失うものしかない戦い


例によって、サッカーの2014年ロシア・ワールドカップのネタバレを含みません。







【祝J2優勝J1昇格】札幌vs金沢の時系列と最適戦略(と札幌の命拾いについて) - alovelog

「勝ち点」とか「得失点差」とかいったもので順位を決めているリーグ戦の終盤において、どういうことが起こるか、をわかりやすく説明した記事。2016年のJ2最終節、コンサドーレ札幌対ツエーゲン金沢。試合前1位のコンサドーレにはJ1への昇格がかかり、試合前最下位のツエーゲンにはJ3への降格の回避がかかっていた試合。同時進行している他の試合の状況に応じて、それぞれこの試合でどういう結果を目指すべきかが刻々と変化していき、最終的に、同点のまま試合を終わらせるのが両者にとってもっとも都合が良くなり、その通りの結果になった……というお話。

上記の場合には、後半の早い段階で他の試合の趨勢が明確になって、両者が意図的に試合を膠着させる状況が生まれたわけだが、一方、最後の数分間のうちに状況が激しく変化したことで有名なのが2003年のJ1、2ndステージ最終節。

2003年J1・2ndステージ最終節 - Wikipedia

試合前1位のジュビロ磐田と3位の横浜F・マリノスが直接対決、2位の鹿島アントラーズは優勝の可能性がない浦和レッズとの試合。ジュビロが引き分け以上ならジュビロの優勝、マリノスとアントラーズが両方勝てばアントラーズ優勝、マリノスが勝ってアントラーズが引き分け以下ならマリノスの優勝。
マリノス-ジュビロの試合は開始後すぐにジュビロが先制した上、前半15分にはマリノスのGK榎本哲也が退場、マリノスは10人で逆転を目指さなければならなくなったのだが、後半にマリノスが同点、さらにロスタイムに逆転した上、アントラーズがずっとリードしていたレッズ-アントラーズ戦もロスタイムにレッズが同点に追いついて、マリノスに優勝が転がり込んだ……というお話。

スポーツフリーク・ドット・コム 2003年度J1最終節

この試合、マリノスファン的には、笑ってしまうような逆境だったわけだけれども、同時に、それゆえに気楽に、前向きに見ることができる、実に楽しく観戦できた試合だったのを覚えている。なにせ、はなからこちらの方が下位で、、自力優勝の可能性がない挑戦者の立場だったのに、そこへ持ってきての、相手にリードを許した上、一人少ない状態で75分戦わなければならないという状況。負けてもともとであって、失うものは何もないのだ。何も失うものがなく、単純にチャレンジャーとして相手にぶつかっていけばいい試合ほど楽しいものはない。
実際、榎本哲が退場したあと、どう戦えばいいのかとまどっていたのはジュビロの側であって、意志統一された戦い方ができたのは、とにかく守り固めた上で少ないチャンスで確実に点を取らなければならない、というミッションが明確になったマリノスの方であった。そして、守り固めた上で、個の力で効率的に得点する……という戦い方こそ、まさに岡田マリノスがもっとも得意とするところだったし、この非常事態に際して交代要員として送り込まれたのは、岡田政権下で出番がなかったベテラン、下川健一と上野良治であって、ブランクがあるはずの彼らは見事に難しい試合を落ち着かせる働きをした。(下川は言うまでもなく、ジェフ市原の顔だったゴールキーパーだが、彼が横浜マリノスで過ごした現役後半の6年間において、リーグ戦で出番を得たのはこの時が最初で最後である。)
サッカーには、この流れでうちのチームが勝たなかったら嘘だ、と思える試合が、ときにあるもので、マリノスにとって2003年の最終節は、まさにそういう試合だったと思う。

ただ、それはあくまで目の前のジュビロ磐田との試合についてであって、優勝となると話はまったく別である。私は、試合前から、このステージでマリノスが優勝するなんてあり得ないと思っていたし、終盤になってもそれは変わらなかった。だって、岡田監督はまだ就任1年目であり、マリノスはすでに1stステージに優勝を果たしている。なんというか、ここで、すべての試合の展開がマリノスに都合よく運んで完全優勝なんて、あまりにも話がうますぎるではないか。
だから、マリノス-ジュビロの試合が先に終わった後、アントラーズがリードを維持していてこのままでは優勝はない、ということにむしろほっとしていた気がするし、レッズが追いついて優勝が決まった時には、嬉しいというより狐につままれたような気持ちだったことを覚えている。

もっとも、上記の二つの試合は、時間ごとの状況の揺れ動き方はスリリングであるが、それぞれのタイミングにおいて、各チームが何をしなければならないかは明確であった。しかし、世の中には、最終的に何がどう転ぶかわからない状況で、誰かが思い切った決断をした試合というものもあって、そういう時、そのあとには、何が正しかったのか、何をどうすればいちばん良かったのか、いつまで考えても答えが出ないもやもやが残る。

最初に貼ったブログ記事でも触れられている、2000年のJ1・1stステージ第12節のアビスパ福岡対横浜F・マリノス戦。この前の私の記事でちらっと言及した、"松田直樹の挑発事件" が起こった試合である。


試合中ボールに座り…/盧記者 - サッカーニュース:nikkansports.com

さようなら、ありがとう松田直樹選手:のほほん蹴球見聞録

試合は60分頃まで同点で進んでいたが、64分にマリノスが松田のゴールでリード、68分にアビスパの前田浩二が退場し、さらに78分にマリノスが追加点を入れて点差を広げた。ここで、残留争いを念頭に置くアビスパのピッコリ監督は、失点をこれ以上増やさないため、負けたまま試合を終わらせることを選択する。自陣でボールを回していても奪いにこないアビスパに対して、松田が座り込んで挑発する。この時松田が具体的にどんな言葉を口にしていのか、メディアによって微妙に伝えるところは違っているが、いずれ下品で攻撃的な文句だったことは確かなようである。さらに松田は試合後のインタビューでもアビスパの戦い方を非難した。

この事件が難しいのは、この試合はシーズン終盤の、優勝争いや降格回避の条件が明確な試合(2点差負けまでなら得失点差で降格を回避できるが、3点差になると降格、というような)ではなかったため、"フェアプレー" とか "プロらしい戦い" というものをどう考えるか、ということのみならず、アビスパ側にとってどういう選択が最善だったかという点についても、誰にも断定ができない点にある。
ただ、松田のようなことが言えるのは、降格の心配などする必要がない立場に身を置いている(この試合の時点でマリノスはリーグ1位であり、そのまま1stステージ優勝を果たす。ちなみに、しかし、翌2001年、マリノスは何かのバチでも当たったのかと思うような低迷をし、クラブ史上初めての降格の危機を迎えることとなる。)からであって、どんな試合のどんな時間帯でもリスクを負ってボールを奪いにいく戦い方を強制されるなどたまったものではない……というのが、多くのファンの心情ではなかっただろうか。

ところで、マリノスとの試合で、上記のような明確に割り切った采配を実行したピッコリ監督はまた、カップ戦(ナビスコカップ。現在のルヴァンカップ)に、直前のリーグ戦と全く異なるメンバーで臨むことを明言し、後々まで続く、いわゆる「ベストメンバー規定」をめぐる騒動の発端となった人物でもあった。「ベストメンバー規定」問題は、"サッカー好き、Jリーグ好きの間で議論が千差万別に分かれている" 類の問題ではなく、およそJリーグファンの側では、規定そのものが不必要で誤りであるという、意見がつねに大勢であるにもかかわらず、"現にJリーグを好きである人の納得・満足” とは別の観点から必要性が主張されている、という構図の問題(同様の問題としてほかに、「秋春制」や「2ステージ制復活」がある)なのだが、何がサッカーにおける "フェアプレー" なのか、"エンターテイメント" なのか、"プロらしい戦い方" なのかが問われている、という点は同じである。この件をあまり長々しく書く気にもならないので、いまネット上で簡単に拾える記事をいくつか貼っておく。
(ちなみに、2000年に「ベストメンバー規定」の具体的な条件と罰則が定められてから、2013年にJ1限定で条件が緩和されるまでの間で、唯一実際に条件に抵触して罰則を受けたのが2012年のヴィッセル神戸であり、その時の監督が西野朗という人である。)


ネストール・オマール・ピッコリ - Wikipedia
ベストメンバー規定 - Wikipedia
KET SEE BLOG: 15年前から一切成長していない協会トップ
Jリーグを観に行こう! ベストメンバー規定はすぐにでも撤廃すべき
ベストメンバー規定を緩和 ACL前後は適用受けず Sponichi Annex サッカー
コラム:再考されるべき「ベストメンバー規定」| Goal.com
ベストメンバー規定大幅緩和へ/サッカー/デイリースポーツ online
2ステージ制にベストメンバー規定見直し Jリーグの改革は良い方向に進んでいるのか | ダイヤモンド・オンライン
ルヴァンカップが名選手を輩出し「若手の登竜門」となった軌跡 | ダイヤモンド・オンライン
16歳積極起用の湘南に『ベストメンバー規定』違反…“情状酌量”でも制裁金600万円 | ゲキサカ


話を戻して、残留争いというと、いつも思い出すチームが私にはいくつかある。
たとえば、2006年のサンフレッチェ広島。

メモ サンフレッチェ広島の軌跡

前任の小野剛がシーズン未勝利のまま辞任、急遽暫定監督となった望月一頼は、自陣ゴール前を徹底的に守り固める戦術をとる。それはシステムとしては「5バック」なのだが、見た目の印象としてはほとんど "7バック" とか "8バック" とか形容すべきものであり、あれほどまでに守備に振り切ったチームは、他に見た覚えがない。そしてその布陣から、とにかく何が何でも敵に点は取らせない、勝ち点は奪わせない、それ以外に生き残る道はない……という、異様で切迫した情念が立ち上ってくるのが見えるような気がして、たった4試合の指揮だったにもかかわらず、強烈に記憶に残っている。

あるいは、2008年のジュビロ磐田。成績不振で前任の内山篤監督が解任され、後任のハンス・オフトが就任したのは、リーグ戦も3分の2が過ぎた9月になってのことだった。オフト監督はただちに、5バックの守備的な戦い方を選択する。この時のオフトジュビロが印象的だったのは、その戦術が極端だったというよりも、その試合のありようが、結果が出ない中で、降格の恐怖におびえつつ戦い続けなければならない、残留争いの苦しさというものを具象化したもののように感じられたからである。
自陣の前に多くの選手を並べる戦い方は、いろいろな可能性を諦め、プレイヤーに窮屈で疲れる任務を強いなければならない戦法である。それで成績が劇的に向上するというわけではなく、守り続けていてもやっぱり、点は取られるし試合に負ける。負けている時に劇的に点を取り返せるような、鮮やかな逆転の手段があるわけでもない。それでも、一度その道を選んだ以上は、ひたすらに耐え忍んで守り続けていくしかない……先が見えない、不安と、緊張と、徒労感に苛まされる日々。

最終節、勝てば無条件で残留、引き分けでも他の試合の結果次第で残留、という有利な条件で臨んだジュビロ磐田だったが、大宮アルディージャに敗北を喫し、J1・J2入れ替え戦(当時は、J1で下から3番目だったクラブと、J2で3位だったクラブが、ホーム&アウェーの2試合で争うものだった)に回る。そして、ベカルタ仙台との入れ替え戦において、MF松浦拓弥の2試合で3得点をあげる救世主的な活躍によって、からくも残留を果たすこととなる。

うまねんblog: ●「Jリーグはこれでいい」のにね ('08Jリーグ入替戦)




人が、あるスポーツに興味を持つきっかけは千差万別であって、必ずしも勝ち負けやギャンブルが好きだからスポーツを好きになる、というものでもないだろう。そのきっかけは、たとえば素晴らしく鍛え上げた人間の肉体が繰り出すスペシャルな技そのものの美しさだったかもしれないし、競技の中で繰り広げられる高度な技術的、戦術的駆け引きに対する知的好奇心だったかもしれないし、あるいは競技に関わる人間たちの、勇猛で果敢な姿勢や紳士的でリスペクトに満ちた態度や人間的な魅力といったものに魅せられたのかもしれない。
しかし、どんなきっかけで好きになったとしても、ある競技、あるチーム、あるプレイヤーにこだわって追いかけていくようになれば必然的に、スポーツとは誰かを勝たせて誰かを負けさせることを商売にするシステムであり、その勝ち負けに、その世界に生きる人々の人生がかかっているということの不条理に遭遇することになる。リーグ戦にはリーグ戦の、カップ戦にはカップ戦の不条理があって、どこかで必ず、たった一つの試合の中でのプレイヤーのたかが一挙手一投足に、あまりにも多くの人びとの希望や、生活や、場合によっては命そのものがのしかかっている瞬間を目にすることになる。スポーツを観戦するとはすなわち、見ず知らずの他人の一挙手一投足に巨大なものがのしかって苦しめ、そのたったひとりの決断とその先にある偶然にすべてが委ねられている不条理を、安全な場所から眺めることに興奮や快楽を見出すということだ。
そして、誰かの一挙手一投足に、あまりにも大きなものがのしかかった試合というものは、人間が運命に弄ばされるさまを楽しむドラマとしては極上だが、得てして、ゲームとして、競技内容としてはまったく消極的で退屈だったり、陰惨で暴力的だったりするものである。

「入れ替え戦」という見世物は、リーグ戦の不条理の最たるものである。先に私は、"失うもののない戦いほど楽しいものはない" と書いたが、上位のリーグから残留をかけて臨む側にとって、入れ替え戦はその正反対、"失うものしかない戦い" である。負けて下部リーグに落ちれば、スポンサーは離れ、観客は減り、リーグから供与される報酬や恩典も少なくなる。それはクラブの予算と活動の規模の縮小に結果し、多くの関係者の生活が苦しくなり、多くの選手が解雇されるだろう。負けて失うものは致命的だが、勝ったところで何かが手に入るわけではなく、ただ、最低限今年と同じ場所から来年もスタートできる、という現状維持が確保されるに過ぎない。
失うものはあまりに大きく重く、勝利は報酬ではなくただの必須条件である。そんな戦いに臨むチームの、選手も、ベンチも、サポーターも、すべての人びとの間に流れる、澱んだ重苦しい雰囲気、ひとりひとりの顔の悲壮なこわばり方。一度見たら忘れがたい、異様な空気。

それでも、私がこうして、2006年のサンフレッチェや2008年のジュビロのことを物語として語れるのは、それでも結局のところ、この年の彼らが残留という結果を手にした勝者だからである。本当に負けて降格していくチームの姿というのは、決して美しい物語にはできないものだ。
入れ替え戦は、どれだけ頑張っても誰かが必ず負けて去っていくことになる、リーグ戦というシステムの中の陰惨な部分を、たった一つの試合に凝縮した場であった。2008年を最後にJ1J2入れ替え戦がなくなった時、正直私はほっとしたものだったが、なんでも、今年、2018年から新たな制度の入れ替え戦が始まるそうである。サッカーにおいて、"フェアプレー" とはなんなのか、"エンターテインメント" とはなんなのか、サッカーにおける "プロらしい戦い方" とは一体なんなのか……。そういうことを考えたい人は、一度くらい「入れ替え戦」というものを見てみてもいいのではないか、と思っている。




関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Vinegar56%

Author:Vinegar56%

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
月別アーカイブ
全記事一覧

全ての記事を表示する

検索フォーム
リンク
FC2カウンター
FC2カウンター
現在の閲覧者数: