アイドラbotマスターと空目


でんまるP 【アイドルマスター】アイドロボットマスター 第1話【マンガ】 (11/9/25)



ここのところ、まともに新着を追えていないので、必然的に皆が見ているものと同じものの話しかできなくなっています。そういうわけで、でんまるPの久方ぶりの新作についてです。




良くも悪くも、実にでんまるPらしい作りだな、と感じました。この第1話の6分13秒間で、表示された文字情報のほとんどが、大変直接的でシンプルな設定説明だからです。
すなわち、最初の1分は、地の文の字幕による世界観の説明。ストーリーが始まってからも、大半の時間が登場人物のモノローグで、会話文の中の情報も含めて、ほぼ世界観と状況の説明に費やされています。

物語の導入部分の作り方として、上記のやり方は唯一の方法ではありません。
最初はろくろく説明を与えず、いきなり読者を(あるいは登場人物をも)物語世界に放り込んで、体験するうちに世界設定をわからせていけばいい、という作り方も、考えられるわけです。
たとえば、こちらのシリーズのプロローグ

ふぉるくP 偶像ネクロニカ prologue (11/6/22)


など、その代表的な例でしょう。
ストーリーの中にチュートリアルが組み込んであって、説明書を読まずにゲームを始めた人間でも、プレイしながらルールを覚えていける、という設計思想で作られています。
『アイドロボットマスター』は、そうなっていません。最初に説明書がおいてあって、読者全員が物語世界の基礎教養を身につけるように、と作られています。

それが、良くも悪くも、というのは、物語の作法として、設定や心理を地の文やモノローグで直接説明するのは野暮、会話や描写の中から浮かび上がらせるのを以て上等となす、という考え方が、一方にはあるわけだからです。でんまるPはそうした思想を、ある部分の描写では、最初から放棄しています。
もっとも、この思想は決して万能ではありません。表現したい内容の性質如何によっては、(ことに、アマチュアが製作したニコ動上の動画、という表現媒体の性質を考えると)そうした思想に基づいた作法が適合しない場合があります。
一つには、ニコニコ動画という場を考えた時、前置きなしにいきなり固有の世界を提示したとして、それを辛抱強く読解しようとする視聴者が、少なくともコメント上で優越するとは限らない、ということ。
より重要なのは、提示したい情報を無制限に描写に置き換えていけば、いずれ物語は物語として収束できなくなる、ということ。それは、作者が製作に要するリソースが増大するから、ということだけではありません。構成要素一つ一つを拡大して描き込んでいったら、世の物語は全て、一つの試合が何年かけても終わらない『アストロ球団』や『アカギ』になってしまうわけです。

さて、でんまるPという作者は、テクノロジーが衰退した24世紀の世界、という設定を、平然と文字で記してしまうことが出来ます。ある程度情景として説明できる絵を置いているにもかかわらず、そこに文字を置いてしまえる。
更に、そこは文字情報で与えたとしても、たとえばこの世界でのアイドルとはどんなものなのか、とか主人公とアイドルの間にはどんな過去があって、というようなことは、ここで説明せずにおいおい描写でわからせていく、という物語設計もできるわけですが、そこをも文字で置いてしまえる。
そうして提示したい情報を整理して文字で置けるということは、提示するべきでない情報についても厳密に見極めがされている、ということでもあります。説明しやすいところで言えば、4:36の春香がプロデューサーにお守りを渡すシーンなど、あからさまに伏線であることは誰でもわかりますが、それにどんな意味があるかは、現時点では全く読めないわけです。
こうしたでんまるPの描写の組み立て方、情報の提示のあり方は、でんまるPが思い描いているであろう物語内容を描き切ることを想定した時、適切にして必須の選択なのだと思います。

手描きで驚くべき細密な世界が展開されているストーリー作品は、数えてみるとニコマスに結構な数あります。けれども、それでかつ完結への道筋が見えている動画は、となるとそうそうありません。
でんまるPの動画に対して、完結するかどうかを心配するコメントは、現時点では全くついていません。
それは何故か。『おとといキマスター』を完結させた実績ということもあるかもしれませんが、では何故その『おとといキマスター』は完結できたのか、と問えば同じこと。
すなわちそれは、でんまるPの動画作りの中に、表現すべき物語内容と情報提示のあり方との合致があるからだ、と思うのです。

でんまるPは、何故そうした作品構築ができるのか。
彼は(もしくは、彼女は)、絵描きでありながら、描き込んでいくことで高められる情報の質量というものを、究極のところでは信用していないのだ、と私は思っています。
『アイドロボットマスター』第1話の物語世界への導入は、でんまるPの、提示する情報をコントロールすることへの見極めと習熟から生まれています。言い換えるならば、物語を伝達することへの、ある種の諦観を基底として、構築されているのです。そう、私は感じました。

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