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「サッカー」と、「サッカーのようなもの」(中編)


承前


前編で書いた、2003年の岡田武史と上野良治の話の出典のインタビューがネット上にまだあったので、貼っておく。

ITmedia ビジネスオンライン 岡田武史氏が語る、日本代表監督の仕事とは (5/7)


2007年、上野良治に3度目の転機が訪れる。2003~2004年のリーグ連覇後、タイトルから遠ざかった岡田監督は、2006のシーズン中に解雇された。日産スタジアムとマリノスタウンという巨大な施設を抱え、慢性的な赤字に苦しんでいたクラブは、シーズン末に岡田時代の主力だった高年俸のベテラン選手を大量解雇する。これによって、すでにチーム最古参であった上野は、同時に突出した最年長選手(次に高齢なのが4歳年下の松田直樹)という立場になった。
迎えた2007シーズン、クラブはそれまでの外部から大物監督を招聘する路線を放棄して日産OBの早野宏史を監督に就任させ、"若手の育成重視" の路線を標榜した。早野新監督がとった戦術は、相手がボールを持ったら坂田大輔、大島秀夫の勤勉な2トップを先頭に、チーム全体がひたすら前がかりにボールを奪いに行く……という超絶特攻ハイプレス戦法であり、それまでの2ボランチから1ボランチに変更された中盤の底には、ボール奪取力に優れた河合竜二が起用された。
早野監督の特攻ハイプレス戦法は、相手に読まれてプレスの最初の一陣を躱されると大変脆いものであり、そしてこの特攻が機能しない場合、チームにはこの時キレキレだった山瀬功治が独力でドリブル突破する以外の攻撃手段がなかった。上野の技術と視野が必要だと思える日も、彼は黙々とベンチを温め続け、あるいはサブメンバーにすら入らなかった。ある試合で、レギュラーの河合が負傷のため出場できなくなった際、早野監督は代わりにセンターバックが本職の那須大亮を起用し、その意図を次のように説明した。上野を使うという選択肢もあったが、"まずは守備をしっかりしようと考えて" 那須を選んだ、と。
ここに、上野がチームが外される時、決まって口にされる理由が、またも浮上していることが確認できる。"走らない"、"守備をしない"。
かつて西野監督は、上野のことを"ボールを持っていない時は何もできない" (=走らない、守備をしない)と評した。岡田監督がマリノスに就任した時、ボランチに起用したのは、精力的に上下動を繰り返して攻撃に関与する遠藤彰弘であり、守備専門のハードバトラーである那須大亮だった。そして早野監督は、"守備をしっかりする" 時のファーストチョイスは上野ではないはずだと考えた。なるほど、かつて新人だった頃、上野が、ボールを持っていない時はただ歩いているような古典的ゲームメーカー然としていたことはたしかであり、アスカルゴルタが彼をボランチにコンバートした時と、岡田武史が同じボランチでもよりアグレッシブな役割を求めた時、上野のプレーぶりが変わり、進化していったのは、誰もが認めるところである。
岡田の側の物語によれば、それは、上野が岡田の与えた逆境をバネにして「自分を変え」、 「ガラッとプレースタイルを変えてきた」という話になるのだが、私は、そう思ってはいない。岡田が就任する以前、チームには中村俊輔やバルディビエソ(アスカルゴルタ時代)、永井秀樹や三浦淳宏(アルディレス時代)など中盤に攻撃的なタレントを揃え、ボランチの相方は遠藤彰弘だった。上野の役割は、彼らのパス回しの起点となりつつ、中村や遠藤がフリーダムに動き回って空けたスペースを埋めることだった。上野自身が、相方がどんどん攻め上がっていくから自分はバランスを取ることに専念していた、と語ったことがあるように、この頃の上野の、あまり動き回らないバランサーとしてのふるまいは、彼自身の好みというより、戦術上、チームメイトとの組み合わせ上の要請で形作られたものだと言っていい。他方、岡田監督が上野を起点した2004年の戦術は、自らボールを持って仕掛けるというよりは、屈強な守備陣で跳ね返したボールを素早く前線まで運ぶ、カウンター主体のものであり、上野と組む相手も守備職人の河合竜二や那須大亮だった。上野のプレーも、ボールを持つとより短く速いパスを素早く出し、しばしば自らも前線に顔を出すように変わっていたが、それは、ポリシーとしてやりたがらながったり能力的に苦手だったプレーを、"自己改革" "意識変革" してするようになった、ということではないと思う。彼にはもともと、求められれば、そしてそれを実行できる環境が周りに整えられれば、さまざまなタスクをこなす能力も熱意も理解力も備わっていたが、それを発揮できる機会が与えられていなかった。上野良治はつねに、そのとき置かれた状況の中で行わなければならないプレーを忠実に実行しているのであり、彼のプレーのありようは、監督がチーム全体をどう設計し、その中で彼に何を求め、どこまで信頼しているかの鏡なのである。

他方、上野がたびたび、それまで絶対的な主力であって、技術的、肉体的にはなんら衰えていないにも関わらず干されているのは、純粋に彼のプレー内容のみに起因した事柄だったとは思えない。30年ぶりのオリンピック出場という困難なミッションを狙う西野朗。初のワールドカップ出場監督という名声を背負い、クラブを優勝させる使命を帯びてやってきた岡田武史。厳しいコストカットの実行者として降臨した早野宏史。上野が外されるのは決まって、何かを変えなければならない使命を帯び、何かを自分の手で変えたくて仕方がない監督がチームにやってきた時である。
何か新しいことを始めたくて仕方がない、早くチームを自分の色で染め上げねばと燃えている監督が、着任する。彼は自分のものになった選手たちを見回す。と、そこに、妙に目立つ奴がいる。そいつは押しも押されもせぬレギュラーだが、いつでも無表情でやる気というものが感じられない。試合中も練習中もろくに声を出さず、何を考えているのかさっぱりわからない。そのくせ技術的には文句のつけようがないほど上手くて、皆に一目置かれている。新任の監督がチームに衝撃を与えて引き締めを図るのに、これほど格好のスケープゴートもなかなかない。"守備をしない"、"走らない"、という上野と対した監督の言葉は、本当のところ、こういう意味ではなかっただろうか。"こいつは、守備をしなさそうなやる気のない顔つきをしている"、"こいつは、走らなそうな、闘志の感じられないふるまいをしている"。

実際のところ、ポーカーフェイスな外見にかかわらず、ピッチ上の上野が相当に感情的で激しいプレイヤーであることについては、多くの証言がある。マリノスサポーターならば、降格の崖っぷちに瀕した2001年のホーム最終節ガンバ大阪戦、監督が退席になった荒れ試合で、ヘディングで決勝点を決めた時の上野の姿を知っている。あの時、あのゴールを叩き込んだあの男の姿を見て、誰が闘志がないなどと言えようか。
けれども、上野は、自分が本当はそういう人間でもある、ということを、わざわざ他人に向かって説明などしない。マネジメントの鬼才である岡田武史にして、自分を無視し続けた当人に向かって、「もう1年チャレンジさせてください」と言うのを聞いた時初めて、穏やかでもの静かなこの男の内側に、なにかとても強くて熱いものがあることに気づいたのではなかっただろうか。
上野良治は、松田直樹のようになぜ俺を使わないと監督のもとに怒鳴り込んだりしないし、中澤佑二のように、今度の監督はこんな新しいチャレンジを自分にさせてくて、それが自分にはこんな風に楽しい……と陽気にわかりやすく語ったりしない。
プロサッカー選手というものは、フロントと監督に必要な人材だと認められて、他の同業者より優先して使いたいと思わせて試合に出させることによってしか食っていけない個人営業主である。クラブの方針と監督の人事がどれだけ変転しようとも、いつでも明るく前向きに新しいやり方に順応し、日々新しい要求に応えて新しい技術と考え方を身につけている姿を見せつけ、どんな監督にも信頼させどんなフロントにも使いたいと思わせ続ける中澤佑二のような人間こそが理想のプロ選手というもので、自分を説明しない、アピールしないプロ選手など考えられない。

でも、上野良治は、そんなことはしないのだ。誰が見てようが見てなかろうが、正しいプレーは正しいプレーであり、必要なプレーは必要なプレーなのであって、自分は何者であり、何を考えていて、何ができて、何がやりたいのか。そんなことは自分のプレーのうちにこそある。それがどれだけ他人に理解して貰えるかなんて興味がないし、プレー以外のところで自分を伝えるなんてことにはなおさら興味がない。興味がないからそんなことはやらない。
ある意味で彼は、おそろしく傲慢で不遜な人であり、別の言い方をすれば、恐ろしく素直で純真な人である。彼がプロ選手として生き残れたのは、単に彼の才能があまりにもずば抜けていて、そして、たまたま彼の才能を引き出せる優れた監督に幾度か巡り会えたからに過ぎない。

けれども、そうしていつでもサッカーそのもの、プレーそのもの以外に興味を示さない上野のありようが、同僚たちから、サッカー選手というもののある種の理想として、規範として、畏敬をもって見守られてこともまた、たしかなようである。当時のマリノスの若手の回想やインタビューを読むと、必ずと言っていいほど、上野の話が出てくる。
上野は、中山雅史のようにランニングの先頭に立って疾走したりしないし、秋田豊のようにベンチを全力で盛り上げたりしないし、藤田俊哉のように控え選手に気さくに話しかけて回ったりしない。およそ、普通に想像されるような "精神的支柱" "チームに貢献するベテラン" らしい行動をしたというエピソードは一切伝わってこないにも関わらず、誰の口からも、上野のことが語られる。
もう一人、誰の口にも上る存在が松田直樹であり、そして松田直樹で話題になるのは、決まって"プレー以外のものによって感情を露わにする松田" の姿である。大先輩で代表キャプテンの井原正巳に食ってかかる松田。川口能活と延々と口論する松田。新人の岡山一成を自分の車で焼肉に連れて行って、ぶっきらぼうに励ます松田。栗原勇蔵に向かって、気合いを入れるために俺を殴れという松田。降格寸前でドン引きに守ってくる対戦相手に向かって、本気でかかってこいよと叫ぶ松田……。
上野良治の姿が人の口に上る時、話題になるのは決まって、試合の中、練習の中、プレーの中での上野の姿である。曰く、"練習でも、上野さんにパスを出す時は丁寧に出さなきゃと思った"(田中隼磨)。曰く、"自分がミスをすると、上野さんは必ずこっちを見てくる"。曰く、"新人の時からベテランみたいだった"(鈴木正治)。
プレー以外のもの、サッカー以外のもので自分を表そうとしない上野良治のプレーは、それゆえに、その一挙手一投足が、同僚にとって、サッカーとはどうプレーすべきものか、サッカーの技術とはどうあるべきものか、ということをどんな教本よりも雄弁に物語る模範であり、チームの中に上野良治という選手が存在し、プレーしていることそのものが、チームに一種の緊張感と向上心をもたらしていたのだと思う。




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