Sobs, sniffles, and smiles


最近文章を書く集中力が持続しない上、酔っぱらって朦朧とした頭で書いているので、なんかとんでもないことや意味の通らないことが書いてあったらごめんなさい。謝ったところでどうにもなりませんが。



6月末だから、もう一ヶ月以上前のことになるわけですが、私、いろいろあって落ち込んでいて、そのことをひたすら愚痴った記事を書いたことがありました。
鬱屈というものは、一人で貯め込んでいるより吐き出した方が気持ちがよい。形にして外に出すだけで既に幾許かの気持ちの整理ができる。それを誰かが聞いていてくれるならなお良い。まあ、そういう効果を得ることを期待して時々愚痴を吐き出すわけですが、本当に有り難いことに、私が吐き出す言葉を真摯に真剣に受け止めてくださる方々が私の周りには居て、件の記事を書いた時も、真剣で温かい励ましのレスポンスをいくつもいただきました。
なかで、『イチ視聴者の忘備録』のami=goさんが書いてくださった記事について、ずっと返信したいと思いつつ、どう書いたらいいかわからないまま今日まで過ごしてしまいました。まことに申し訳ないことで、実に遅ればせながら、ありったけの感謝の気持ちを籠めて、御礼を言わせていただきたく思います。本当に、有り難うございました。本当に本当に、嬉しゅうございました。

イチ視聴者の忘備録 Re:P名言ってみろ、とか言われたので  もしくは、終末観、など。

この記事は、本当に凄い記事なんです。人が放った言葉に対して、真正面から受け止めて、真正面から応えて言葉を紡いでくれる。そういう人がいるということがどれだけ凄いことか。そういう方を、自分の書くものの読者として持てるということは、書く者にとってのこれ以上ない幸福です。
私はかつて、ええなんと言ったらいいのでしょうね、一番生死に関わる言葉を書いた時にも、グレゴールさんからそういう言葉をいただきましたし、K_1155さんからも何度もそういう言葉をいただいていますし、そういう直截的な形でなくても、有形無形の真摯な応えを、自分が何か言う度に頂いてきてました。
それは物凄いことだし、恐ろしいことです。現実の人生において、俺は今にも死にそうだ助けてくれ、と叫べる相手、よしわかった今すぐ駆けつけるから、と言ってくれる人と何度くらい巡り会う機会があるか。いや、そんな大それた面倒な話にしない方が良いでしょうが。

えーとそれで何でしたっけ。つまり、そんな大切なことを、一ヶ月以上も放置して、しかもろくに内容に触れずに終わっているとはなんたることか。かように、一番肝要なところで一番大事な人に対して礼を欠くのは私の習性のようなもので、それで何度も人間関係をしくじってきております。自分から投げるのと受け取るのは大好きですが、投げ返すのを億劫がる人間なのです。最悪だな、おい。なので、人を褒めるとか励ますとか質問に真面目に応えるとかいうことも、得意じゃないし億劫ですねえ。

今更この話をしているのは、まあ別にきっかけとなる事柄があったからですが、そういうわけで、そちらについては特に言うこともないんだなあ。言えるのは、愚痴りたい時にはどんどん愚痴ろうじゃないか、ということくらいです。
勿論、ネット上でそれをやるということは、常にどういう相手に伝わってどういう化学変化を引き起こすかわからないリスクを孕んでいます。そこはそれ、自分が打撃を被る分は出来る範囲で防御して避けるしかないし、人が傷つく分については、俺のために死んでくれと割り切るしかありません。
まあ一つ言えるのは、自分が書いたものが自分では個人的な愚痴やネガとしか思えなくても、その愚痴によって励まされたり勇気づけられたりする他人もまた確実に存在する、ということです。……という話を、自分が愚痴っている記事の話で自分で書いちゃいかんわな。
愚痴りたい時にはどんどん愚痴ればいい。まあどの道、私はただ聞いているだけですので。ミテマスヨーミテマスヨーというのは、実にいい言葉です。私はあなたに対して何もしないし何もできないけれど、聞イテマスヨー聞イテマスヨーということだけはできるのです。

あと何だっけ。アニマスとか再生数とかブログが消えることについては私もいろいろうるさいですが、こんなところでまでいらん攻撃をすることもないでしょう。あ、なんだ、全然書くことないじゃないか。しょうがないからまた自分の話をしよう。お前最初から自分語りしかしてないじゃねえか、というツッコミは正しいので聞きたくない。
ある作家(名前忘れた)が書いたエッセイで、亡くなった母について書いたものがあって。母が亡くなって、勿論その時は悲しかったけれども、一番辛いのはそうやって悲しくて大泣きしている瞬間ではなかった。かつては、仕事をしていると、母がやってきて二言三言言葉をかけてくれる、それが日常だった。夜遅く、一人で物を書いていると、ふと、それが二度と起こらないことに気づいてしまう。その瞬間が一番辛いのだ、と。


O.ヘンリの『賢者の贈り物』曰く、人生は「むせび泣き」と「すすり泣き」と「微笑み」から成っていて、なかで「すすり泣き」が一番多くを占めるそうです。
ニコマスを眺めても、実際のところ、多くの人は大部分の時間をすすり泣き、たまにむせび泣いたり微笑んだりして過ごしているように思われます。なるほど、「アイマスは人生」とは言い得て妙、なのかもしれません。言い得て微妙でもあり、言い得たとして奇妙でもあると思いますが。
すすり泣きのアイマスだか人生だかをいかにして過ごすか。
フォクシーPの動画の春香さんは、頼りない(83cmの)胸を貸してくれると歌ってくれますし、愛識Pの動画のプロデューサーなら、冷えている時には人肌で温めたくなるものなんだ、と言うでしょうし、ヨルPの動画では僕がマイクを持って向かうからそこにいてくれていいとか歌われていますし、時雨Pの動画には72cmあればそれでええねん、と書かれていた気がします。
が、とりあえず道に迷った時は、むつかしく考えずに、いや考えてもいいけれど、気楽に愚痴って暴れればいいんじゃないでしょうか。……結局この記事の内容って、それだけしかなかった!


"Life is made up of sobs, sniffles, and smiles, with sniffles predominating."

(『The Gift of the Magi』 by O. Henry )

※フォクシーPではなく、たかCPの作品でした。致命的にして失礼な間違い、お二方とも大変申し訳ありませんでした。ご指摘くださった方、本当にありがとうございました!

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コメントありがとうございます!

こう、72~91という、幅わずか19cmの数字で、宇宙の全てを表せることを発見したアイマスはもの凄いと思うわけです。勿論、なんと言っても83は素晴らしい数字です!

返信が遅くなって & こんな内容でごめんなさい。

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コメントありがとうございます!
まあ、なんでしょう、一言で済むところを一言で済ませられない人に囲まれて、自分は幸せだな、と思うわけです。この記事にしても、人に向けて書いたものの筈なのに、結局書いた私が一番たくさん言葉と元気をもらっているという。
それから……、おおう、ご指摘有り難うございます! これは恥ずかしい、なんで間違えたかが自分でよくわかって、ますます恥ずかしい。
そんなこんなで、肝心要のところを間違ってばかりいる自分ではありますが、これからもよろしくお願いいたします。
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