春香記事その1:ウィンウィンP「アイドルマスター 春香 「イジワルなあなた」」


 大切なことなのでこれから何度も繰り返すことになるでしょうが、
"「私」(プロデューサー/プレイヤー/作者/視聴者)に恋するアイドルの視線" と
"アイドルに恋する「私」(プロデューサー/プレイヤー/作者/視聴者)の視線" は、
突き詰めていくと最終的には区別がつかなくなるわけです。私は動画を見る際に、誰から誰へ向かう視線が描かれているか、ということにとても興味を惹かれるのですが、考えていくと結局はそうなってしまうという。
 何が言いたいのかというと、それを存在そのもので体現しちゃってる春香さんとんでもねえな、と。

ウィンウィンP アイドルマスター 春香 「イジワルなあなた」





 タイトルに「イジワルなあなた」とあります。
 ではその「あなた」って誰だろう、とまず思うのですが、動画の説明文には「狂おしいほど あなたが好きです」と書かれています。ウィンウィンPが春香の動画の説明に「あなたが好き」と書いているのだから、普通に考えて「あなた」=春香、となります。ところが動画のタイトルは「アイドルマスター 春香 「イジワルなあなた」」であって「アイドルマスター ウィンウィンP「イジワルなあなた」」ではありません。
 ニコマスPVのタイトルってこういうもんじゃん、と言われればそれまでですが、初めからこの動画は、誰を「わたし」として誰を「あなた」とすることも可能な物語なのです。だから、これから私が書くことは、無限に存在し得る「アイドルマスター 春香 「イジワルなあなた」」の物語の中の、一つの可能性に過ぎません。


 一見して色のせめぎ合い、とりわけ白と黒の対比が鍵となっている動画だということはすぐにわかる。が、その鍵からすらすらとこの動画の物語を解けるかといったらなかなか難しい。いや、私がそういうことをするのが苦手だというだけなのだが。
 いろんな要素が複雑に絡まり合っている動画で、特にややこしいのはたくさんの春香が混在しているから。単純に分けても白衣装の春香/黒衣装の春香/普段着でステージ上にいない春香/ウェディングドレスの春香、と4人の春香がいて、さらに各々色が付いている場面とモノクロの場面がある。
 しかし、先にも書いたように骨格を成しているのは白と黒の対比であろうことは明らか。では、この白と黒の春香は何を表しているんだろう、と。ちょっと一つのストーリーにしてみようかと思う。以下、「白衣装の春香」を ”白” 、「黒衣装の春香」を ”黒” と呼ぶ。

 動画のラスト近く、黒い背景に表示されるクレジットは「Produce by WinWin 」。それに対して動画の冒頭、いきなり表示されるのが、白い背景に「iDol HARUKA」の文字。『アイドルマスター 春香「Q × Q」』においては「PRODUCE BY HARUKA  & winwinP」と並んで表示されていた二人の名前は分断しておかれていて、しかも「HARUKA」には「Q × Q」にはなかった「iDol」の文字が加えられ、「WinWin」からは「P」の文字が消えている。
 文字通りに読めば、「iDol HARUKA」が「WinWin」によって「Produce」されている(orされた)、ということになるだろうか。「Produce」はアイマスにおける一般的な意味でのアイドルのプロデュース、とも取り得るし、「WinWin」が「iDol」を生み出している、とも取り得る。そして「HARUKA」は白地に黒文字、「WinWin」は黒地に白文字なので、まあどちらがどちらかという所は微妙なのだけれども、白と黒の対比は「HARUKA」と「WinWIn」との関係を表している、と取っても良いのではないだろうか。

 この解釈を延長して、白衣装パートはアイドル・春香を見つめる作者の視線を表し、「あなたに 染められ 恋の花」の歌詞で呼び出される黒衣装パートは作者自身を表す、と私はこの動画を読む。別に白パートは春香の心情を表す、でも良いのだが、これが私の好みの見方なので。
 白パート固有の歌詞は「私 恋におちていく」「焦げるような 視線」「甘い その蜜に 誘われて」と、受動的に対象に惹き付けられていく歌詞である。対して黒パート固有の歌詞は、「その手も 体も… あたしのモノに したくなるよ」「ホントに欲しいモノは あなたの愛」と、能動的に心情を表し、対象へアプローチしていく歌詞である。白パートの「冷たい くちびる」「秘めごと」「吐息」「舌先」、作者の目に映る春香の肢体。それへの欲情は黒パートの「その手も 体も… あたしのモノに したくなるよ」で明言される。同時に、「この 鼓動を とめないで」で ”白” が放った "鼓動" は、この歌詞において"黒"の中で脈打つことになる。
 同じ「隣で笑えたら 何もいらない」の「何もいらない」という文字が、白パートでは "白" の手でひっくり返され、黒パートでは "黒" の目配せとともに大きく表示される。この「何もいらない」や「いじめないで」の歌詞の時、白パートでは画面が灰色になる。私はこれらのシーンから拒絶や不可能を感じる。春香の心情や行動を表すと取るか、作者の思い・言葉が春香に届かない状態と取るか。

 "白" と "黒" はあるゆる場所で呼応し、"白" =春香、"黒" =作者と解釈し得る。では、ステージ上には決して現れない、普段着の春香は何者か。
 最初に現れるのは白パートの「行かないで 誰かの元へ」の歌詞で、ステージ上の "白" に重なって普段着でモノクロ状態の春香が映され、手を差し伸ばしながら分解して消えていく。「あなたに染められ」て "黒" が現れるのはこのすぐ後である。
 2度目に現れるのは間奏部。ステージ上で踊る色とりどりの春香の映像の隣で、普段着で、ステージ上におらず、モノクロの状態で走っている。
 3度目は先にも述べた、黒パートの中の「その手も 体も… あたしのモノに したくなるよ」の部分。より詳しく見ると、間奏部の最後で ”黒" が踊った後、「その手も」の歌詞とともに画面は暗転してゆき、「体も…」では真っ黒な画面に "鼓動" だけが映っている。そして、「あたしのモノに」で普段着・モノクロの春香の胸が写り、そのまま同じモーションでステージ上の "黒" に移行する。
 このように見てくると、普段着の春香は "黒" (作者)側の心情に寄り添っている。普段着春香は、ステージ上の春香を見つめながら想いを募らせてきた作者の内面で、それが具体的な表現・行動に至った(→ステージに立っている)状態が "黒" 、と言えるかもしれない。

 想いを心の内に秘めておけなくなり、欲望や嫉妬や様々なものに「ムシバマレ」ながら、 "黒" (作者)が出す答えは、「ホントに欲しいものは あなたの愛」であり、「隣で笑えたら 何もいらない」である。これらの歌詞のあとに、「いじめないで 大切にしてよね」で初めて "白" と "黒" は遭遇する。 "白" (春香)は何かを受け取る仕草をし、 "黒" は背を向ける。
 そしてその「大切にしてよね」に続いて出る、2度目の「あなたに 染められ 恋の花」の歌詞で、ステージ上にウェディングドレスの春香が現れる。
 "黒" →ウェディングの移行。1度目の "白" → "黒" の移行(春香に作者が染められて "黒" になる)と対応させるならば、作者に染められて春香がウェディング姿になった、というわけで、ここは身も蓋もなく直截的に、作者に告白されて結ばれた春香の姿、と言ってしまおう。

 ラストシーン。一瞬「うそで」という言葉が挟まった後、「ぎゅっとして」で、背を向けていた普段着春香(初めて色づいた姿である)がこちらを振り向いて目を開く姿と、ウェディング春香が目を閉じる姿が重なって映し出される。最後はステージ上に、色を失い静止したウェディング春香だけが残る。
 ここはもう、そうなっているとしか言いようがない。どのようにでも想像を広げようのあるエンディングである。

 白=春香、黒=作者というストーリーに沿ってざっと動画をなぞってみた(そしてよくわからないシーン、都合の悪いシーンは無視した)が、この動画の真価はここから先にある。
 すなわち、白と黒の意味づけをそっくり入れ替えても、あるいは全く別の意味づけを付与しても、何の問題もなくストーリーを描くことが出来るのがこの動画である。そしてどのようなストーリーを描いても、全ての絵を一つのストーリーで説明しきることはできない気がする。
 普段着春香を作者ではなく春香の心情、と読み替えるだけでも私の描いたストーリーは180度ひっくり返る。作者など持ち出さず、全て春香の内面を表していて、白と黒の統合された存在がウェディング春香である、としてもよい。そもそも、私が作者側を表すと解釈した "黒" も "普段着" も、(当たり前の話ながら)すべて実際にそこにいて表現しているのは春香である。
 動画の中の作者の視線も動画を見る視聴者の視線も、すべて呑み込まれて春香の分身、春香の物語の中に内包されてしまう、もしくは動画が始まる前から内包されている。それをいとも簡単にできるのが、春香という存在の恐ろしさである。


 縷々書いてきましたがさて、結論として、この動画は一体どういう動画なのでしょう。
 簡単ですね。「狂おしいほど あなたが好き」な動画です。なんで狂おしいほど好きなのかと言えば、狂わせるほどに春香が魅力的だからです。それ以上に何を言うことがあるでしょう。あれ、なんで私はこんな長文を書いてるんだ?
 で、繰り返しになりますが、「狂おしいほど あなたが好き」な動画だと感じることができるのは、この動画の春香が狂おしいほどに魅力的だからです。
 「狂おしい」と言葉で書くことは、誰にでも出来ます。言う勇気さえあれば。映像表現の文法に長けてい人ならば、「狂おしい」を映像で表現することも可能でしょう。しかし、 "春香が狂おしいほど魅力的である" ことそのものを以て、「狂おしいほど好き」であることを表現しきっていまうのがこの動画であり、ウィンウィンPがウィンウィンPたる所以です。


 既に私は下半期20選のマイリストコメントで、2010年はウィンウィンPの春香が誰よりも輝いた年である、と書きました。その意味を、ここで少し述べてきます。

 ウィンウィンPは、動画のコンセプトをはっきりと思い浮かべることができる人なのだと思います。動画ごとに、どんなイメージを表現したいか、どんなコンセプトを伝えたいかが明瞭にイメージされている。
 ニコマスPとして積み重ねてきた研鑽によって、Pの中で膨らんで渦巻いているイメージを表現するための技法、語るための言葉が熟成されて、以前より更にぎゅっと凝縮されて動画に表出してくるようになった、2010年のウィンウィンPの動画を見ていると、そんな気がするのです。

 ウィンウィンPは、春香を本当によく見ている人です。動画の中の春香が魅力的なのは、作者が春香の魅力的な表情をたくさん知っていて、心の中に刻み付けているからです。センスや技術の前に、どれだけPが春香の表情を知り、春香の魅力を知っているかという土台の所でウィンウィンPの春香は圧倒的なのです。ここまで春香の表情を切り取れる人が後何人残っているだろう、と指折り数えると愕然となりますが、それはともかく。

 『Q × Q』の生み出された上半期の後に、この『イジワルなあなた』であり、『サマータイム!!』であり、『COSMOS vs ALIEN』が生み出された、ということも大切なことです。
 『Q × Q』は、一つの究極的な答えと呼ぶにふさしい動画です。
ななななな~Pにおける『天海春香  が好きだ』であり、
ヨルPにおける『春香 一人舞台』であり、
その位置にウィンウィンPの『アイドルマスター 春香「Q × Q」』、として位置づけられておかしくない、そういう動画です。
 その『Q × Q』の先でなお『イジワルなあなた』を生み出し、なおもその先に進もうとしている。到達点の先で、なお春香を見つめ、春香とともに歩み、春香と春香への想いを魅せてくれる一人のプロデューサーがいる、今というこの時。それは、本当に素敵で、奇跡で、珠玉の時間なのです。

 私は、誰かが見つめている春香が好きです。見つめる者がいないステージに、アイドルが存在しているとは信じていません。だから、誰よりも春香を見つめ、誰よりも春香を魅せてくれるウィンウィンPというプロデューサーがいる、今というこの時、自分がここに居る無上の幸せを、強く強く噛みしめるのです。
 


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記事にコメントいただいた方へ

自分の思い込みと思い入ればかりの恥ずかしい記事ですが、気持ちだけは精一杯にこめたつもりでしたので、このようなコメントをいただけて嬉しく思っております。

あまり内容に触れるのもなんですので、ただ、本当に嬉しかった、ありがとうございます、と、それだけ言わせてください。

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