アニマス20話について、ってことにしておく


cha73氏が「はるちは」をテーマに対談して記事を上げるらしい、というお話は小耳に挟んでいたので、タイミングを合わせて何かやったら楽しそうだな、とはちらりと思っていたのですが、結局特に何も準備しませんでした。
とは言え、せっかくの機会なので、そういえばこんなもの書いていたなあ、という、倉庫で埃を被っていた文章を引っぱりだしてきました。所詮は没記事のお蔵出しなので、大した内容はありませんが、ちょっとした暇つぶしにどうぞ。
(ほんとは、タイムラグ10分くらいで上げるのを狙っていたんですが、別の記事にかかりきりでタイミングを逃しました。)

この記事、何かというと元々は、7、8ヶ月くらい前に書きかけていたノベマス論的なもの、のための原稿の一つとして準備したものでした。当該時期にそのようなものが公開されていないことからわかる通り、結局それは完成しなかったわけですが。

上記の成立事情により、この記事は単品として公開するには二つの難点があります。
一つは、この原稿は本来、前後の文脈があって初めて機能する前提で書かれたものだということ。
もう一つは、この原稿は最初に執筆した時点ですでに、書き落とすわけにはいかないが正面から書くのが困難な対象について、記事を間に合わせるための、代替品に過ぎなかったということ。

まあただ、今読み返すと一応、そのまま読んで意味が通ることを書いてなくもない気がするので、説明されていない事柄については脳内補完よろよろ〜、ということで公開しておきます。






もちろん、これはたとえばなしです。


たとえば、アニマス20話の春香と千早の対話、あれは一体なんだったんだ、ということ。
少なくとも春香の側に視点をおいた時、その意味は明瞭である。

いつ頃からか、 —おそらくは春香を、孤独な/不遇な/昏い闇の底で刻苦する生き物、と感じる文脈が薄れるにつれて— 春香は千早に寄り添い、温かい手を差し伸べ、光の下に連れ出す存在だと見なされるようになった。
私はそうしたはるちはの存在を否定しないし、アニマスの春香と千早の関係もまた、そのあたりに落ち着くだろうと下算してもいた。

しかし、そうした私の事前の予想を打ち砕いたのが、

「おせっかいはやめて!」

という、千早が春香へ突きつけた一言であった。
この、春香が突きつけられた一言の重さ、鋭利さを理解することなくして、この20話が提示したものの核を理解することはできない。

なぜその一言が重いのか、鋭利なのか。
なるほど、春香は他人を想う気持ち極めて強い心を持って生まれ育った人間である。その生き方は、行動は、言葉は、歌は、いついかなる時も優しく、あたたかく、希望・誠意・生の喜びが籠ったものであるかもしれない。
だが、そのような彼女の在り方が、そのようにして彼女が発する歌が、いつでも他人に対して、彼女が望むような善き力を発揮するとは限らないのだ、ということ。いや、それどころか、その春香の在り方そのものが、そうして発される春香の歌そのものが、他人の心を傷つけ、踏みにじるものにすらなり得るのだ、ということ。

如月千早の一言が突きつけるのは、そのような世界の現実である。

お前の歌は、他人にとって無意味で有害なのだ、と。
もっと言えば、そんな歌を、お前は一体どんな覚悟のもとに歌っているのだ、と。
そういう問いを、千早は春香に突きつけている。その言葉は、如月千早の歩んできた生、アイデンティティそのもので構成された、天海春香の心臓めがけて放たれる弾丸である。

だからこそ、それに対する春香の回答は、

「ほっとかない」

である。

「ほっと ”” ない」ではなく「ほっと ”” ない」。
それは、その弾丸の持つ重み、痛みを知覚し、なおその弾丸を受け止めて踏み出す、意志を示した言葉だ。
その意志をもって千早の前に立つ時、天海春香もまた、その身、その生そのものを弾丸として如月千早の心臓めがけて疾駆する、アイドルである。

ゆえに、春香が千早へ放つ言葉もまた、ただにあたたかく差し伸べられた手では有り得ない。
「ほっとかない」という言葉は、渡されたノートは、如月千早が如月千早たる由縁、如月千早というアイドルの在り方そのものを問うている。
その弾丸を知覚し、受け止め、決断すべきは如月千早の意志であり、そこに天海春香は介在しない。

ゆえに、春香においては、彼女が「ほっとかないよ」の言葉を以て再度千早の前に立った時。
千早においては、彼女がステージに立つ意志を以てふたたび姿を表した時。
すでに、描かれるべき核はすべて描かれている。
少なくとも春香の側の物語としては、不足はない。千早の側の物語としてこれで十全かは、私には判断できないが。
重要なことは、この物語において、互いが何を突きつけられ、何を獲得するかというコミュニケーションが、双方向的に達成されたことである。

世のはるちは全てがこうである必要はないが、ここに描かれた二人の在りようは、数多のアイドルたちの中からあえて天海春香と如月千早を取り出し、対置して物語の核に据えたことの、確かな成果であり、意義であると私は思う。


もちろん、これはたとえばなしです。

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