それは、誰に対する問いかけなのか

 
※ ↑タイトルと関連があるような話は、この記事には出てきません。いわゆる、タイトル詐欺ってヤツです。



天下P 君はずっと幸せだった? 13年01月23日 22:25



春香さんは可愛くて、幸せ。 - メモ書きライフ
君はずっと幸せだった? - 箱の外から
にごってるけどにごってません 1月23日紹介作品
123の日 - 今日もはいさい!
なんか言いたくなったこと 君はずっと幸せだった?



最近も、可愛いかったり面白かったり興味深かったりする春香動画がいろいろあって楽しいことですが、このところは、大体誰かしらがさっと動画について書いてくれるので、私としては、うむうむなるほどなあ、と相槌を打ったり、にやにやしていたり、うへえ、と驚嘆したりするだけで、話が済んでしまうことが多いですね。
そういうわけで、この動画についても、いろんな方が書かれたことを読んだだけで大体私は満足していて、あまり私自身の意見というようなものはありません。けれどもまあ、せっかくの機会なので、いくつか気になった点について、自分なりの整理をやっておきます。







・「赤い花」について

上記の通り、天下Pのこの動画については、ブログでいろんな方が語られていますが、それら以外の視点からの語りもありました。つまり、「赤い花は枯れてしまった」という印象的な歌詞に着目して、この「枯れ」た、というのは何のことなんだろうね、という話をtwitterで何人かの人がしているのを目にしたのですが、それらはブログでは出てきていません。
で、それらtwitterでの語りもまた、語り手各々の個性が見事に反映された内容でとても面白かったのですが、それはそれとして、私自身の「赤い花」についての見解は、K_1155氏に近いと思います。

私は歌詞、というか詩の読解はあまり得意ではないので、この歌のこともよくはわかりません。
ただ、この詞、語り手が失恋した気持ちを語っているようだな、という雰囲気は察せられます。そして、歌のタイトルにアネモネ、とあるので、ここで出てくる「赤い花」は、普通に考えればアネモネのことであり、そして赤色のアネモネの花言葉をググると、「君を愛する」と出てきます。なので、これで枯れちゃったと言われているのは「君を愛する」こと、「愛」であって、お相手の誰かさんがどうこうなった、という話ではないだろう、と。
まあ、私、花言葉って嫌いなんですが、それは置いといて、歌詞自体については、そう解釈するのが素直かな、と思います。(もちろん、動画において歌詞にどのような意味が持たされているか、ということは、また別の問題ですが。)

ただ、愛は枯れてしまったのだ、嗚呼。 でおしまいではないのが、この曲のミソなところで、タイトルはアネモネの「咲く」「春」に、であり、歌詞にも「凍土に顔を出した」という芽生えを思わせる言葉が出てくる。(それが、現に今、現に新しく出てきた芽なり花なりを目にした光景を歌っているのか、眼前の光景ではない夢想を歌っているのかは微妙なところですが。)
ともあれ、赤いアネモネ、から「赤」を引いた、ただのアネモネの花言葉をググると、「はかない恋」とか「薄れゆく希望」とか「期待」とか「可能性」とかでてきます。また、赤以外で歌の中に出てくる色は「白いため息」の「白」ですが、白いアネモネだと「真実」とか「真心」とか。便利ですね、花言葉。

動画で使われていない後半の歌詞を見ると、もっと直接的に、まだ君との再会を願っているんだ、みたいな言葉も出てきますが、つまりは、単に失恋して絶望して真っ暗だ、というよりは、未練とか捨て切れない願望みたいなものが横溢していて、何か空虚で悲哀に満ちた明るさのようなものが描かれている歌なんだろうな、と思います。K_1155氏の記事で、アネモネには球根があるから、花は枯れてもまた芽が出てくる、ということが書かれていたのは、なるほどと思いました。

ちなみに、私が花言葉は嫌いだというのは、花言葉というものを使役することによって、こうやって「この場面で出てくる〇〇の花言葉は××。つまりこの場面は△△を表わしているんだよ」という形で、本来多面的で複雑な存在であるものを、豆知識的で一対一対応の、単純な意味付けに落とし込めてしまうからです。
そこらへん、「アネモネ」というキーワードを足がかりにするにあたって、その生態やそれをめぐる神話伝説を視野に入れて意味を考えようとしているK_1155氏のアプローチは、流石だと思いました。



・「(怪しいヤツ! 警察を)呼ぶぞ!」について

2:25頃のシーン、無印版アイドルマスターで初回プレイ時に出てくる例の選択肢ですが。
この出会いイベントでは、「運命の出会いを信じてる? 」「キミは誰だい?」「怪しいヤツ! 警察を呼ぶぞ」の3選択肢が表示されます。
動画上で選択されるのは、「怪しいヤツ! 警察を呼ぶぞ」の選択肢ですが、通常、MADにおいてもっとも使われやすい象徴的な選択肢は、言うまでもなく「運命の出会いを信じてる? 」であって、この選択肢を使うのはちょっと珍しい。そのことにどのような意味がこめられているのか、は私にはよくわかりませんが。
ただ、このシーンでは画面が拡大されて台詞が一部しか映っていないので、この選択肢の意味がどうこう、ということではなく、残して映した「呼ぶぞ!」という言葉に意味がある、という見方もできるかもしれません。

ちなみに、「運命の出会い〜」の選択肢が使われた動画の例は枚挙に暇がないわけですが、やや珍しい、「キミは誰だい?」が使われた動画の例として、この作品がありますね。

ウィンウィンP アイドルマスター 春香「Q x Q」 10年04月03日 20:30



・「君はずっと幸せだった?」について

この歌のサビ部分は、

 赤い花は枯れてしまった
 君はずっと幸せだった?
 Too Late

という同じ歌詞の繰り返しであるわけですが、動画では一番最後の歌詞のみ、

「ずっと」幸せだった? 

ではなく

「今日」幸せだった? 

になっています。
元の歌全体も、一番最後のみ「ずっと」ではなく「今日」となっているのですが、先述の通り動画では曲が短縮して使われているので、この部分を残して最後に置いたのは、意図のある編集ではないかと思われます。
つまり、ここでは、「幸せだった?」という問いかけは、これまでの「君」全体ではなく、今この場にいる「君」だけにかかっている、のかな、と。



・解釈の振れ幅について

動画についたコメントを見ても、またこの動画に触れたブログ記事を見ても明らかなように、天下Pのこの動画は、見た人ごとに千差万別な捉え方をされているわけですが。


FRISKP アイドルマスター 「君に」 11年01月26日 23:50



ここでFRISKPのこの動画を引くのは、単に、タイトルに「君に」とあったから、というだけなのですが。
”「僕」から「君」への思いを綴る”というような内容の歌を用いて春香について表現する時、たとえばこのFRISKPの作品がそうであるように、無印のストーリー(もしくは、エンディング)一個のみが前提であれば、その歌われている「僕」と「君」の関係は、「プロデューサー」と「アイドル」の関係に、あるいは「画面のこちらにいる私」と「画面の向こうにいる君」の関係と一対一で対応するものとして、容易に読み替えることが可能であり、その点について見る人ごとの解釈の振れ幅はそれほどなかったように思えます。

それと比較すると、天下Pの本作においては、まずその歌詞上の「僕」と「君」が動画上の何に対応するか、を考えるだけでややこしい、ということがわかります。
何故ならば、この動画の中には、単純に考えても

・無印素材のコミュ上の春香
・2素材のコミュ上の春香
・2素材のステージ上の春香

と、

・無印コミュ上で春香をプロデュースしているP
・2コミュ上で春香をプロデュースしているP
・この物語の語り手
(追記。 「街頭にいる誰か」ってのもあったな。)

という複数の要素が存在して、そのうちのどれとどれが繫がっていると解釈するかによって、読み取れるストーリーが変わってしまうからです。

どれも繫がっている二人の人物の話なのだと思えば、彼女と一度は破綻したけれど再会して幸せにやっている物語になるかもしれないし、どこにいてもずっと幸せであり続けている物語にもなるかもしれない。どこかに断絶があると考えれば、過去の彼女とは別れたけれど今の彼女が隣にいる物語になるかもしれないし、遠くに行ってしまった彼女を眺めている物語にもなるかもしれない。

まあ、読み手によっては、どう解釈するのが一番確からしいか、を厳密に考証できる人もいるかもしれませんが、ここで重要なのは、どの解釈が正しいかではなく、この動画がそのように、何を前提とするかで容易に捉え方が引っくりかえるものであり、そしてその、何を前提とするか、という部分が、読み手の心情に大きく影響され、そして読み手ごとにその心情に大きな差異のある性質のものだ、ということです。
そうした点で、この作品に対する捉え方の振れ幅の大きさは、現今この動画を見ている人たちの体験、心境の多様さを反映した事柄なのだと言えるでしょう。


人によって千差万別の捉え方、感じ方がある動画、というと、いろいろ連想される作品はあるでしょうが、『なんか言いたくなったこと』のみな川氏が、天下P作品の次に浅葱Pの作品に言及されていることは、とても興味深く、そして意義深く思います。

なんか言いたくなったこと おなじ話

浅葱P 【アイドルマスター】おなじ話【春香】 11年09月12日 22:29



浅葱Pのこの作品もまた、無印の背景と2のステージが混在して複数の世界の存在を思わせる動画であり、語り手と「君」との関係を歌った曲を用いた動画であり、そして見た人ごとに異なる捉え方がある作品です。

個人的に、2011年下半期のニコマス20選を見て回っていた際、選んだ人ごとの感じ方の多様さが非常に面白いと感じたのが、この『おなじ話』という動画でした。
20選でのコメントを読むと、この動画を見た人の感じ方は、直感的に「幸せ」を感じた人と、直感的に「別れ」を感じた人に綺麗に分かれていて、そしてその感じ方の違いには、各々の体験、心境、立ち位置が色濃く反映されているように思えたからです。また、平素必ずしも観測し難い、ああ、この人はこう感じて生きている人なのか、という、そうした立ち位置が、『おなじ話』への感想を通じて表出していると思えたからでもあります。

読み手ごとの体験、心境の多様性が作品への感想に如実に反映されている、という点において、天下P作品と浅葱P作品には確かに似通っていますが、ただ、私の中での両作品の位置づけは、少々異なっています。

『おなじ話』で使用されている曲を最後まで聴くと、末尾に、話のシチュエーションがよりはっきりする歌詞が挿入されているのがわかります。しかし、浅葱Pの動画においては、その部分は意図的にカットされて、ステージ上の春香の笑顔で最後が締めくくられるようになっています。(ちなみに、当時私が書いた記事では、そこらへんをボカして遠回りに書いていたのですが、トカチPの『おなじ話』についての記事を見ると、その削除された文句がはっきりと書いてあったり。)
そのようにして、語り過ぎているところを表現から削り落としていって、時節ごとの文脈、個々の立ち位置を超えた、より普遍的なものを内包した表現に到達した結果の一性質として、読み手ごとの多様な感じ方を許容する、作品の懐の深さが生まれたのだと思うのです。

一方、天下P作品の場合には、たぶん作者の内には、明確な問題意識、描くべきストーリー、語るべきメッセージがあるのだと思います。
けれどもおそらくは、本作が、ストレートに他者に向かってメッセージを展開する、というよりは、より内省的に作者自身の問題と対話する動画であるが故に、そしてその問題が多くの人にとって琴線に触れるテーマであるが故に、それぞれの人が、それぞれの人の立ち位置に引きつけて読み取らずにはいられない空間が形成されたのでしょう。

ところで、2011年下半期ニコマス20選の時、もう一作、私が選者ごとの感想の違いを興味深く感じたのが、下記のわるつPの作品でした。(この動画については、述べようと思うと少々話が込み入るので、ここでは立ち入りませんが。)この動画もまた、みな川氏が記事で取り上げられているのが、個人的にはとても面白かったです。

わるつP アイドルマスター だからもっと遠くまで君を 11年12月16日 02:35


なんか言いたくなったこと だからもっと遠くまで君を



・天下Pについて


①天下Pの作品について

表現する内容から天下Pの作品を大別すると、

・「春香」について思索する作品(後述)
・「アイドルマスター」について思索する作品(『100年後のアイドルマスター』『天如水星高我三萩双菊』)
・具現化したいイメージを具現化している作品(『【Novelsm@ster】如月千早の真夜中散歩 ~日常とは斯くあるべき~』『私の夜明けは殺されました』)

の3つに分けられるかな、とか思っています、いまのところ。


②ノベマスPとしての天下Pについて

・長い期間を視聴者として過ごした後に動画作者として活躍するようになったこと
・ノベマスを中心に活動しているが、長期の連載作品を持たず、5〜40分程度の短・中編で様々な題材を取り上げるスタイルを取っていること。
・作品ごとに、PVも含めた、多彩な演出、表現方法を用い、使い分けること

天下Pは08年に動画を投稿された経験があるようですが、基本的には2012年以降に活発に活動し、認知されるようになった動画作者です。上記したような点において、このPは近年のノベマスP(もしくはニコマスP)らしい特徴を兼ね備えている作者だと言えるでしょう。


③春香Pとしての天下Pについて

『【Novelsm@ster】天海春香が死のうと決めた日』
『【Novelsm@ster】名も無きボクに出来ること』
『【春香】バック・トゥ・ザ・アイドル【誕生祭】』
『【Novelsm@ster】天海春香が生きると決めた日』
『君はずっと幸せだった?』

と続く、天下Pの春香についての作品群を眺めると、

・「僕と、僕が想っている彼女」もしくは、「彼女と、彼女が想ってる誰か」について思索する
・パラレルワールド、ifの世界・if未来・ifの選択肢について思索する

という一貫した興味を持って、このPが動画を作り続けていることが窺えます。近年の春香をめぐる表現の動向の中でも、特色ある位置を占めていると言えるでしょう。



・要するに

いろいろ散漫に書き並べて、つまりお前は何が言いたいんだと。最初に書いた通り、どうもこの動画について、あんまり私自身のはっきりした意見というものは形成されなかったのです。
それに、この上まだ『天海春香が死のうと決めた日』から書き起して考えていくとか、考えただけでも面倒でやってられんし。

ただ、この動画を見て、何も難しいことはない、春香さんが幸せで可愛くて素晴らしいんだよ、と感じる人もいるし、何かとても受け入れ難い、やり切れないものを感じる人もいる。
どちらの感じ方をする人間も、私自身の中にも棲んでいるので、一方の側に立つと、もう一方の側はひどく間違った不幸な場所にいるように思えます。
けれども、本当は、どちらも同じくらい根本的に間違っていて、そして同じくらい正しい真実なのでしょう。
だから、どの感じ方をする人間も、今ここに並立して存在することができているんだ、と。それでいいんじゃないでしょうか。

つまり、前書きだけ読んどけばこの記事はOKだったってことだよ!
締まらねえ記事だ。

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