20選にかこつけて当ブログ混迷の半年間を振り返る予定だったものの残骸


残り17本分の予定はどこかへ行ってしまいました。



20選は、企画の理念や個々の思いはどうあれ投票行動であって、集計があってそれに参加する以上は、「この動画に一票を入れた」ということが第一に意味を持つと私は思っています。
なので私はこれまで、20選へのコメントの中で ”私はこの動画を選ぶ(選ばない)までにいかに悩み迷ったか” というようなことは書かないようにしていました。が、今回はタイトルのごときコンセプトなので、そういう話も入っています。(もっと入る予定でした。。。)



01 春香(日刊枠)
かのんP 日刊天海春香 ソロ 「愛 LIKE ハンバーガー」 アゼリアブライド (12/14)

かのんP 日刊1403号 27-1


半年前の20選で私は、

「今はもう16歳じゃない『日刊天海春香』の春香さんは、やっぱり毎日歌って踊っていて、毎日春香さんを見るのはやっぱり楽しい。」

と書きました。それは、今でも私の真実です。今でも(だいたい)毎日私は『日刊天海春香』を見ていて、毎日春香さんを見るのは楽しい。

けれども、その楽しさが以前とまったく変質していないと言ってしまうと、やはり嘘になります。何が違うのかをむちゃくちゃ感覚的に表現すると、私の場合、アイマスのアイドルたちを見ていて ”可愛い” ”綺麗” ”美しい” ”嬉しい” というのは、全員にあるわけです。ええ、それはもう。
しかし、たとえば”どきどき”する、というのは、春香さんにしかない。そして、”どきどき”は16歳の春香さんにも17歳の春香さんにもあるけれど、 ”きゅん” とくる、 ”ほっ” とする、 ”ぞっ” とする、となると、これは今のところ、16歳の春香さんからしか生じません。(逆に17歳の春香さんにしかないものはと言えば、 ”恥ずかしい” がありますね。時々すごく恥ずかしい見つめ方をしてきますよね、17歳の春香さん。いや、G4U!であられもないポーズをしているから、ということではなく。)
その ”きゅん” や ”ほっ” や ”ぞっ” があるかどうかの違いは、普通に動画を見ている分には大して表れません。けれども、ぎりぎりの境界線上の場所では、はっきりと表れてきます。たとえば、くたくたに疲れて今日はもう動画見ないで寝ちまおう、という時に、それでも日刊だけは見ておかないと落ち着かないな、と感じるか、たった2分の動画を見るくらい明日に回せばいいや、と感じるか、とか。半年間で一本だけ選ぼう、となった時、これしかないという一本がたちどころにイメージできるかどうか、とか。そういう場所では、未だに私の中で、16歳の春香さんと17歳の春香さんは、「ちがう」のです。

過去2回参加した20選で、私は『日刊天海春香』から必ず一本を選んでいます。その一本はどちらも、選ぼうと考えた時、これしかない、と瞬間的に思い浮かんだものでした。より以前の20選に参加していたとしても、同じように一本を思い浮かべることができたでしょう。しかし、すべての号が17歳の春香さんで埋まったこの半年を振り返った時、同じようにはなりそうにない、ということには、ある時点で気付いていました。
で、たとえば曲なら『GO MY WAY!!』だったり『shiny smile』だったり、衣装ならパンキッシュゴシックだったりグッドスリープパジャマだったり、時々馴染んだものが来るとわけもなく安心できてしまう、という感情があって。たぶん、順番をつけていくならば、上位の大半は、そういう無印の時から見知った要素がある号になるでしょう。
その中から一本を選んだとして、それは『日刊天海春香』という作品の「今」が好きだから選んだ一本と言えるのだろうか、ただ16歳の春香さんの影を追い求めているだけではないのか、と。
ならば逆に2発売以前からの曲、衣装をあえて除外して選ぶのか。そういう選び方をして、それは自分の選びたい一本、選ぶべき一本を選んだと言えるのか。結局、そうやって自分の中で見定まった一本が存在せずに、理屈で選定が左右されるようなら、私の20選として選ぶべきでないんじゃないか、と気持ちが傾いてきて、しかし、半年間のその存在の総体を考えた時、私の20選の中に『日刊天海春香』がないということは有り得ない。

どうしたらいいんだろうな、と思っていた頃に、この号が来て、あ、これだ、この一本だ、と思ったんですね。

日刊天海春香1403号。これ、何かというと、かのんPのお誕生日に投稿された号なんですね。
春香さん、これ絶対、めちゃくちゃ張り切ってるでしょう。いや、いつもは張り切ってないってことではありませんよ、春香さんはいつでも全力ですよ! でもね、今日は春香さん、朝目覚めた瞬間から、嬉しくてしょうがなかったんですよ、きっと。プロデューサーさんのお誕生日だから。その日にこうやって歌って踊れるのが。それでこの、ステージにいる間中、とびきりの笑顔ですよ。きっと楽屋でもずっとニコニコしていますよ。それでもって、きのうやあしたと、いつもと同じくらい120%全開のこの春香さんです。うん、わ か れ。
そんなわけで、スクショに撮りましたのがこのハートマークです。いやあ、これはもう、春香さんからプロデューサーさんへのプレゼント以外の何物でもありません、今日のこのステージにおいては。

まあ、そんなこんなで、毎日春香さんが見られて幸せだ、ということですね。

※上記の文章は妄想であり、実在のかのんPや『日刊天海春香』を表現したものではありません。


02 春香(笑顔枠)

akameP 『ジェームス・ディーンのように』IM@S (7/20)

akameP ジェームズ・ディーンのように 3:05


akamePというPは、たとえば『アイドルマスター2』の発売前夜には、春香ソロで『重いつばさ』IM@S (11/2/18)を投稿しています。2が発売される直前の1ヶ月ほどというのは、派手ではないが傑作と言える春香ソロの動画が、静かに多く現れた時期でしたが、その中でもちょっと他にない色のある動画だと思います。
で、『重いつばさ』は、投稿時期や歌詞の内容を見れば、なにかメッセージ性を感じてしまってもいい雰囲気を持った動画ですが、しかし作者がその動画を出すにあたって、本当になにか重い意味を込めていたのかというと、よくわからない。ただ、たまたま作りたくなった曲と見つかった素材が、こんな風に噛み合っているだけなのかもしれない。

この歌が思い出深くてアイドルがかわいいのでちょっと作ってみました、という雰囲気を、いつでも崩さない。視聴者に、それ以上の重みを投げつけようとしない。そういう、かろやかで安定したこのPの姿勢は、今に至るまでずっと変わりません。
2発売後も、ある時はL4U素材、ある時は2素材、ある時はアニマス、と特に限定することもなく、月に2~3回、気付くと『『~』IM@S』と冠された動画が上がっている。なんというのか、とてもやわらかくて優しい嬉しさをくれるPだと思います。
私は2で投入された新曲をあんまり真面目に見たり聴いたりしていないので、どの曲にどんなダンスがあるとかあんまりわかっていないのですが、飾り気なくゆったりしっかりとダンスを歌に合わせているakamePの動画を見ていると、このダンスってこんな風に楽しいんだ、面白いんだという小さな発見の幸せがたくさんあります。

akamePは別段春香専属のPではないので、春香出演動画に限定して選ぶこともないのですが、やっぱり春香さんがセンターで満面の笑顔で踊っている姿には弱いのです。2素材でのトリオのPVの中でも特に好きな動画です。後半、各々別の華やかな衣装を纏った春香ソロ・やよいソロ・美希ソロを交互に入れて畳み掛けることで、ダンスパターンが限られているのを単調と感じさせず、むしろ武器にしているのも、この人らしい工夫で楽しい。


03 リボン(春香枠)
ふにゃてぃんP 赤いサテンのリボン (9/5)

ふにゃてぃんP サテンのリボン 0:06


ずるい。

2の春香さんはでっかいリボンがふわふわっしなくて寂しいな、と思っていたのも束の間、2にもやっぱりパンゴシは来るわけです。わーいリボンだよたれリボンだよでっかいリボンだよ、と嬉しさのあまり、配信を知った時は『NP氏の本棚』さんのとこまでお邪魔して騒いでいたものでした。
まあ、そういう部分のニーズを汲み上げることについては、公式は実に細やかにして無節操なので、2の春香さんはののワらなくて寂しいね、と言っていればののワるモーションのある曲が登場するし、2の『Do-Dai』はあの頬染めがなくて寂しいね、と言っていればPS3版では頬を染めるようになるし、で、おいしい部分はどんどん公式の最先端に取り込まれていくわけです。

それは、とても嬉しい再会であることは間違いないのです。
ないのですが、しかし同時に、そうか、2の春香さんはやたらとののワったりしないし、頭のリボンをウインナーバカ結びにしたりしないし、やたら大きくて邪魔っけな飾りをくっつけたりしないんだな、と。寂しいけれど、これが、これこそが、16歳の春香さんとは違う17歳の春香さんなんだな、と納得しようとしていた、あの頃の自分はどこに行ったらいいんだろう、とも頭の片隅で思うわけです。
実際、特に春香センターのトリオのPVを調べるとわかりますが、7~8月にはハルカニ動画を中心に、かなりバラエティに富んだ衣装が使用されていたのが、9月には完全なパンゴシ無双になっていたことがわかります。私のリボン欠乏症は癒されるし、パンゴシ春香さんならではの傑作もいくつか生まれるしで、ハッピーなことではありました。が、一方で、1と同じパンゴシがあって1のパンゴシ春香さんの延長戦上にある表現ができてみんな万々歳、と。2の春香さんはそれでいいのなのかな、2の春香さんが新しい身体、新しいヴィジュアルを持って生まれた意味って、そういうことなのだろうか、というようなことで、当時はもやもやしていた覚えがあります。
おかしな話ですね、私の一番の望みは春香さんが変わらないこと、16歳の春香さんと17歳の春香さんが何の段差もなく繋がってくれることであったはずですが。

というようななんやかやと、ふにゃてぃんPのこの動画は特に関係がなく、この動画を一言で言い表すならば、

ずるい。

という事に尽きるかと思います。
漆黒深紅のパンキッシュゴシックを従えて、17歳の春香さんの頭上にも君臨する事になりました、でっかいリボン飾りではありますが、16歳リボンとまったく同じ個性の持ち主かと言うと、やはり異なります。
16歳リボンは、ふわっふわっひらっひらっと跳びはねるかろやかさ楽しさが最大の持ち味でありましたが、こちらの17歳パンゴシリボンには、同じように激しく運動しても、どこかしっとりとして厚みのある、落ち着いた趣きが漂っています。これに、鴉氏形容するところの「きめの細やかな」、『アイドルマスター2』ならではのなめらかで白い肌、そしてつやつやしい髪、大きな瞳のような宝石ときりりと輪郭の強い眉、これらが作り上げた17歳の春香さんの頭部の造形美が完璧に調和して、シックでアダルティーで妖艶な、究極のハーモニーを奏でています。
恐るべきは、それを何のためらいもなく2分間あられもないアップで映し出し、絶妙なる色調、最適の舞台、極上の表情をとらえて音楽に載せ極限まで春香さんのリボン力を引きずり出したふにゃてぃんPの業。まさに

あざとい。

と真剣に糾弾されるべき、悪魔の所業であります。
先にアダルティー、妖艶と述べました。たしかに17歳の春香は、ときに粟立つような、凄絶な妖艶さを醸し出すのです。しかしそれは、完成された大人の女性故の妖艶さではありません。このスクショの瞬間のごとき、あっと息を呑むイノセントな幼さ、あどけなさと混濁し、刻々と入れ替わりせめぎあいながら立ち現れる妖艶さであり、むしろその幼さあどけなさと区別できないほどに渾然一体だからこそ、この無防備に無制御に容赦なく発散される妖艶さが生まれている、と言えるでしょう。
半年前の同じ少女とは既に色合いを変え、半年後にはもう崩れているだろう。そんな細針の上に積み上がった、危うくはかないバランスの中に在る、17歳のリボン……ではなく17歳の春香……、いややっぱりリボン、まあどっちでもいいや、その豊潤なる美をあますところなく捉えた、絶品のリボン動画です。



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