夢は叶う。 そうだろう? 




17年だよ。野猿のようなバネのある体に、赤ん坊みたいにきらきらした目のついたやんちゃ坊主の顔をのっけた、変な若僧が横浜に来て、もう17年目になるんだ。昨日まで忘れていたよ。何しろ、そいつはいつまで経っても来た時のまんまだったから。まあ、見た目だけはだいぶんおっさん臭くなったけれど。

そうだ。それは95年の話だ。日産の栄光のおっさん共がいなくなって、突然やってきたソラリとかいう監督は、大事な開幕戦、こともあろうに井原正巳を外して、海のものとも山のものともつかないルーキーをわんさか試合に出した。おいおいどうなるんだこのチームは、とお前は思っただろう。
だが、そいつらは凄かったんだ。あっというまに優勝に向かって走っていくんだ。そりゃあ、語り草になるような派手で流麗なサッカーをしたチームではなかったが、間違いなく新しい時代の才能とエネルギーに満ち満ちたチームだった。どんなにか、そいつらが輝いて見えたことか。
お前は知らないだろうが、お前が今初めて目にしているそいつらの中には、これから長い長い付き合いになる連中が何人もいるんだぜ。川口能活、安永聡太郎、寺川能人、遠藤彰弘、そして、松田直樹。

なあ。
あの優勝の日の翌日、買い集めたスポーツ新聞を並べて悦に入っていた、16年前の俺。テレビの前でマイアミの奇跡に歓声をあげていた15年前の俺。とうとうマツが代表に呼ばれたぜ、と喜んでいた11年前の俺。トルコ戦のもやもやした負けにうなだれていた9年前の俺。なんでジーコは呼ばないんだよ、その暑苦しい髪型がいけないんじゃないか、つーかなんでお前はそのタイミングで攻め上がるんだ、そのタイミングで退場するんだ、そのタイミングで怪我をするんだ、とイライラしていた6年前の俺。早野はとにかくさっさと良治とマツを使え! と怒っていた4年前の俺。おい走るの遅くなったなあすぐバテるなあと不平を言いつつ、やっぱり凄えじゃんまだまだこれからじゃん、と思っていた3年前の俺。あの最後の日、久しく足を運んでいなかった日産スタジアムになんとなく出かけて、隅っこからぼんやりとその姿を眺めて帰った去年の俺。夏になったら松本に試合を見に行きたいな、と思っていた、半年前の俺。
信じられるか。そいつはもう、いないんだぜ。
信じられないだろう? 信じられないんだ。
なまじ、こんな場所があるからいけないんだ。何かを書ける、書きたいと思ってしまう。
無理だよ、書けねえよ。

しかしなんだな、こうやって呆然としていると、プレーのことなんかちっとも思い浮かんでこないのな。あの時はあんな髪型だったとかあの時も退場したとかあの時も監督と喧嘩してたとかあの時は熱出して寝込んでたとか、そんなことばっかり思い出す。サッカーの魅力を伝えるの、まだ全然足りていないんじゃないか? 
いくらサッカーが好きだからって、サッカーより先に人生やめちゃ駄目だろう。

各年代の代表を経験、ルーキーイヤーから横浜マリノスのレギュラー、2度のオリンピック、日韓ワールドカップ出場。後からまとめると、まるで02年までの松田は順風満帆のサッカー人生を送ったかのようだ。でも、よくよく思い返してみれば全然そんなことはない。ケガもあった、無念の敗戦もたくさんあった。日韓W杯の後は、言わずもがなだ。もっと見たかった、もっとやれる筈だった。だけど、ピッチに立っている松田を見ると、いつでも、「松田なら」と思えた。「夢は叶う 松田直樹」。
昨日もそうだった。最初から、これは無理そうだな、という状況なのはわかっていた。後は、残された者が涙を流すだけだ。号泣する準備はできていた、というヤツだ。だけど、医師の方の記者会見だったかで、後は本人の生命力次第、という言葉が漏れるのを見た時、自分の中から、自分でも不思議なくらいあっさりと、悲愴感が消えてしまったんだ。本人の生命力次第。それなら、松田が負けるはずがないじゃないか? そうだろう、わかるだろう、松田が負けるはずがないって。だから、亡くなった、という言葉が、未だに実感が湧かない。

いつ、何の試合だったか忘れた。多分、2年くらい前のことだ。松田と栗原がCBで出ていて、マリノスは負けていて終了間際だった。松田は栗原に上がれと手振りで示して、自分は最終ラインに残っていた。それを見た解説の誰だったかが、「松田が上がるところも見たいですねえ」と言った。馬鹿げた話だ。上がらなくていいに決まっている。むしろ、冷静な判断をできるようになった、と褒められてしかるべきシーンだった。
だけど、それを聞いた私も、うん、見たい、と思った。そう思わせる選手なんだ、松田直樹は。

どうやって終わらせたらいいんだろうね、この文章を。
とりあえず、松田直樹のいないサッカー、というものの想像がつかないけれども、もうしばらく、それを見続けることにするよ。


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