二日目の感想をバラバラと


二日目からは、普通に心理的な準備をして順繰りに見ていったので、一日目のような迷子感覚になることもなく。一日目より状況が掴めてきた結果、一日目はよくわかっていなかったことが納得がいったり馴染んだり、という部分も多かったです。ただ、そういうものがない状態での印象は、それはそれ、ということで、一日目について書いた内容に訂正や追補を加えることはありません。
普通に集中してより多くの枠を見た分、見た全部についてなるべく記録しようというような気も起こらないので、ただ自分が全く忘れてしまわないようにという程度のメモをしておきます。例によって、具体性のかけらもない、ふわふわした印象だけのコメントです。



mknP、あとりえP

二日目最初にみたこの二枠は、連続一体のものとして私に記憶されたので、まとめて。
ジョジョのスタンド的に言うならば、近距離型でパワーと精密性を兼備した二枠。もの凄いパワーが伝わってくるのだが、同時に非常に正確で緻密。
そして両者ともに、やってやるぞ、というまっすぐな気概に満ちあふれた枠だったと思います。今のこの人にはこういうものを見せてほしい、と視聴者が期待していたものをストレートに見せてくれた感。ami=go氏も書かれていましたが、あとりえP枠はPの煽りも印象的でした。
また、mknPは響、あとりえPは真美、と、最愛のアイドルのソロを一番最後に持ってきて、衒いもひねりも一切なく、めんどくさいかめんどくさくないかという話で言えば、めんどくささの微塵もない叫び方で、この子が僕の一番好きな子です、この素晴らしい人をみてくれよ、と叫んだのが、かっこよかった。連続一体だと思ったのは、そこが共通していたからですね。


ぐうりんだいD

枠のテーマ的にも実際の動画においても、SPの美希、が中核にある枠。VRFあんまり真面目に見ていないのでよくわからないですが、SP素材中心で組まれた枠って、VRF、VRL通してこれが初めてでしょうか?
SP美希は、未だ総括されていない存在である。総括するって一体どういうことだ、ということはとりあえず置いて、そういう問題意識を持っている人は少なくないと思います。2という新たな基準線ができて時間が経ちつつある今になっても、SP美希の物語、SP美希という存在をどう受け止めるのか、未だ多くの迷いがあるのではないでしょうか。
けれどもここに、ひとりでそんな美希を見つめ、続け、考え続け、一歩一歩形にしてきたPがいて、今この場でそれを30分のセットリストという形にして示した、と。それが他者にどう働きかけて世界をどう作り替えるものだから凄い、ということではなくて、ただ、この時、この場所にそういう石が置かれた、ということそのものが大切なのであり、その場に居合わせることができて、本当に良かったと思いました。

SPモデルの表情の魅力、ということは前から言われていましたが、こうして眼前にしてみると、無印とも2とも違う豊かな魅力がそこにあって、それを生かしてこんな世界が形作れるんだ、と改めてしみじみ思った枠でもありました。
あと、これはこの枠のというより単に個人的な問題の話になりますが。この前の美希誕生祭、そしてこのぐうりんだいD枠の最後の方と、しばらく見ていなかった無印美希をたびたびじっくり見て、このモデルの喚起する、2のモデルにはない、なにか自分の中で忘れていた部分のイメージが沸き上がってくる感覚がしたのだけれど。ではそれはどういうものなのか、がまったく言葉にならず、その個人的問題を後あとまで引きずり続けた結果、あちこちの枠で美希を見るたび、枠の流れと関係ない意味不明のコメントをしてしまうことになって、忸怩たる思いをしています。


しょうひら氏

以前も書いたことがありましたが、私は一時期春香コミュの生放送に入り浸っていたことがありまして(最近は時間的な都合で滅多に見ていませんが)、しょうひら氏は、そのきっかけとなった、最初に見た生放送の生主であり、それは私がニコ生そのものを初めてみた体験でもありました。
そういうわけで、放送のファンとして見た生主:しょうひらPについて、いろいろ思い出はあるのですが、ひとつだけ。
いつだったか、ニコマスLineRadioコミュの生主が、おすすめ動画を紹介する、という放送を見に行ったことがありました。(LineRadioコミュは、「ネタ・紳士系を除く、ガチ系の動画のみを流す」ことを活動方針として、生放送を行うコミュ。しょうひら氏は元々LineRadio出身の生主。)
そういうコミュの放送だけあって、たとえばその時私が見た、もう一枠の放送の主であったT.TIM氏のセットリストは、認知度の低い良作を紹介するというコンセプトで、チョイスとその理由の一つ一つに唸らせられる内容でした。
一方、その時のしょうひら氏のセットリストは、たとえば20選の時に探せば全てまとめ動画の目立つところに載っているような、人口に膾炙した動画ばかりが並んでいるものでした。そこで氏が、珍しい要素の何もない内容であることを照れながら、でも、これが好きなんです、と言ったその言葉は、決して強い口調も主張も伴っていないものであった関わらず、今でもまざまざと記憶に残っています。

さて、今回の、「天海春香スペシャルソロステージ」と銘打たれた放送。
生主や見る専でも参加出来るようになった、からと言って、恥ずかしがらずにこれをやりたい、といきなり手を挙げられる、ということ。
しかも30分の枠で、天海春香というアイドルの歩んできた道、成長を表現するようなライブをやるんだと、だから全てを公式曲で通したセットリストにしよう、と。ある意味どこにもひねりがない、普通にすぎるコンセプトで、それでいて意識すればするほど気恥ずかしくなるような壮大さが籠っている。
そういうものを、何のてらいも迷いもなく、この場でやりたいです、と当たり前に言える、ということ。
ここにいるのは、そういうものを心の芯に抱いているプロデューサーであり、そんなPの見ている天海春香である。
そういうステージでした。掉尾に、かのんPを持ってきた上での、あの曲、あの動画。よくぞこんな直球の中の直球を、と思います。

放送中の雰囲気について。通常の春香コミュでの放送だと、どういう動画が来たらどんな反応をするか、というノウハウが固まっているし、そうでなくても、どうせ集まっているのは春香好きのクラスタだけだから簡単にノリを共有できる、みたいなところがあります。そういうコミュニティの外でのこういうセットリストだったので、コメントがどんなノリで動画に反応するか、というところに手探り感があって、面白かったです。
あと、小ネタとして。祭りの名物、内科部長氏の広告の、この枠の広告メッセージは、

「どうも!春香派です!」

でした。
ええ、別に、浮気芸とか〇〇派ですポーズ芸とかを持ち芸にしている方でもないのにね。
心にも無いことを。
とか思いますが、まあこれは祭りなので、そういうノリも大事、ということで。


ドドリアP 

初っぱなの五分以上をMCとジングルで費やして、しかもその内容がくだけていて想像の斜め上。しかも、肝心のセットリストは動画4本しか流しません、という宣言で、早々に「今年の前衛的めんどくさい枠」というタグがついたドドリアP枠、いやドドリア劇場。
とは言え、見終わって振り返ってみれば、その "めんどくさい” 構成は必然のものだったわけです。元々寡作であり、しかもその途中に2の発売前・後という大きな区切りのあるこのPが、とにかくなんとか自作で30分埋めればいい、というのではなく、コンセプトを持ったリストを組もうとすれば、4本のみ、という内容になるのは当然のことです。そして、しかしながら場が30分1セットの生放送である以上、見せたいのはこの4本なのだから4本並れば伝えたいことは伝わるだろう、とはいかないわけで、30分の中での時間の使い方を考える必要があります。”めんどくさい” 構成、斜め上のトークは、本質的にはシンプルでガチガチな内容を、ニコ生という場に適応した表現にするための、最善にして必須の手だったわけです。
「前衛的にめんどくさい」という言葉がVRF/VRLにおいて発せられたのは、VRF2010一日目のかきPの枠における、視聴者のコメントが最初でしたが。そういう意味では、ドドリアPのそれとかきPのそれは、数本しかないセットリストと長く斜め上なMC、という結果としての構成こそ似ているものの、異なる意味を帯びたものです。かきPの場合は、当人の構想次第でいろんな選択肢が有り得た中で、あえてそんな内容にしてきた、という点がミソだったからです。

そして、私の認識によれば、かきPにおける「前衛的に」という言葉の含意は、単に、狙いに狙ってそういう独創的な試みをしてきたから、ではありません。
私の記憶が正しければ、かきPが最初に流すために用意していた動画は枠開始時点で非公開のままであり、放送が始まっても動画が流せないという事態が生じました。そして、そういうアクシデントはその枠一つのことではなく、たとえば動画を流す予定だったPが結局本番で動画を公開できなかった、とか、当日になっても連絡が取れない出演者がいる、とか、そもそも人が集中し過ぎてまともに動画を流すことすら困難、とか、いくつもの、(事故に限りなく近い)事件の積み重なりが、それまでにあって。もう一歩踏み外せば、単なるグダグダした時間の塊へと崩壊するだろう、渾沌とした状況で、運営と参加者とのその場ごとの咄嗟の機転、呼応によって、それが奇跡的に熱気へと転化していった。そういう経過の中に、その事件もあったのです。
朦朧とした記憶で、事実に即しているかどうかは自信がないけれど、「前衛的」というコメントも、まだ動画が流れていない事故の状態で生まれた気がします。こんな状態でこの枠一体どうなるのだろう、という、皆が笑いながらも困惑しつつある空気。その時忽然と打たれた、「かきPは前衛的にめんどくさいからな」というただ一個のコメントが、そうか、この状態そのものを、こういう存在、こういう人となりのPの表現として受け取ればいいのか、という認識を指し示し、その枠の空気を方向づけた。少なくとも、私にとってこの言葉は、そういう言葉でした。P自身が斜め上を狙っていながら、けれども実際にはその想定よりももっと斜め上の状況が引き起こされたからこそ、そこには「前衛的にめんどくさい」という言葉が生まれたのです。

そういう意味では、言葉自体が様式化して冠されている、現在における「前衛的にめんどくさい」という言葉は、それが冠される動画作者の個性の違いのみならず、2010年におけるVRFと2012年におけるVRLという二つの祭りの間の変化をも、映していると言えるでしょう。未熟と未知数と不安、という瓢簞から駒のように生まれでたものから、成熟と計算と確信のうちに、それぞれがそれぞれの場所で描き出すものへと。


赤ペンP

さてここで、VRLを遡ること2週間ばかり前、さるブログで亜美の「歩いて帰ろう」について何が書かれていたか、思い出そうではありませんか。

すごろく迷走格納庫 (調整中) ペーシェント ライブ会場を往く 

「やはり人間というものは、とかちに生まれ、とかちに帰っていくものなのだなと、亜美の歌うこの曲を聴き、赤ペンPの動画を見た皆様は思われたことだろうと思います。」

ここで、人間=ライブ・ライブの観衆、動画=セットリスト・放送枠、と読み替えてみれば、どうでしょう。(タイトルが「ライブ会場」となっていることが、読み替えの手がかりを示しているでしょう。)さらには、文中、双海家のアイドルを表わす言葉を「亜美」に限定せず、「とかち」と表現している点にもご注目ください。

つまり、この記事は、今年の赤ペンP枠の、亜美真美とこの曲が鍵を握る展開を、予言していたんだよ!


いちじょーP

タイムシフトなし、流れた動画も大半非公開、ということで。一期一会。あの時間、空間を体験することができた、幸せな巡り合わせに、感謝します。
終わってからすぐ、記憶はあやふやに溶けて混ざっていって、どの曲どの動画がどうだった、ということはもう憶えていません。ただ、普段自分が見て聞いて知覚している世界から浮き上がった、非日常の時間と空気に身を浸していた、夢心地の感覚だけが残っています。
小説を読んで、あるいは舞台や映像上で演じられたものを見て、この時間が終わってほしくないと感じたことはありました。けれども、音楽会において、純粋に音楽を聴いていて、この時間がいつまでも続いてほしいと、この空気にもうしばらく包まれていたいと、そう思ったことは、私のこれまでの人生において、どれくらいあったことでしょうか。終盤の『フタリの記憶』から『LOST』にかけて、彼女たちが紡いでいる言葉は、この時間を愛惜する聴き手の心情、そのものを代弁してくれているように、私には思われてなりませんでした。

「あなたがすき」 いつからだろう
ずっと傍にいたかった…
いつまででも どこまででも
ねぇ…忘れない恋だから
「あなたがすき」「あなたがすき」
ずっとずっとすきだから 今は
泣いていいよね…

そして、幕が降りた後、その余韻を守りつつ、日常へ帰る橋渡しをしてくれた『TOWN』の優しさよ。


(しおP、音P)

いちじょーP枠が終わってからの1時間は、未だ余韻から醒めきっていない感覚というか、余韻を消したくない気分もあって、ブラウザを開いてはいたものの、動画を見ていたとは言い難く、横目で雰囲気だけを楽しむ感じでした。(しおP枠は、2日続けてこの扱いである)
しおP枠は、とにかく最初のRitsuko Akizuki dances “Tong Poo“ from BTTBが、夢から現実に返りきっていない精神状態にしっくりはまる距離感で、音Pは、ぼんやり眺めていても目を優しく癒してくれる朝焼け色が、ここまで過ごした時間を反芻させてくれるようで、能動的に参加することはできなかったけれど、いい時間を過ごさせて貰いました。
 

メイド好きLP

視聴復帰した枠にして、当夜最後の枠は、メイド好きLP。
開口一番の、こんなP名だけどメイドさんは出て来ない、とか、大音量で目覚ましにちょうどいい、とかいうトークの時点で、ああこの枠はこんな風に構えずに過ごせばいいんだ、という空気が出来ていたように思います。
初めから終わりまで、絶妙の手足の力の抜けぶりと動画の勢いが痛快きわまりなく、それまでいろいろ続けて見てきての疲れや湿っぽいこと、難しいこと、重くなったものを全部かる〜く持ち上げて飛ばしてくれる枠でした。とにかく見ていて楽しかった、元気を貰った、ということに関しては、3日見た中で一番だったと思います。
りつこぉぉぉぉぉ!とか、ストーリーとか、ギターみたいな千早ちゃんとか、大好きな動画いっぱい見られて、嬉しかった。

ストーリーは、一本だけ随分浮いている気がするんだけど、実際見てみると、あの位置にあるのが必然と思える不思議。ギターみたいな千早ちゃんの時は、作者自身が、当時の自分は何を考えていたんだ、すげぇ、などと言い出して、コメントが総ツッコミ状態に。そりゃあ、本人にわからないのなら、誰にもわかるわけがありません。
そこからの、感傷的な要素、綺麗に締めをつける要素一切なしに、最後の最後までテンション全開、踊りまくって幕切れとなる展開。
酔っぱらって予約され、「酒でも飲みながら」という言葉とともに始まった、そんな枠のラストの言葉は、「おつかれ」でも「ありがとう」でも「またね」でもなく、「乾杯!」。かっこよかった!



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No title

お取り上げ頂きありがとうございましたコメントなのですが、
まぁこういう場合はシンプルな表現でその本質を
言い当てるのが「たった一つの冴えたやり方」なんでしょうね。
では改めて御礼の気持ちを込めて。







ねーよwwwwwwwwwwwww

Re: No title

赤ペンP、いらっしゃいませ!

このように与太な内容しかない記事に丁寧に反応をいただけまして、恐縮の限りです。
こう、赤ペンP枠に関しては、K_1155さんや胡桃坂さんがガチでがっつりと語りこまれているので、私は遊んでてもいいかなー……、というような安心があったもので。

シンプルに表現されましたコメントについては、

何故ばれたし。

と言いそうになるところでしたが、当ブログの公式見解には記事中に書いた通りですので、ノーコメントとさせていただきます。

では、コメントありがとうございました!
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