最近は前書きを書き終えたくらいでちょうど時間と気力が尽きます


、という話。

プロデューサーの存在、というものがちょっと話題になっているようなので。


アイマスで描かれる物語は、原初的には(オーディションとかステージとかをとりあえず脇において、直接見える部分の話をすると)”ぼく”(=プロデューサー≒プレイヤー)がいて”きみ”(=アイドル)がいる、という二人だけのセカイの物語であったわけです。
それがしかし、たくさんのキャラクターが等価な位置づけを与えられて関係し合う、群像劇の物語になっていく。それは、公式にも2次創作にも存在する大きな流れです。一番進行しているだろうノベマスというサブジャンルが、今どうなっているかと言えば、アイドルもプロデューサーもそれ以外のピジションのキャラクターも何人でも出してよく、その全てに立ち絵と名前があってよく、視点をどこにおいてもよい(アイドル自身、ファン、同級生、同僚etc.)ということを当たり前の前提とした作品が数多く出現する、という状態になっているわけです。
しかしその過程で、アイマスは強い縛りのかかった特殊な形式の物語をいくつも生み出しました。たとえばある時期のあるサブジャンルに置いては、一人の男性主人公の視点から、主人公とアイドルの会話によって物語を構築するという形式が当たり前だったし、別の時点においては、1人の社長、1人のP、1人の事務員、11人(13人)のアイドルという14(16)キャラクターで構成される"765プロ”という世界を描く、というのが当たり前でした(アニマスもこの形式ですね)。

そういう、アイマスだからこそ、あるいはこれこそがアイマスだと考えられていた特殊な形式が、どのような性質を持ち、表現を生み出したのか、ということ。それを考えるに際して、「プロデューサー」という名称で表されてきた存在の持つ意味は、とても大きいものがあります。
視点はどこにあるのか。立ち絵は付与されるのか。性別は、名前は、人数は。アイドルに対して、物語に対してどのような影響力を持つ存在として描かれているのか。我々がアイマスの物語中に当然に存在すべきものと考え、描き出し、これがそれであると受容してきた物語中の存在とは、一体何なのか。
いまプロデューサーという存在に注目して過去の物語を読み直すのは、ニコマスの(アイマスの)”今”や”未来”を考えるにおいても意義のあることだろうな、と思うわけです。
まあ、私はそんな気力ないので書きませんが。これが課題動画です、と言って3~40本くらいのリストを作って渡したら、代わりにやってくれる人がいたら便利なのにね。


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