ノベマス/アイマス紙芝居の新しい形、となるか。



bya氏 【アイドルマスター】貴音とトロ (11/6/22)


第三次ウソm@sでのデビュー作【第三次ウソm@s祭り】やよいはべろちょろが守る! (10/12/3)で魅力的な個性をみせたbya氏の、半年ぶりの新作。周知の通りのヒットぶりです。


 私、この動画について最初、ちょっと読み違いをしていました。ノベマスというものは、ご存知の通り非常に不自由な表現形態です。構想力があり、やりたいイメージと情熱が頭の中で渦巻いている新人ほど、早期にその不自由さの壁(表現したいものと表現できたものの差)に直面します。そこで、そういう人たちは手描きやMMDに移行する。「絵」や「動き」を入れることで壁を乗り越えようとしてしまう、いやしてしまうというのはおかしいか、「絵」や「動き」を利する表現に向かうわけです。そういう事例は、徐々に増えている傾向にあると感じています。
 で、この動画が手描き絵なのを見て、ああそういうことかと反射的に思ったのですが、説明文を読み直すと、デビュー作の時から投稿者がシナリオ、投稿者の友人がイラスト(デビュー作では画像編集も?)という協業で制作を行なわれていたのですね。内容的に言っても、テキストの魅力で引っ張る力の強さ、またテキストと立ち絵の噛み合わせとタイミングによって動画の魅力を形成している点、ノベマスの技術と経験の上に位置する作品であって、二重の意味で私の想像は完全に外れていたわけです。


 さてその動画自体については、面白くて、キャラクターが魅力的で、かつそれを多くの人が楽しんでいるという理想の状態にあるので、特に言うこともありません。ただデビュー作とこの作品を見比べて、あるいはその間の道のりを考えると、いろいろ興味深いものはあります。


 bya氏のデビュー作『やよいはべろちょろが守る』を見て、その視点の面白さ、物語としての魅力、情熱に感銘を受けた視聴者は多いと思います。しかし、ではその魅力ある作品を、もっと多くの人に広め楽しんでもらう事が可能だったか、というとなかなか難しい問題です。
 つまりそこには、作品のリーダビリティの高さ、という問題があります。動画表現やテキストのこなれ方、具体的にはセンテンス内での細かい言葉の選択・文字表示のタイミング・時間あたりで提示する情報量のバランス・画面の見栄え・単純な時間の長さ等々…、そういう言語化しにくい部分で視聴者に退屈感・抵抗感・重苦しさなどを感じさせずに動画の内容を楽しませる技術。
 ヒット作の作り手の多くはそうした技術・センスに長けているわけですが、誰もが初めからそのような技術を持っているわけではなく、また表現したい内容の性質如何によってそれが難しい場合があるのもまた明らかです。

 bya氏のここまでの作品を見ると、どちらかというと視聴者の側にも作品の面白さに入り込むための集中力が必要な質量をもった作品を練り上げてくる作風であると思われます。そうした自分の個性をよくわかった上で、万人が気軽に入り込めるリーダビリティを確保する工夫を凝らした。その過程が半年間の沈黙であり、その結実が『貴音とトロ』の、ツッコミ不在で愛らしいアイドルとマスコットキャラクターが作り出すほのぼのとした空間であり、それは見事に再生数的な成功にまで繋がった…と感じるわけです。

 そのような本作が、テキスト作者とイラスト作者の協業という形態で生み出された事も注目に値します。座って向かいあったキャラクター同士の対話という状況設定、吹き出しで特徴づけられるインターフェースは、手描き絵の自由度という強みを十二分に生かしたものです。それは両作者の緊密な協力関係、あるいは協業のメリットを生かした作品構築をしようという意識の高さを窺わせます。
 無論、これまでにもノベマスPと絵師のコラボの例は枚挙に暇がありません。また単に絵師に挿絵を発注する域に留まらず、テキストと画像との緊密な協調が図られた作例も増加しています。しかし、このようにデビュー当初から異なる能力の作者二人の協業により、互いの特性をもっとも生かす形で作品を構成した例は珍しいと思います。


 さて、このように面白い作品を見せてくれた作者に対して、視聴者は「次」を、それも出来るならばその「次」が量産されることを期待するもので、私もまたそれを期待しています。それは作品を楽しんだ者の心理としてもそうであり、またノベマスひいてはニコマスそのものへの視聴者誘引という打算からもそうです。
 しかし「単品として成功する作品を生み出す」ことと「成功する作品を量産する」ことの間には様々なハードルがあります。すなわち、単品制作より使用できるリソースが限られる状況において、作業工程上リソースを多く消費するボトルネックの部分をいかにクリアするか。
 ここに、成功した前作で生じた視聴者との関係性、という問題も連動します。視聴者の期待を背負っている、という自覚は作品制作をよりリソースを消費する方向へ向け、次作の完成を困難にする可能性を持っています。一方でしかし、作品世界に馴染み作者の名を認知した視聴者の存在は、次作に対して容易に入り込める視聴者層の確保を意味し、それは前作で必要としたリソースの一部を省略できる可能性を生みます。

 作品自体の話はほとんど何もしなかった気がしますが、つまるところ、私は『【アイドルマスター】貴音とトロ』の作り手が、次にどんな形で作品を生み出すのかとても楽しみにしている、ということです。

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