あかりは今夜も灯る


じんぺい氏 「路上のルール」北沢志保 17年09月28日 17時28分


 





ひとつ前の記事で、アイマスMADは瞬間のうちに、そこに至る過程もその先の未来も表現できる、と書きましたが、私がそういうことを最初に考えたのは、ヨルPのアイドルマスター春香×BUMP OF CHICKEN「才悩人応援歌」(10年02月14日12時53分 権利者削除)を見返している時だったと思います。

いまは権利者削除でニコ動上には残っていませんが、「才悩人応援歌」はヨルPの後にも何度か、春香メインのアニマスMADとして動画化されたことがあって、いずれも感動的な作品でした。
ただ、見ていて思ったのは、この歌を動画にするということは、

唇から 零れ落ちた 
ほんの少しだけ 大気を揺らした

というサビの言葉をどう表現できるのかが肝なんだな、ということです。

才能がなくて、期待されてなくて、何をやってもうまくいかない、そんな人間の「唇から」何かが「零れ落ち」て、それが「ほんの少しだけ大気を揺らす」瞬間を、どう具象化するのか。
アニメMADでそれを表そうとすれば、歌詞に沿ってアニメのストーリーを再構成していって、要の詞のところで20話なり24話なりのクライマックスの場面の春香を見せる、ということになります。しかし、動画がアニメの絵とストーリーをなぞるものである限り、 "アニメが提示した春香" "アニメを見て得られる感動" 以上のものを見せることはできないのです。
ヨルPの動画には、サビの場面において、何の特別な演出も、どんな物語的な説明も存在しません。その前もその後も、同じように春香が踊り続けているだけです。泳ぐように、流れるように(「泳ぐように踊る」というのが、投稿当時に視聴者からついたコメントでした)。
そうであるからこそ、この瞬間をこんな風に歌い踊って表現できる、という事実そのもののうちに、どんな経験を積んで、何を得て春香がこのステージに至ったかが、どんな物語よりも雄弁に語られているのです。


「アイドルマスター ミリオンライブ!」のコミック「Blooming Clover」を読んで思ったのが、北沢志保というキャラクターがよくわからないな、ということでした。
第一に、彼女の自信とプライドがどこにあるのかよくわからない、ということ。自分の中の何かについて自信とプライドがあるから、ライバル意識が強かったり、他人に厳しかったりする、というキャラクターであれば、わかりやすい。千早や伊織なんか、そうですよね。自分の中の、少なくともある部分について並々ならぬ自信とプライドを持っているから、何かを成してやろうという野心もあるし、自分の目から見てできていない他人のことは突き放すし、自分がうまくできなかったり、人から正当に評価されていないと感じたりした時は激しく悔しがる。
ところが、「Blooming Clover」の志保を見ていると、彼女が何事につけ不器用であること、歌も踊りも決して得意でないこと、必死であることは実によくわかるのだけれど、そんなにも不器用な人間が、それでもなおがむしゃらにアイドルを目指そうと思える、依って立つものが何であるかがよくわからないのです。

第二に、上記のこととも関係しますが、この志保はなんで、アイドルなんか目指しているのだろう、ということ。家ではおかあさんが独りで頑張って家族を支えている。だから、早くおかあさんのように立派な大人になりたい、一人前になっておかあさんを助けたい。それはわかりやすいお話です。けれども、ただ働いて稼ぐことが目的であれば、別にアイドルでなくてもいいわけです。元祖 "びんぼーだけどがんばります" アイドルであるところのやよいが、そういう、生活だとか立身だとかとはまったく別次元の、"みんなでわーっと盛り上がる" という事柄にこそ自分が何かを目指す動機を見出す人間であったことを思い出す時、なぜ、北沢志保にとってアイドルでなければならないのかが、とても気になります。

第三に、北沢志保にとって、「大人」とはなんなのだろうか、ということです。(これは「Blooming Clover」の、というよりは、グリマスの北沢志保の話かもしれません。)彼女にはどうも、"理想の大人像" と "ダメな大人像" が、それぞれ明確に存在するようです。"理想の大人" の典型は、言うまでもなく彼女の母親であり、そして、"ダメな大人" の典型が、彼女の父親です。至上の尊敬と信頼をもって語られる母親と正反対に、父親に対する志保の態度は、とても冷ややかで突き放したものです。けれども、志保にとって父親が軽蔑されるべきである理由の核心に何があるのかは、いまだ語られていないように思います。

北沢志保って一体なんなのだろう、と思いながら、次に、グリマスの志保のストーリーコミュを見てわかったのが、私が「Blooming Clover」を読んで感じた謎は、ゲームのコミュの時点ですでに胚胎されていた謎であって、漫画はそれを忠実に反映したものだったんだな、ということでした。
まあ、イベントやボイスドラマや、他の場面での描写を合わせて考えれば、たとえば演技力とかラーニング力とかいったものは、彼女の自信の淵源となるものでしょうし、同じく演技へのこだわりや、絵本への関心は、彼女が何を好きで何を目指しているかを示す手がかりとなるでしょう。そういった要素は、これから漫画の中でも次第に描きこまれていくのでしょうが、ただ、最後の点、志保にとっての「大人」、志保にとっての母と父、という部分は、どうでしょうか。
北沢志保にとって父とはどういう存在であり、母とはどういう存在であり、これからその二人とどう向き合っていくのか、という部分に光が当てられない限り、彼女の物語はどこか遠回しで底が見えないままであるような気がしますが、それが語られる日は来るのでしょうか……。

そんなようなことを考えていた時に、この動画を見て。ああ、これが北沢志保なんだな、と腑に落ちた気がしたのです。
それは、いま上に並べたような、理屈としてどうこう説明する類の話では、ないのかもしれない。人生の中には、決してすべてを言葉にして説明することはできない、いろいろな色と形をした、怒りや、哀しみや、鬱屈や、やり切れなさがあって。それでもなお、そうした矛盾と、矛盾を鋭敏に感じとる繊細さを抱えたまま、いつの日かきっと、この歌を、こんなステージで、こんな表情で、こんな風に歌い踊るようになる。それが、北沢志保というアイドルなんだな、と思ったのです。









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