この不思議な感傷



アニマス5話で、夜に皆が寝静まったあと、春香、真、伊織が言葉を交わすシーンがあって、「もし有名になったら、みんな揃ってこんな旅行とか、もうできなくなっちゃうのかな・・・」というようなことを、春香が言っていました。
この台詞、描かれたような境遇にある人間の言葉としては、少々不思議な内容です。

これがたとえば、修学旅行あるいは部活の合宿か何かで、来年みんなが卒業しちゃったらこんな旅行はもうできないんだね、という話であれば、ごく自然な感情でしょう。
けれども、アニメで描かれていたのは、十数人もアイドルを抱える事務所全体が仕事もなく金もなく、オーディションひとつろくに合格できない、という状況での旅行です。
普通に考えれば、(いずれ離ればなれになるかも、という話に持っていくにしても)このまま誰一人売れずに事務所が潰れちゃったら、と発想する方が自然であろうこの状況で、”自分たちが売れた未来”を前提に感傷を口にする人間がいたら、伊織ならずとも、そんなことはトップアイドルになってから(なれる道筋が見えてから)考えなさいよ、と言いたくなるでしょう。

ファン数が増えなければ即引退、のアーケードゲームを出発点にしているアケマス・無印アイマスは、その辺りはシビアというか即物的というか、低ランクコミュでは「私たち、まだ何もしてませんよね?」「いつまでたっても全然上に行けませーん!」「このどん底アイドル生活、いつまで続くのよ」等々のご褒美の言葉を直々にいただけたわけで、おかれた状況に対する当事者の思考としては、より自然な筋立てになっていました。
そのあたり、ゲームに適した形に構築された物語世界と、アニメに適した形に構築された物語世界の性格の差が表れている、とも言えるかもしれません。

さてしかし、上記の春香の、その時点としては絵空事を前提としたような台詞は、視聴者に違和感を呼び起こさせたでしょうか。管見の限りでは、そんなことはありませんでした。
むしろ、ごく自然で、印象的ですらあり、話数が重なった後にも大きな意味を持ってくるであろう台詞だ、と感じていた人の方が多かったように思います。それは、何故だったのでしょう。

端的に言えば、視聴者にとっては、アニマス5話の旅行とは、まさしく”卒業という未来が確定している、今回限りの修学旅行”に他ならず、春香の台詞は、視聴者の心理を代弁したものだったからです。

無印以降のゲームのプレイヤーにとって、プロデュースとは(1年後という)厳密に指定された未来に必ず別れが訪れるものである、という観念は、身に染み付いたものでしょう。あるいは、ゲームに準拠したアイマスのアニメが現実に放送されることそのものが、一つの奇跡であって、しかも永続的なものではない一時の栄光である、という体感を、放送が始まった当初から持っていた人も少なくないでしょう。
アニマスで初めてアイマスに触れた人の場合も、同じことです。2クールという、厳密に定まった期間で完結することがわかっているこの作品が、その期間のうちに彼女たちがトップアイドルへ近づいていく姿を描く、という方向性になるだろうことは、初めから自明です。逆算すれば、この時点で”売れていない時期の楽しい共同生活の様子”が描写されることの意味も、容易に察しがつきます。このアニメに興味や愛着を持って見続けている人であれば、そこから感傷を感得することは難しくありません。

つまるところ、物語の外側にいる視聴者にとっては、アニマスにおいて”彼女たちはいずれ(2クールの期間内で)必ず売れる”、”それは何らかの「別れ」と不可分の未来である”、という未来像は、(いまだ描かれていないにもかかわらず)ほとんど確定した事実と同様だったのであり、いわば私たちは、物語上は現在進行形のはずのエピソードを、すでに(自己の心中にある未来に対する)過去の思い出として鑑賞していた、そういう側面があるのだと思います。
春香の台詞は、物語世界の中に生きている人間の言葉というよりは、キャラクターの台詞に扮した物語の外側の言葉というべきものですが、だからこそ視聴者にとっては自然なものとして、心に残るものとして感じられたわけです。

と、いう話を枕において、本題の動画の話をしようと思っていたのですが、枕にしては少々長くなったのと、もう少し腰を据えて書きたくなったので、今日はここまでにします。腰を据えて書こうとするのは、結局完成しないフラグなんですけどね。

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