伊織といおみきと、時々うさちゃんとかはるいおとかその他(0)


伊織、誕生日おめでとう!

というわけで、私としては珍しく、当日におめでとうを言うことが出来ました。申し訳ないことにこの記事は、誕生祝いには全くふさわしくないような陰鬱な内容になりそう、というかなっても構わないと思って書いているのですが、誕生日でもないと書く機会が捉えられないので。



 伊織がノベマスでどう描かれていたかを、思いつくままにちょっと辿ってみたいと思うのです。

 ニコマスのアイドルたちには各々、最大公約数的なというか中核的なというか、そういう広く共有されたイメージがあります。
 伊織で言えば、

「言葉はキツイけど、本当は他人のことを凄く大事にしているところ。
 嫌な素振りを見せつつも、結局は他人に対して世話を焼いてあげるところ。
 利口で大人びた一面と、未熟な子供の一面を併せ持つところ。
 比較的常識人で、貴重なツッコミ役として奮闘するところ」
(胡桃坂氏「僕は如何にして水瀬伊織に惚れたのか - 世界の片隅で、愛を呟きたい」より引用)

という胡桃坂氏の言葉が、伊織の中核的イメージをよくまとめて表していると思います。

 特にテキスト動画は、アイドル達のキャラクターイメージの上に依って立つ創作であるわけですが、我々はテキスト動画のアイドル描写を考える時、原作ゲームのこのアイドルはこんなキャラクターで、それに対してこの動画の(ノベマスの、架空戦記の、この作者の)アイドルはこんなキャラクターで、という二項対立で議論しがちです。
 しかし実際のところ、テキスト動画でアイドルの性格付けが決定される過程においては、各アイドル個人がどんなキャラクターかということ以上に、アイマスキャラクター群全体の中での各アイドルのポジション(のイメージ)が重要な因子として働く場合が多いように思います。
 たとえば、765プロのアイドル11人or13人全員を使って一個のストーリーを編もうとした時、誰がリーダーポジションなのか・誰が参謀ポジションなのか・誰が和ませ役で誰が引っ掻き回し役なのか、といった役割分担は、普通に考えさせると誰がやっても自然と似てきます。そしてその傾向は、原作コミュをどれだけ知ってるのか・SPはやったのか・他の動画はどれだけ見たのか、等々の知識量によって左右されない部分があるのです。
 無論、容姿と設定、あるいは原作ゲームでのキャラクター描写、あるいは過去の二次創作の総体といったものがキャラクター構築の前提として存在するのは当然なのですが、その中からどの要素が抽出されやすいか、という観点で見ると、かかりやすいバイアス、生じやすい方向性が存在していて、それをもたらすのがキャラクター群全体の中でのバランス関係だと思うのです。
 まあ、なかなかわかりにくい話ではあって。伊織はどの動画でも常識人でツッコミ役である、と。それは伊織がそういうキャラクターだからでしょ、と言われるとそれ以上話の余地がなくなってしまうのですが、私は各アイドルが単体で持つものとしてのキャラクター性と、パーティ内で各アイドルが分担する役割としてのキャラクター性は、必ずしも同一視できないものだと思っています。

 さて、伊織の話です。上記胡桃坂氏の文章から更に引用すると、

「伊織は比較的どの動画でもキャラがぶれていないように感じます。
 貴重なツッコミ役であることと、色んなな一面を持つことがその原因なのかな?
 『伊織は使いやすい』という製作者の意見を何度か聞いたこともありますし。」

これには全く同感であり、また私も似たような製作者の意見を見たことがあります。伊織が与えられる性格付けは非常に収束しやすい方向性があって、それはアイマスキャラクター群の中で伊織が分担する役どころが非常に明確で固定化しているということの裏返しでもあります。その確固たるポジションの元で、魅力的な伊織が好演するノベマスが多数編まれてきたことを、私もよく知っています。
 しかし、私が当記事において関心の対象としているのは、一方で伊織という一個のアイドル自体はノベマスにおいてどのように掘り下げられ、どれくらいの多様性を持って描かれてきたのか、ということです。

 序文が長くなったので、具体的に動画を取り上げるのは次記事で。ここまで書いて既に放り出したくなってきたとか、大見得切ったけどもう書くことないよ、とかいうことは秘密だ。

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