2が出る日まで


・「アイドルマスター2」について
・私、Vinegar56%の今後について
・すごろく妄想格納庫(2が出る日まで)について

(長文です。いつも通り、ともいいますが。)





 サイレントマジョリティ、という言葉の意味を最近よく考えます。
 たとえばここに再生数100の動画があったとします。動画を見た100人のうち10人がコメントして、そのうち3人がネガティブコメントを付けたとします。コメントした人のうち3割がネガティブだったから、見た人100人全体の3割もネガティブかといったら、そうではないわけです。わざわざコメントするというアクティブな行動をする一割は元々特殊な層であって、この100人はこの再生数の動画をわざわざ見た100人なので、それなりに好意的に動画を見ている人の比率はもっと高くておかしくない。しかも、動画コメントにおいて何人の人が一人あたりいくつずつコメントしているかはパッと見ではわからないので、コメントした人の実際の比率とコメント群から受ける印象はさらに異なってきます。 

 この100再生動画の、コメントはしなかったけれどもそれなりに好意的であろう、90人のうちの大半は、つまりこの動画におけるサイレントマジョリティと呼べるわけですが、では今度、この動画が何らかの要因で1000再生まで伸びたとして、増えた900再生の中のマジョリティは100再生時のマジョリティと同質でしょうか。 更に10000再生まで、あるいは100000再生まで伸びたとしたらどうか。間違いなく、それぞれにおいてサイレントな層とラウドな層の比率も、マジョリティ・マイノリティの意見構成も異なっているはずです。そもそもサイレントな意見は直接観測しようがないわけですが、範囲をどう設定するかで何がマジョリティかは変わってしまう。サイレントマジョリティって何だろうなあ、と。


 9月以来、アイマス関連のネット上の意見はかなり注意深く観測しているつもりです。といっても私は元々2chまとめブログとかへの関心が薄くて、twitterでの交流もほとんどしていないので、個人ブログでどんな人がどんなことを書いているかを見ているわけですが。ブログで意見表明する人は、ニコ動上でコメントする人同様特殊な層であり、かつ意見にはラウドになりやすいタイプの意見となりにくいタイプの意見があるので、ごく限られた意見だけを掬い取っているわけです。しかしその特殊な層だけ見ていても感じることは、実にあるとあらゆる意見の持ち主がいるということと、大変多くの人が、自分は孤立している、自分のような考えはマイノリティである、もしくは少なくとも自分と相容れない意見がラウドであると感じていることです。誰もが自分のいる側をサイレントでマイノリティだと思っているのが、9月以来のアイマス関連の話題の一特徴である気がしますね。とりあえず誰に対しても私が言いたいのは、あなたと似たことを考えている人は案外方々にいるってことです。多いか少ないかは知る由もないけどね。

 で、アイマス2発売となりまして、ネット上ではまたそれなりに騒動が起こっているようです。そんな中でも冷静で興味深い分析をされている方はいるもので、無印を知っていてアイマス2をまだやっていないという自分の立場で、一番参考になったのはこちらの記事でしたね。

黒糖もやし:アイドルマスター2買いました

ただ、アイマスプレイ経験がない人であれば見え方もまた違ってくる筈ですが、あまりその辺りはいろんな人のプレイ体験を読んでも見えてきませんね。そういう視点を入れている記事で一番印象的だったのはこちらでしょうか。

大江戸秋葉徘徊日記 アイドルマスター2始めました。

あとまあ、ここ数日の騒ぎについては、庭上げPが書かれた言葉が面白かったですね。

世界IDOL大戦制作日記 アイマス2発売!・第五列

私のイメージとしては、第五列という言葉は裏切りとかどうというよりも、単純にスパイというイメージが強いので、そういう風に捉えています。要するに諜報戦ですよね、今起こっているのは。煽動する諜報機関があって、内通している協力者がいて、煽動される大衆がいる。あんなものはただの諜報機関だとみんな知っているのに、立場にかかわらず皆が諜報機関の動向を大いに気にしているから、そんなことが起こる。不思議と言えば不思議ですが、先入観に支配されている、自分が聞きたい言葉しか聞かない、面倒なことはやりたがらないという人間の普遍的な性質がある以上、致し方のないことでしょう。まあどうしてもその状況が許せない人は、草の根運動を続けていくしかないんじゃないでしょうか。諜報機関と煽動された大衆を一撃で滅ぼす魔法なんてありませんからねえ。


 ここまでは、ついでの話のようなものです。

 「アイドルマスター2」に対して私自身がどう対処するか、という話は、これまでこのブログで書いたことがありません。それは一昨日までブログ名にあった通り、このブログは(2が出る日まで)という設定で始めたものだったからでした。2が出る前に私という人間が妄想していたことを、2が出る前に書き残しておこう、と。その中で、2が出た後の世界と、「アイドルマスター2」というゲームそのものに対して、自分がどうするかが見えてきたらいいな、とも思っていました。私はニコマスファンでもあり、アイマスというゲームのファンでもあるので。なので、「アイドルマスター2」について書く時が来るとしたら、それは(2が出る日まで)が終わる時だったのですね。

 それで、現在、幸いにして、アイマスファンとしての自分が「アイドルマスター2」にどう対処するかは、大体定まったかな、と思っています。ただ、天の邪鬼なんですよね、私。いろんな方々のアイマスへの思いを聞いてきた今、自分はアイマス2を買いますとも言いたくないし、アイマス2を買いませんとも言いたくないし、保留しますとすら言いたくないんですよ。そのどれかであると表明してどれかに所属してしまうこと自体が、今はやりたくないのです。ただ、私は私なりのやり方で取り組みます、とだけ言いたい。

 けれども、一つ確実に言えることは、もしこのブログを書いて、ブログを訪れてくださった皆様との出会いがなかったら、私は間違いなく、2が出る日が来る前にニコマスファンであることもアイマスファンであることもやめていただろう、ということです。私が今日このようにしてあるのは一重に、ブログを読んでくださった皆様のおかげです。本当に、ありがとうございました。

 次に、ニコマスファンとしての自分の話です。2の1stPVが出てからずっと、いろいろ不安だったのですが、今はまあ、大丈夫です。

 2のPVを見てずっと思っていたのは、センシティブトゥーンでアイドルを綺麗に光らせるとか、いろんな地方の舞台で踊らせるとか、舞台の後ろに機関車が走っているとか、そういうことって今までニコマスPの仕事の領分だったと思うのですが。無印のアイドルは、基本衣装一つ、ステージ一個あれば大体何でもやってくれましたが、2にはそういう究極的汎用性のあるシンプルなステージがないんじゃないかと思っていたので。衣装もダンスもなんかごてごてしてたし。ニコマス全部がパクリm@sterかりふらm@ster化するのかなあ、なんて思っていましたが、今上がっているノーマルPVを見ると、まあまあなんとかそんなことも無さそうなので、良かったです。それにしてもセンシティブトゥーン、テラテラ光りますねえ。アップになると、バレエダンサーの化粧を間近で見ているような感じ、未だに慣れません。あとは、SP並みの自由度しかないという話も聞くS4Uが問題でしょうか。このまま無印のL4Uにあたるステージダンス専用のソフトが出ないと、いろいろ苦しい部分が出てきそうですね。それでBBコマンドだけはあったりしたらカオスになりそう。まあそこらへんは、ニコマスPがどうとでもしてくれるだろうとも思っているので、結論としてPVについて心配はしていないわけです。

 ノベマスは、どうなっていくんでしょうね。まあノベマスこそ、視聴するコミュニティさえあればどうとでもなりますが、私が見たいようなものが見られるかどうかは別問題ですからね。できれば多様性に富んだ作品を見たいものです。そういう観点からすれば、ゲーム内でのアイドル同士の掛け合いとか小鳥さんの登場とかは全くありがたくありませんが、固定されたものが増えるなら増えるで、2の世界を見事に使いこなすノベマスの登場を楽しみにしています。まずは、運用に向いた立ち絵グラが、いつごろ、どういったものが整備されるか。大きく今後の各キャラクターの方向性と、ノベマス自体の方向性を決定づけそうです。


 んで最後。最後はやっぱり、自分が2の春香さんにどう向き合うかです。

ぽりぺくんP THE iDOLM@STER アイドルマスター 天海春香 太陽のジェラシー M@STERVERSION


 私にとって、16歳の天海春香の原点であり、象徴は、この動画で「太陽のジェラシー」を歌っている春香さんです。「太陽のジェラシー」を歌う天海春香の中に、自分なりの春香さん像を見つけ出して、2年ちょっとの間それを追いかけて、ふくらませてきました。けれどもそうやって私が、ニコマスでもなくアイマスでもない私だけの幻影ともいうべき春香さんを自分の中で肥大化させている間に、公式を含む世の春香さんは大体それとはあんまり関係ない道を歩んで変容し続けてきたわけです。大概創作者というものは、受容者が難しい顔して大真面目に考えこんでいるようなことはごく適当に考えているものですしね。

 別にそんなことはずっと知っていたけれど、それと否応なしに向き合わざるを得なくなったのが、MA2の「太陽のジェラシー」を聴いた時でした。今まで公式が天海春香にどんな歌をどんな風に歌わせ、どんな風に天海春香を描こうとも、原点であり本当の姿はMAの「太陽のジェラシー」なのだ、この「太陽のジェラシー」の延長線上に未来の春香さんもいるはずだ、と自分に言い聞かせて私は生きてきました。しかし実際のところは、頭で理解していた通りに、MA2の春香さんが歌う「太陽のジェラシー」は、私の求める理想とは違うものの延長線上に現れたわけです。

 まあね、16歳の春香さんだけが本物だと、私にとっての正義だと、そう言ってしまえば楽になれるはずなんですよ。でも、結局それも私には無理なんです。人間には、過去を理想化して現在を否定したい感情と、現在を肯定したい感情が常に同居しているものだと思います。自分の描く理想だけを愛してそこに閉じこもるのは、それはそれで勇気を必要としますが、でもね、やっぱりつまらないと思うんですよ、それだけじゃ。自分だけが理解できるものを自分一人で愛してるなんて、つまらない。たとえ究極的にはそういう存在であっても、何かを他人と共有しているから楽しいんですよ。何かを共有したいんですよ。

 2の春香さん、可愛いです。すごく可愛いです。じゃあ何が問題なのかって、結局のところ、私は怖がっているんだと思います。2の春香さんがあまりに遠く、あまりに手が届かない存在に感じられてしまって。私はずっと、春香さんの舞台を遠く遠く、2階席の最後尾から垣間みるファンで居た筈だった。なのに、いつの間にか、自分でも気づかないうちに、春香さんを、手の届くかもしれないところまで近づいて見ているつもりになっていた。それがゼロになって、もう一度こんなに遠いところから見つめなければならないのが怖いのです。

 1stPVを一目見て、あ、ここに春香さんがいる、と思ってしまった私の負けです。アイドルマスター2に春香さんがいると、そう思えてしまったのだからしょうがない。結局、17歳の春香さんにどう向き合うのか、答えはまだ見つかりません。でも、もうあせる気持ちはないので、これからゆっくり、答えは探していきます。



 まあ、そんなこんなではありますが。
 ブログを書いてみて痛感するのは、宿題は消化されるものではなく雪だるま式に増えていくものである、ということですね。始めた時には、何人かの好きなPの好きな作品についてささっと書くだけのこと、半年もあれば余裕、と思っていたものですが、まーったくそんなことはありませんでした。

けれども、2が出る日はもう、来てしまったので。

すごろく妄想格納庫(2が出る日まで)は、2/24をもって閉店。
お付き合いくださいました皆様、取り上げさせていただいたPの皆様、本当にありがとうございました。

今現在は一区切り、一休み、です。

明日から、当ブログは延長戦に突入いたします。
今後とも、よろしくお願いいたします。








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