時間と空気を


文章を書くのが日に日に億劫になってきたので、ちょろっとスクリーンショット的なものを貼って、書くのをサボってみる実験。
何分にも初めての試みなので、変なことになってたらごめんなさい。



場面転換によって、時間や空気の変化を感じさせる表現、についてちょっと考えていて。
時間や空気の変化を感じさせるとは、要するに動画を見ていて、ああ話し込んでいるうちに日が暮れてしまったんだな、とか、ああ季節が変わって随分寒くなってきたんだな、とか。そういう、画面の向こうの世界の変化を体感させる表現、ということです。

で、この人のそれは絶品だな、と思い浮かんだのが、天才カゴシマP。
勿論、いま "表現" と言ったそれは、音楽の使い方、会話表現、挿入のタイミングや演出、それからストーリー自体の構成、たとえばにぎやかなシーンの後に物静かなシーンを持ってきての対比とか、そういう動画中の全要素から成るものです。
絶品であるとは、それらを総合した全体において、見事な効果を生んでいる、ということです。だから、単体の絵を抜き出してそれがどう、というのは表現のごく一部でしかないのだけれど、それもまた重要な構成要素であることは間違いありません。
そういうわけで、ここに、天才カゴシマPの、「時間帯ごとの空気」を表現した秀逸な絵作りの、一部を並べて眺めることにしました。


天才カゴシマP 春香の 無免許&轢き逃げ 逃避行 第17話(アイドルマスター)(11/3/5)より。



逃避行17 0:00

冒頭。暮れなずむ空。物語の始まり。



逃避行17 2:01 

序盤。まだ浅い夜。たき火にあたっての会話。
この回あたりの季節はおそらく春の初めで、夜はまだかなり寒い。



逃避行17 7:15

中盤。夜も更けてきた。仮眠を取った後ドライブしよう、というシーン。



逃避行17 9:47

終盤。深夜のドライブに挿入されるワンショット。
実写背景をぼやけさせて立ち絵との違和感をなくす、特徴的な加工。



逃避行16 4:01

17話には朝のシーンがないので、これは16話(11/2/25)から。

絵を鑑賞するために、立ち絵も台詞枠も被ってないショットを選びましたが、実際には、立ち絵があり、台詞があり、ストーリーがあって真の威力を発揮する絵であることは、言うまでもありません。


誤解がないように述べておくと、時間や空気の変化を感じさせる表現とは、MMDや実写加工やライティングなどといった技術に精通しなければ表現できないものではありません。また、文学的な修辞を駆使して言葉を連ねなければ表現できないものでもありません。
その説明として、汎用的な素材を利用したシンプルな表現によってそれを体現している例を、書いておきます。

ストレートP アイドルマスター あっというま劇場「FUNNY IDOL'S HEAVEN」 (08/11/2)

この動画は、序盤の春香のみが登場するシーン、中盤の事務所でのP・小鳥・春香3人の会話シーン、終盤、同じく事務所でのPと春香2人だけのシーン、の3部からなります。中盤の会話は昼間、終盤の会話はそれからかなり時間が経過した夜のものだと思われますが、それをストレートPは、ちょっとしたつなぎのパートを挿入することで表現しています。
中盤の三人の会話が終わった後、

①一端、表示されている小鳥と春香の立ち絵を消す
②背景のみをしばらく映す
③背景を、シャッターが開いて外の景色が映ったものから、シャッターが閉まったものに切り替える
④「その夜」というキャプションを映す

という手順を踏んだ後、最後に再び春香の立ち絵を映して、次の場面に移行しているのです。
この場面転換、ストーリーを見せる、会話を見せることだけを目的とすれば、別に不要なものです。また、会話が夜に行なわれたという情報を提示したいのだとしても、暗転して「その夜」のキャプションを映すだけでいいわけです。4度もカットを切り換える必要はない。
けれども、そのちょっとした手間をかけることで、何が生まれたか。視聴者は、その事務所で実際に立ち働く人々がいて、その業務が終了して夜の帳が降りた、という空気を感じ取ることができるのです。
もちろん、そこには、そうした細やかな表現に対応できるアイマス素材の素晴らしさ、という側面があり、同時にその素材を生かすべき局面を見逃さない製作者の眼力もあります。

こうした表現、ストーリーを伝えるためだけならば必須ではない工夫は、動画に何をもたらすのか。
私はそれを、物語世界の広がりだと思っています。
些細な表現の工夫を積み重ねることで、読者が感じ取れるようになるその物語の中の空気、物語の中の時間。それがあることによって、物語は単なるあらすじであることを止め、息づいた、広がりのある世界に近づいていくのです。

思えば、私の物語の原体験である『ドラえもん』という作品は、そうした表現の集大成でした。
『ドラえもん』は、たとえば昼から夜・夜から昼への移行を示す時、あるいは季節の移り変わりを示す時、必ずと言っていいほどキャラクターへのフォーカスを中断し、背景世界の変化を示すカットを挿入します。
そうした表現の蓄積の結果として、たとえば大長編『ドラえもん』(のうち、『のび太と鉄人兵団』まで)において、また映画『ドラえもん』の何編か(とりわけ『のび太の魔界大冒険』は見事)においては、約200ページ中、あるいは約100分中のどの場面を取り出しても、その場面がどんな季節、どんな時間帯、物語の始まりからどれくらいたった時点にあるものなのか、読者は容易く思い描くことが出来ます。

どうやら、私はニコマスのテキスト系動画を視聴するにおいても、そうした世界の広がり、時間と空気を感じさせる表現が好きなようです。


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