「私」はどこに立っているのか


アニマス23話が春香回…になるのかどうかは知りませんが、なった時のために書いておきます。
多分アニマス22話のネタバレを含みます。



22話への私の興味は、クリスマス話で雪歩にどれだけの役割が与えられるか、ということに尽きていました。結果はまあ、想像していた通りで、心配していた最悪のケースよりは良かったけれど、望んでいたものとはほど遠かった、というところです。
雪歩にしろやよいにしろ、ゲームシステム的には後半になるほど存在感が増してくるキャラクターだったわけで、2期終盤において、11話で練習の足を引っ張ったのと対比になる何かが描写される可能性に、一縷の望みは抱いていたのですが。残りの話数で、彼女たちには何かがあるのでしょうか。それともその何かは、11話や13話、あるいはその後の仕事のシーンの断片で済んだ話、ということになっているのでしょうか。


それはそれとして、実際のところ、22話で多くスポットが当てられたのは春香でした。以下は、それにまつわる私の雑感です。

22話の春香を取り巻く環境として、トップアイドルに近づいてみると、それが夢物語だった頃のように仲間たちと触れ合う時間が取れなくなってしまった。そういう状況でも心を寄せられる存在としてプロデューサーがいるが、そのプロデューサーとの距離感も、他のアイドルとの関係の中でどうなっていくのか不透明、という状況が浮かび上がっています。
この構図は、無印における春香シナリオの構図と、非常に似通った部分があります。(この構図の中に、春香を描くストーリーに共通する核心的要素が含まれている、という言い方もできるでしょう。)

春香のいる世界において、友達、家族、親戚等々との結びつき、すなわち「アイドル天海春香」でも「プロデューサーの前の春香」でもない日常の占める意味は非常に大きい、という話は、前にどっかで言及しました。
トップアイドルになるとは、周りの人々と濃密に触れ合っていた日常生活を維持できなくなる、ということ。トップアイドルになることとそれまでの日常生活(とりわけ人間関係)の両立しがたさの問題は、春香に限らず複数のアイドルのコミュに見出すことができますが、特に春香においては、重要なファクターとなっています。
あるいは、アイドル生活を通して構築されたプロデューサーとの結びつき、というものもストーリー上に存在するわけですが、春香シナリオにおいては、それもまた、最終的にはトップアイドルであり続けることと両立しがたいものだと提示されます。
無印コミュにおけるこの構図において、友達や家族の占めていた位置を「事務所の仲間たち」で置き換えれば、そのままアニマス22話の構図になるわけです。

そういう構図を踏まえて、春香をトップアイドルでいさせることは、結局彼女から幸せを奪う行為なんじゃないの? という問いは、春香に関心を抱く人々の間で、連綿として問われ続けてきました。そして、それは確かに、一面的には真実なのです。
トップアイドルであるということは、春香から友達と過ごす幸福を奪う事であり、仲間と過ごす幸福を奪うことであり、場合によってはプロデューサーと過ごす幸福を奪うことです。(そのことを春香がどう知覚し、それはどう変化するか、あるいは、果たしてそれはアイドルにならなければ生じないことなのか、といった問題もありますが、春香コミュ論に踏み込むことになるので、ここでは述べません)
春香の物語において、トップアイドルに近づく行程とは、進むにつれ矛盾や問題が解消されていくものではなく、むしろ進むにつれ矛盾が立ち現れてくる行程です。

従って、春香に焦点を当てたストーリーにおいて、彼女がトップアイドルで在り続けることを肯定するならば、そのための支え、理由付けを導きだす必要があります。
二次創作的な回答としては、ひとりぼっちになった春香は、思い出だけを抱きしめて(もしくは、義務感によって)いつまでも辛いステージに立ち続けるのです(もしくは、立ち続けられなくなるのです)という方向性が有るわけですが、アニメでまさかそんな結末が描かれるとは思えないので。

もっとも容易にたどり着ける答えとしては、「トップアイドルになった現在もここにある人間関係が、支えになる」というもの。これは、22話において既に提示されています。忙しくなっても、みんながクリスマス会に集まってくれるから、千早がかけてくれた言葉があるから、見守ってくれるプロデューサーがいるから、大丈夫。
もう少し突き詰められた答えとしては、会えなくなってなっても思い出を共有しているから、離れていても心は通じ合っているから大丈夫だよ、というものも考えられます。
けれども、これらの答えは、追及し続けていけば、絶対的な解答にはなり得ないことがわかります。特定の他人が支えなら、その他人が全くいなくなってしまったらどうするの? 結びつきを信じているのが支えなら、それを信じられなくなったらどうするの?
そこで、ここまでやればもう支えはないぞ、という一押しをするかどうか、もっと言えば、そこで春香を折れる人間と捉えるか折れない人間と捉えるか、というのは、趣味の問題というか、その人が春香についてどんな心象風景を持っているかの違いに過ぎず、読解の差ではありません。

折れる、いや折れない、ならば更に追いつめられたら、という、収束しようのないループ。それより先の解答を求めようとすれば、結局のところ、春香にとってアイドルって何なのさ、どうしてトップアイドルなんか目指してるのさ、何が楽しくてそんなこと続けてるんだよ、という問いに行き着きます。アニマスが節目節目で、春香へアイドル観を問う、というシーンを設定してきたのは、製作者がその問いを認識しているということなのだろうと思っています。
私は、アニマスは全体的に、春香に関しては、無印基準の目で見ても(私がそれなりに把握している公式の春香さんは、無印の春香さんだけなわけですが)原作ゲームをよく読み込んだ人が作っているな、という印象を持っていますが、22話で見えつつあるストーリーの方向性にも、それを感じます。

ただ、この問いに対して物語で答えを出そうとするならば、それは、物語の中で春香をどんなアイドルとして描いてきたか、という蓄積の上にしか描かれ得ません。
そういう意味では、アイドルが居て、プロデューサーが居て、トップアイドルを目指す、という一点に特化したストーリーで、何十のコミュの重なり合いの上に解答がある、アケマス・無印を超える精密なものを描くのは、まず不可能でしょう。
しかし、アニマスのいくつかの回がある程度成功しているように、あるいは2次創作のあるものがなし得ているように、ゲームとは異なる媒体ならではの表現によって、凝縮した答えを描き出すことは可能でしょう。アニマスが果たしてどの方向性からどの答えを描くものか、期待しています。


「春香は他人のために頑張る子なんだ」というのは、一面的には正しい。
「春香だけは、他の何かのためではなく、純粋にアイドルを目指しているんだ」というのも、一面的には正しい。
というよりも、どちらも文面としては、誰にも否定しがたいものです。
ただ、春香の物語を読解するのであれば、その文面が表しているものの実体、その定義が生じさせているものの意味まで到達しなければ、春香について何かを知り得たとは言えないでしょう。
だから、私は、春香の言う「好き」という概念を理解できれば、春香コミュの6割方は読解できたことになる、と常々思っています。私自身は、未だに春香さんの発するこの言葉の意味が、よくわからないのですが。

そんなわけで22話で思った話を書き付けておきましたが、今週はこれでなかなか忙しいので、多分私はリアルタイムでは23話を見ないと思います。ならなんでこんな記事書いてるんだという話ですが、いわゆるひとつの逃避行動という奴ですね。

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