論が難しいとすればなぜ反論が難しいのか、ということを考えてみると、ちょっと面白いのではないだろうか。


第一に、出発点となる、言葉による定義づけ、条件づけそのものの話。
上記のアイドルの説明、縮めれば "人気商売であるアイドルの厳しさ” 、という説明が読者にとって自然なものに感じられるとすれば、それは読者の中に "リアルな芸能界" "現実におけるアイドルのあり方" についてなんらかの漠然としたイメージがあって、主張者の説明がそのイメージにそぐうものだからであろう。すなわち主張者自身が抱いていて自分の言説の中にこめているイメージと、読者の持つイメージに共通性があるからである。
漠然とした認識の共有が存在するが故に、言説の細部を突き詰めて考えずとも、なんとなく了解できるように感じられるわけであるが、しかし主張者が並べた文面そのものを観察した時、そこに、ある存在に対しての言葉による定義づけとしては、曖昧な部分がないだろうか?

私の見るところでは、上で ”アイドルは人気商売だから” という言葉のもとで一まとめにされている中には、三つの異なる要素が混ざり込んでいる。

① 他人から支持を集めなければならないものである、ということ。(+その支持が多ければ多いほど良い、ということ)
② 同業者と競い合わなければならないものである、ということ。
③ ①②の事柄を認識した存在でなければならない、ということ。(他人から支持を集めることの意識+同業者と競争する覚悟)

①、②、③は、確かに互いに連動しているかもしれないが、別の事象である。
同業者との競争に打ち勝って一つしかない仕事の枠を獲得する、というのは、たしかに最終的に人気を獲得するための過程(のひとつのあり方)かもしれない。しかし、そのことと、得た仕事を実際に人気の獲得に有効に繋げられるか、ということは別の問題であろう。また、その仕事を得るための同業者との競争にしても、たしかに人気を獲得する力によってその勝敗が決まるケースもあるかもしれないが、競争内容が、具体的な技術力(歌唱やダンス、演技etc.)で採用者に評価されるか、だったり、有力な人脈を作れるか、だったり、オーディエンスの人気を獲得する力と同一ではない場合もあるだろう。
”仕事の枠の奪い合い” ではなく ”客の奪い合い” という観点に拠って①と②を混合する見方も、本当に"リアルなビジネスの世界" を想定すると、疑問に思える点が出てくる。現実に、どうすればアイドルがアイドルとして仕事を得られる状況を作り出せるか、と考える時、それは ”常に総量一定の固定的なパイを、同業者とのみ奪い合う” というようなものではなく、スポーツ、ゲーム、アニメetc.、アイドルの代わりに大衆が消費し得るあらゆる存在が競争相手となろうし、それ故に、たとえば人気絶大のスーパーアイドルユニットが一つ存在することでアイドル業界全体への大衆の関心が高まり、弱小のユニットも仕事の機会が増える、といったケースも考えられるであろう。この場合、弱小ユニットにとっては、むしろ(”同業者同士の勝負” としては負かされている、ということになる筈の)自分より強いライバルの存在が、自身の人気の獲得に繫がっているわけである。
①と③、②と③もまた、直結している事柄ではない。当たり前の話、心構えができていても十分な能力が伴っていない者は、アイドルとして仕事することは不可能だと考えられるからである。アイドルを志し、同業者と勝ち負けする覚悟も客商売の意識も存分に持って大変な努力をし、しかし一度としてオーディションに勝てず、人前に出てそれによって収入を得るような仕事を一切体験することないままに業界を去った人がいるとして、この人は ”仕事としてアイドルをやった” と言えるのだろうか? 

言葉で条件を定める以上は、たとえばここまで私が羅列したような様々なシチュエーションに対して、このケースはここで定義するアイドルらしさを満たし、このケースはそうではない、というジャッジがただちにできる明確さが必要である。
上記の主張は、3つの要素が区別されずに混ざり込んでいるために、そのうちのどれとどれをどう満たすことが根本的だと主張者が考えているかが曖昧なのだが、この主張者に対して反論する人が現れた時、このことが問題になる。
すなわち、主張者としては、自身の定義がいろんな要素が混ざり込んだ曖昧なものであるが故に、

・このストーリーはここで「ライバル」が登場するぞ →それはキャラクターの「覚悟」に繫がってないので条件を満たしません
・このシーンは、「覚悟」を描いたものではないか →その後「ファンの反応」が描かれてないので条件を満たしません
・この場面は「ファンとの関係」を描いているじゃないか →この話は「競争」していないので条件を満たしません

という形で、局面ごとに自身のイメージ全体の中の部分部分を持ち出し、強調する力点を変化させていくことで、どんな反論にでも対応することができる。そうすると、ひとつひとつの局面だけを取り出してみれば、間違ったことは言っていないかもしれない。が、傍目から主張者の述べてきたこと全体を見渡した時、果たして首尾一貫してひとつの見方を提示できているのか? と疑問に感じるものになっている場合もあるだろう。
(もちろんそれが、最初の時点では主張者自身もはっきり捉えられていなかった問題意識のありかが、異論に対応していく中で明確化していく過程となり得ている場合もあるので、出発点から終着点の間で論が揺れ動いているから取るべきところのない誤った論である、ということではない。)

次に、主張と対象となる内容との結びつけ方の話。
たとえば、ここで問題となっているストーリーが、30分アニメ26話からなるコンテンツのものだったとしよう。私はこのアニメについて、「どーもこのアニメのキャラクターは和気あいあいと仲間うちで楽しくやることばかりを気にしてるのが目について、真面目に仕事する気があるのかと言いたくなるよねー」という感想に、同感であると表明するのにやぶさかではない。ここでしかし、「和気あいあいと仲間うちで楽しくやることばかり」「真面目に仕事する気があるのか」という言葉自体は単なる印象論であり、視聴全体を通してなんとなく形成されたフィーリングに過ぎない。それ故、それとは異なる感想を持った人に対して言いたいことを伝えようとするならば、よりコンテンツの具体的な内容に下りて話をする必要がでてくる。
私なら、どこに着目するか、と考えると。23話から24話あたりにかけて、たった一つの仕事の枠を巡って仲間と争う、という行為に焦点が当たっているように見えたのに、いつの間にかそのあたりはうやむやになって、その問題で認識不足を露呈して壁にぶつかっているように見えたキャラクターの側の立場に、対立した相手も含むキャラクター全員が同調して話が終わったことになる。あれ? なにか話がねじれているのでは、という感触には、私も同感である。
あるいは、私が以前に触れた例。5話で描かれた慰安旅行の、夜のシーン。アイドルとして売れたら、という話で盛り上がって、ひとりのアイドルが「でも、もしそうなったらみんな揃ってこういう旅行とか出来なくなっちゃうのかな」と言う。ろくに仕事が無い、事務所の存続も危うい、という状況にいる人間が、"売れた後離ればなれになることの心配" なんてことを第一に考えるものだろうか? 原作のゲームの中の初期のキャラクターならば、違う言動をするのではないか、と私は考えた。
さて、しかし、こうして具体的な部分を根拠にして自分のフィーリングを正当化した場合、その主張を聞いた側としては、

・その部分からその主張を導くことが適切か
・挙げられた部分のみをもって、この話題に結論を出すことが適切か

ということが気になるわけである。そして、それなりにしっかり作り込まれた30分アニメ26話分もの情報量があれば、ディーテールを掘り下げればどんな論だってそれなりに立論し得るわけで、さまざまな着眼点からこの主張に反論すること自体は難しくない。
けれどもここで元の主張者は、次のような方法によって、簡単に反論を拒絶することができる。

・君はその場面でそう感じたのかもしれないが、僕は別にそんなことは感じなかったよ
・君が挙げているその例は、僕にとっては取るに足らない事柄だよ
・君がしているその話は、僕がしている話とは関係ないよ(これは、先程した、言葉による定義づけ、条件づけの問題と連動している)
・僕はあくまで僕はこう思ったという話をしているのだから、君が納得しないというのなら、それは君の自由だよ

要は、どこまでがフィーリングの話で、どこからが論理的、演繹的な正当化なのかを曖昧にして、レスポンスのすべてを、私は君のフィーリングには同意しない、というレベルの話に落とし込まれてしまえば、議論は不可能である、ということ。
議論を噛み合わせようとするならば、論じる対象から取り出したその部分を自身の主張に繋げる道筋がいかに説得的であるか、ということと、取り出したその部分を論じることがいかに対象全体を論じる上で有効か、ということの両方を、議論する双方が意識できていることが必要になるわけである。これはこの話題についてのこと、というよりも、一般的に言って人と人が議論するのって難しいよね、という話。

最後に、”このストーリーはアイドルを描いていない”という主張の性質について。
たとえば、

「僕はこのストーリーをアイドルを描いていないと言ったが、それは単に、僕の考える ”アイドルを描いたもの” の条件にこのストーリーが当てはまるか当てはまらないか、と分類しているだけのことであって、それによってこのストーリーを断定的に評価づけているということではない。現に、僕はこのストーリーを ”アイドルを描いたもの” だとは認定していないが、しかしいろいろな点で面白さのあるものだと認めている。それ故、君がこのストーリーはアイドルを描いているというならば、それは僕と君では分類法が違うというだけのことであって、お互いそれ以上話を擦り合わせなければならないような問題ではない」

という説明が、この主張について主張者から行われた、としよう。たしかに、これが、Aさんは服を箪笥にしまう時ズボンと下着を隣にすることを好むが、Bさんは下着と靴下を隣にすることを好む、というようなレベルで「分類法が違うだけ」ならば、別にAさんとBさんの考え方が違っていたってどうということもないかもしれない。
しかしながら、この”アイドルを描いているかいないか” という「分類」の場合は、この「分類」がわざわざなされた背景には、主張者の中で ”アイドルを描いている” という事柄になんらかの肯定的な性質が見出だされているということがあり、"アイドルを描いているもの" と ”アイドルを描いていないもの” では、少なくともこの観点から注目した場合には後者より前者の方が魅力をもっている、という価値判断・優劣の判断が「分類」の中にこめられている、と考えるのが自然であろう。
主張者は、 自身の行為を "単なる「分類」である" と定義することによって、対象への価値判断・優劣の判断を一方的に下しておきながら、しかも他人と判断の正当性を争わずに済むたてまえを持つことができるわけである。

と、ここまで書いて、では私自身はこのアニメが ”アイドルを描いている” と考えるのか "描いていない" と考えるのか、そこで言う「アイドル」らしさとは何なのか……、という話に入る前に、書くのに飽きました。


 
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No title

ああ、つまり2chの日常ですね

Re: No title

REOさん、初めてお目にかかります……、ということで、よろしいでしょうか?(すでに私が存じ上げている方でしたら、申し訳ありません。)
本記事がかなり屈折した表現ばかりしているものであるため、拙文中の何に反応していただいたのかはかりかねるところもあり、また2chには疎いもので、確かなことは申し上げられませんが、そういう場所もあるかもしれませんね。
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