別に、何か新しいことがわかった、という話ではなく


そして別段、今になって初めて考えた事柄というわけでもなく。
ただ、なんとなく今書く気分になったから、ということで。



sabishiroP (「弥果P」名義) THE iDOLM@STER HARUKA AMAMI Stages of Obsession 【みんな、しわっす!3】 10年12月26日 22:34







上の動画を最初に見た時、私はあんまりどういう話だかよくわからなくて。


Augenblicke:iDOLM@STER HARUKA AMAMI Stages of Obsession


そこで上記の記事を見て、なんとなくわかったような気分になって、最初に見てひっかかったいくつかの点について、それ以上考えることもなく忘れていたのだけれど。改めて考えてみて、あれは別におかしいことではなかったんだなあ、と個人的に疑問が解消した点と、未だよくわからない点の二つについて、記しておきます。




納得がいった点。


sabishiro obsession 0:01 のコピー


最初にひっかかったのはここで、衣装が「スウィートブレイクガール」であること。
ここからの一連のステージシーン、ドームで「思い出ルーレット」を回す、という、無印での(最上級の)ラストコンサートを想起させるシチュエーションになっているのは周知の通り。けれども「スウィートブレイクガール」はL4UとSPで初出したDLC衣装だから、"Xbox360モデルのアイドルが「スウィートブレイクガール」を着てラストコンサートで踊る" という状況は、ゲームの中のシチュエーションとしてはありえない。
2点目は、ここでの「思い出ルーレット」が、すべて ”一個だけがGoodで、それ以外全部がBad” という状態になっていること。未だにこのゲームのシステムについてよく理解していないので、確かなことは言えないのだが、これ、思い出数をどう調整したとしても、実際のゲーム中でこんなシチュエーションが出現するのだろうか? 少なくとも、尋常にプレイしていて遭遇するとは思えない。
ラストコンサートのシステム面ではもう一つ、私は気づかなかったけれども、動画についたコメントで、最後の方の展開について「本来は思い出無くなったら自然増加止まるよね?」という疑問が書かれている。

総じて何がひっかかったかというと、このステージシーンが、見た目はラストコンサートそっくりに作ってあるにも関わらず、実際にはゲーム内のラストコンサートとしてはありえない内容になっている、ということ。
もちろん、無印で撮影したラストコンサートの映像をそのまま使用するのと、どちらの方が融通が利くかを考えれば、ここでL4Uの素材が使用されていること自体は不思議ではない。けれども、見た目上無印のラストコンサートを再現することだけが必要なら(言い換えれば、"周回してラストコンサートに立つこと” だけを表現するのが目的であれば)、ゲーム内と矛盾しないシチュエーションに設定しても良かった筈である。

そういうわけで、このステージのシチュエーションがひっかかっていたのだけれど。
考えてみると、この春香は、廃屋になった旧事務所に「お姫さまティアラ」を置いてひとりでステージに立つようになった時点で、すでにプレイヤーが遭遇可能な無印の52周(+ラストコンサート)の外に出ているわけである。単に初回プレイと同じシナリオをループしてラストコンサートを繰り返しているのではない以上、むしろこのステージが "プレイヤーがゲーム内で見ることはありえないラストコンサート" になっているのは当然なのだな、と。
無印ドーム成功EDの向こう側でL4Uを読み直しているというか再構築しているというか、そういうことなのだな、と思いました。とまあ、それだけのこと。



まだよくわからない点。


sabishiro obsession 0:49 のコピー


こちらのステージシーンは、場所が野外ステージ、ダンスが「shiny smile」なので、会場やダンスでは無印と区別できない先出のドームステージと違って、明確にL4Uでしかありえないシチュエーションになっている。
衣装の「カジュアル」は無印ではDLCで購入しないとステージ上で着させられないが、L4Uでは初期から使用可能であり、またアイドルにとってみれば、アイドル活動やプロデューサーとの思い出と関係なく元から所持していたであろう持ち物でもある。

また、唯一装備しているアクセサリーは、「作曲家の先生からもらった、思い出のプレゼント。」こと「銀のペンダント」。zeit氏の記事でも触れられている通り、「お姫さまティアラ」と並んでゲームのシナリオ内で入手タイミングが決まっている特異なアイテムである。
ただ、ここでこのアイテムが存在することの意味は、確言しがたい。(初期周回時の)Pとの関係と連動せずとも思い出となり得る品物だからこそ残存(または再入手)している、とも解釈し得る(手許にある「銀のペンダント」は作曲家からのプレゼント⇔すでに手許にない「お姫さまティアラ」はPからのプレゼント)し、逆に(初期周回時の)Pとの活動の思い出と強固に結びつく品物だからこそ残存している、とも取り得る(初回営業は、アクセサリーの入手、次週でアイドルからどんな内容だったかクイズを出される、と特殊なイベントが多く付随する、52週の活動の中で特別性のある存在である。)

参照:銀のペンダント - ニコニコ大百科

で、この「銀のペンダント」の扱いとも関わってくるのだけれど、よくわからないのは、この野外ステージのシーンが、時系列的にはどう位置づけられるのか、ということ。
そもそも、「思い出ルーレット」を回している方のステージが果たしてこの春香にとって何周目の出来事であるかもわからないし、zeit氏の記事でも「この(中略)1年の、スタートラインの頃なのか、それとももっと前なのか。(中略)1年の始まりと終わりを示しているのかも。」と、確定的な書き方はされていない。

そしてもちろん、野外ステージの春香とドームの春香は同じ時間軸上の存在である、と、どこかに明記されているわけでもない以上、そうではない読み方もまた、消すことはできない。
この二人の春香はそれぞれ異なる可能性、異なる世界へと分岐した存在であって、二つのステージが交錯する絵は、異なる世界にいる二つの存在の交信を表現しているのだろう、と思って見れば、そのようにも見えるわけである。
そうだと想定すると、以下書くこととはまったく話が変わってくることになる。

ただ、とりあえず、この話では、野外ステージの春香とドームの春香は同じ時間軸上の存在なのだろう、ということを前提として。

・衣装
(無印衣装)→カジュアル(L4U初期衣装)→スウィートブレイクガール(L4UDLC衣装)

・アクセサリー
(ティアラ+ペンダント)→ペンダントのみ→アクセサリなし

・曲
(?)→「shiny smile」(L4U初出)→「私はアイドル」(無印初出)→主題歌(アケマス初出)

このように、各ステージの登場アイテムを順列的に並べられることを考えると、大まかな流れとして

(動画中で直接描かれていない、初期周回時のステージ)→動画中の野外ステージ→動画中の「思い出ルーレット」ありドームステージ

という順番を想定しておかしいところはない。


つまり、この動画の春香は、こういう順序で立つステージを変えているのか、と。

・ステージ
(ドーム?)→野外ステージ(L4U固有)→ドーム

私がひっかかるのは、こういう順番だとした時の、アイドルマスターにおけるステージ、というものの扱われ方である。
すなわち、この動画において、春香が一度ドームに辿り着いたり、L4Uの野外ステージという新しいステージに立つこと自体は、なんらそのために特別な説明を要するイベントではなくて、再度ドームに回帰して「思い出ルーレット」を回すための前提であり過程であるに過ぎない、ように思われる。

いや、もちろん、ストーリーとしておかしいところは何もない。
ただ。春香がドームに立つというイベント。野外ステージに立つというイベント。あるいは、一度その景色の中に置いた春香を、より小さく閉ざされたステージに引き戻すという行為。
この動画の中では所与の出来事であり、それ自体は追求の対象とされていない事柄。
そこには、この動画を構成した人間にとって、何が当たり前であり問題意識を抱く対象ではないか、という感覚が表出していて、そしてそれは、何故この作者のこの動画はこのような構成、このような物語になっているのか、ということ自体と密接に結びついた事柄だと思うのだ。

私が、ドームだ野外ステージだ、というステージの違いに、このように執着するのは、一方で、各々のステージに立つ春香には、それぞれに状態、性質、過程の差異があって、異なるステージへの移行は無条件に容易に起こる事象ではない、という感覚を抱いて動画を構成しているPもまた、居ると思うからである。


・ふらいんP
天海春香(16)シリーズ

・わるつP
アイドルマスター 夜明け生まれ来る少女 春香 08年06月22日
アイドルマスター 春香サンヲノセテ 10年04月11日
アイドルマスター 空気力学春香サンと少年の詩 11年12月16日
アイドルマスター だからもっと遠くまで君を 11年12月16日


その、象徴的と思う例を、上に二つ挙げたのだけれど。もちろん、ふらいんPの動画とわるつPの動画の間にも、大きな性格の差異がある。
ふらいんPの一連の作品においては、動画内で春香が立つステージの大きさは、その春香のアイドルとしての売れ具合と、明確に一対一で対応する事象である。そうして春香の立つステージが遷移していく様そのものが、動画群のストーリー的な流れを表現している。
一方、わるつPの動画群は、そのようなストーリー的な根拠付け、動画同士の繫がりといったものは一切表にすることなく、各々の動画が表現されている。

ただ、たとえばふらいんPから『POWER GATE』の、あるいはわるつPから『春香サンヲノセテ』のステージを取り出したとして、その未来として『Stages of Obsession』にあるような「思い出ルーレット」を回すステージをくっつけることができるだろうか、と思うわけである。
私には、そんな繋ぎ方は成立しないように思われる。
そして、彼ら彼女らの間にある(と私は想像している)、春香の立っているステージ(ステージに立っている春香)についての感覚の差異は、そういう彼ら彼女らの構築する物語、世界の在り方の違いの根本にあるものなのではないか、と私は思っているのである。


あるいは、差異を浮き彫りにする、という点のみから言うと、こちらの方が話を整理しやすいのだけれど。


OGOP アイドルマスター春香と「」 10年12月17日


このOGOPの動画の中にあるものは何なのかと言えば、要するに、普通にゲーム『アイドルマスター』をプレイした時にそこで当たり前に生じる出来事、プレイヤーが目にする光景そのものである。すなわちこの動画は、OGOPがゲーム『アイドルマスター』をプレイした体験そのものの投影なのだろう。

一方、『Stages of Obsession』の中にあるものは、何なんだろう。先に言った通りこれは、どうプレイしようともゲームの中でこの通りに出現することは有り得ない光景である。では、その光景は、どこから生じてきたのか。
先ほど「無印ドーム成功EDの向こう側」と表現したのも、別段間違いではなかろうと思うけれども、もっと身も蓋もなく想像を重ねれば、つまりそれは


タクヲのじさく
春香 愛されない恋人 10年01月19日


この中にあるものの、向こう側であり続きであり、を追求している、ということになるのだろう。
つまり、二つの動画の差異を形づくっているのは、作者に動画を作らしめた基底となる体験そのもの、だと言えるのではないか。


さて、ここまでの私の文章は、ストーリーだ、ゲームのシナリオだプレイ内容だ、ということを焦点にしているように見えて(いやまあ、それもそうなのだけれど)、実は、たぶんそれとは微妙に位相の異なる問題を意識し続けていて、しかしそれはわざとぼかしてわかりにくく書いているのだけれど。


patoP アイドルマスター Thank you my girl 11年01月30日

海鮮P アイドルマスター 春香「Promise」 11年04月04日

ヨルP 春香一人舞台 10年03月02日


たとえばこれらの動画における野外ステージ、と、sabishiroPの、たとえばこの動画に現れる野外ステージ、は、同じステージだと言えるのかどうか、ということ。
ここまでの話の展開からすると、私がそれは違うものなのだ、と言わんとしているように思われるかもしれない。
けれども、本当のところ、私にはまだ、よくわからないのである。



(2012年11月末頃の未成稿を改稿)


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No title

はじめまして. いつも興味深く記事を拝読させて頂いております. 件のMADについて, わかりにくいと感じられた箇所は主に作者の未熟さや独り合点に起因するものだと思います.

1. 野外ステージ
野外ステージは日比谷野音の代替を意図しました. 結果として成功していませんでしたが. 手元には現地に何度か足を運んで作成した野音の3Dモデルがあったのですが, あのタイミングで自作背景を入れるのは構成上の収まりが悪くなるので採用を見送りました(僕にとって最も見る必要があったのは1:59から約20秒間なので). なので,時系列は野外ステージ→ドームでご指摘の通りです.

2. 楽曲
実は各曲の初出についてはあまり意識していませんでした. 主に歌詞の内容と春香との関連性, そしてBPMとの兼ね合いで曲を決めています. 今回は偶然構成と矛盾しませんでしたが, この辺りを意識して映像を作るとより分かりやすくなるのかもしれません. また, この無頓着さに作者の問題意識が奈辺にあるかというのが端的に表れるのかもしれません.

Re: No title

sabishiroP、はじめまして。お返事が遅くなりまして、申し訳ありません。
拙記事をお読みくださっているとのこと、恐悦のかぎりです。

野外ステージについては、そのように具体的なイメージがあったということ、大変興味深いです。まさしくその、どのような意図、イメージによってあのステージが置かれていたのか、というところが、私が作品を視聴して大きく関心を惹かれた点のひとつでしたので。ゲームの中でのステージの立ち位置にばかり気をとられていて、実在の会場のイメージを重ね合わせるということは盲点でしたし、純粋にそのようなイメージをお持ちだったことそのものも興味深いです。

楽曲について、初出を表記したのは、引用したzeitさんの記事に、『私はアイドル』→主題歌の移行について「箱○曲からアケマス曲、つまりは原点に戻る意味合いにも取れます」とあったことを意識していました。
もっともzeitさんの記事は、歌詞の内容自体に着目した読解により多くの文面が割かれていたわけですが、そのあたり私はまったく省略しているのは、自分で考えたところですでに指摘されている以上のことは書けないだろう、と思っていたからですね。私のこの記事が、本質的でないごく些細な事柄ばかりいじくり回すものであることが、現れている箇所であると思います。

全体として、通常ブログ記事を書く時には、何かしら私なりの主張をあるいは発見が、どこかには含まれているようにしたい、と一応思っているのですが、本記事に関しては、端からzeitさんの記事で提示されたものを越えることは意図していなくて、ただその情報に沿った確認と、あとは私自身の個人的な問題の整理だったという性格が強いです。映像表現の読解は不得手ということもあって、あまり他人に読んでいただくことを意識せず、ひとりごとの気分で書いていたところがあります。
作品の解釈につきまして、私の文章の文意不明瞭だったり的外れであったりするところは、むしろ私の方の未熟であり独り合点の顕われでありまして、書き手として反省するところの多い記事になってしまいました。
しかしながら、結果的にそのような記事であったおかげと言っていいのでしょうか、作者御本人からこのように、貴重なご教示をいただけたこと、本当に有り難く思っております。コメント、ありがとうございました。


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